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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
ChatGPTなど生成AIはめまぐるしくバージョンアップを重ねています。しかし「テキストだけでなく画像も」といった進化はいわば“タテ”の変化であり、私たちがより注目すべきは“ヨコ”への拡張だ、と入山先生は指摘します。果たしてそのヨコの変化の中身とは? それによって産業はどう変わっていくのでしょうか?
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ChatGPTが世界をどう変えるか
こんにちは、入山章栄です。
みなさんはもうChatGPTを使ってみたでしょうか。もしまだだという方は、OpenAIのサイトに行って一回触ってみると、どういうものかすぐ分かると思いますよ。
今回は前回に引き続き、ChatGPTが世界をどう変えるかという話題です。
BIJ編集部・常盤
前回、入山先生は「Wisdom(英知)による価値判断だけはAIにはできない」とおっしゃっていました。ということは今後はこの部分が、いろいろな業界において重要性を増すということですね。
天才哲学者として知られるマルクス・ガブリエルは著書の中で「これからの企業は、経理担当者を必ず雇うように哲学者も雇うといいだろう」と述べていました。Wisdomで正しい判断をするという意味では、哲学的な思考力を身につけることが重要かもしれませんね。
おっしゃる通りで、「正しい・正しくない」というのは、そんなに簡単に決められることではないんですよ。これからは宗教・哲学・思想の時代だと言われていますが、国も企業も個人ももっと宗教や哲学や思想を学んで、これからどういう社会をつくりたいのか、しっかり考えていく必要があると思います。
BIJ編集部・常盤
そう考えると、これから人文系の学科が重要性を増しますね。
本当にそうです。ただし今までのように、ただ「私は哲学について勉強したから哲学の知識があります」というだけでは意味がない。もう知識なら簡単に手に入りますからね。問題は、自分自身で考えた主観で、意見を語れるかどうかです。ChatGPTが一番できないのがそれですから。
アフターChatGPTの世界とは
ところで、前回は教師をはじめとした「言語系の職業」がなくなるという予想を発表しましたが、僕はこれはほんの序の口だと思っています。なぜならChatGPTのような言語生成モデルのパフォーマンスは、もっと果てしなく上がっていくと同時に、横展開も始まるからです。
つまり、今みなさんはChatGPTのVer.3.5を使っていて、Ver.4もすでに出ていて、5、6、7……と今後もリリースされていくことが想定できる。そうなるとChatGPTそのものはもっとパワーアップするわけですね。このような「タテの変化」に加えて、今度はそこに横軸が通るようになる。つまり、別の技術と結びつくようになる。
まずこの先、ChatGPTは「マルチモーダル」といって、画像や映像などとつながるようになります。映像とか動画とか、さまざまな表現手段を同時に生成できるようになる。
ということは、このあと5、6……とバージョンアップしていくと、われわれがChatGPTに「こういう動画をつくって」というと、瞬時に映画のようなものをつくってくれるようになっていくことが予想されます。ドキュメンタリー作品とか、少なくともアニメのようなものは、より簡単につくれるようになるでしょう。
そしてChatGPTのような生成AIはそれなりの費用をかければすぐにつくれるので、ChatGPTを開発したOpenAIだけでなく、いろいろな会社が作り始めています。GoogleもBartを出しましたよね。加えてMeta(旧Facebook)が年内に動画生成のAIをつくるでしょう。これがChatGPTと組むとめちゃめちゃ強い。僕の予想では、たぶんMetaはFacebookなどで再生される動画CMをつくると思います。
ご存じのようにデジタル広告というのは、狙いたい人に、狙いたいタイミングで、狙いたい広告をぶつけることで効果を上げる。今までは広告をあらかじめつくっておいて、その中から選んでぶつけていたわけです。でも、僕の予想ではこれからおそらく一瞬で、「その人に最も効果的なCMをその場でほぼ自動でつくってすぐに見せにいく」ことができるようになるでしょう。
例えば先日、WBCで大谷翔平選手が活躍しましたが、もし決勝でダルビッシュ選手が活躍していたら、ダルビッシュ選手を起用したCMをその場で生成して流す、なんてこともできるようになるはずです。
ChatGPTとIoTが結び付くと…
それだけではありません。ChatGPTは、さらに横に広がっていきます。つまりAPIのプラグインによって、いろいろなソフトウェアとChatGPTがつながっていくからです。このあたりの変化の影響によって失われる仕事の予測はまだありませんが、僕はここが激変すると思っています。数年後はとんでもないことになる可能性が高い。
一方で、変化はチャンスです。僕はソラコムというベンチャーの社外取締役をしていますが、ここはIoTのプラットフォームの会社なので、ChatGPTといろいろなソフトがつながる流れはソラコムにとって空前のビッグチャンスだと思っています。
この前、ソラコムの創業メンバーの人たちに、「ChatGPTはどう見てもわれわれにプラスだと思うんだけど、どう?」と聞いたところ、「その通りです!」と言っていました。なるほどなと思ったのは、ソラコムの幹部の一人が、「今までIoTはInternet of Thingsの略だと言われていたけれど、実際はIntranet(イントラネット) of Thingsにすぎなかった。これからは真の意味でIoTになるだろう」と言ったことです。
イントラネットというのは企業内のインターネットのことです。例えば世界的に有名なコマツの建機はスマートコンストラクションというシステムで制御されていますが、これを制御できるのはおそらくコマツの社内だけですよね。
でもこれからいろいろなシステムとの互換性が生まれてくると、コマツの建機のIoTシステムと、例えばトヨタ自動車のIoTとフジテックのエレベーターのIoTが同時に制御できる、なんていう可能性が出てくるわけですね。しかも臨機応変に、瞬時に、状況の変化に完全に対応できる。こうなると可能性はどんどん広がって、世の中が激変するでしょうね。
BIJ編集部・常盤
たしかに真の意味でIoTが実現しますね。もしかしたら、それに伴ってなくなる職業もとんでもない数になるのでは……。
その通りです。前回、「これからなくなる職業」の調査結果をいろいろと紹介しましたが、実はあのリストは不十分で、これからもっともっといろいろな職業がなくなったり、仕事の中身が変わったりする可能性があります。今はみんな“タテ”の話しかしていないけれど、“ヨコ”の拡張を考えるとその影響力は計り知れず、もう何が起きるか分からない。
思えばインターネットの黎明期は、電話回線を少し太くしたようなISDN接続しかなくて、画像の表示速度もすごく遅かったでしょう。それがいまやZoomでストレスなく会話ができるし、テレビをつけてもテレビを見ずにネットで映画を見る時代になりました。今はChatGPTの黎明期ですから、今後はこれに匹敵するような変化が近い未来に待っているということですよ。
BIJ編集部・常盤
これは多分どの業界にも影響のある話なので、みなさん他人事ではないと思います。ChatGPT時代の仕事がどうなるか、少しずつ想像しながら備えるべし、ですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。