東南アジア狙う「EV戦争」。対抗迫られる日本の立ち位置、中国・欧州の綱引き

アウディ

撮影:Business Insider Japan

ドイツを代表する自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)の高級車ブランドであるアウディが、東南アジアの電気自動車(EV)市場開拓を進めている。

例えばベトナムの販売会社アウディ・ベトナムは4月、南部ホーチミン市1区トンドゥクタン通りに、国内初のラウンジ付きEV充電スタンドを開設した

ベトナムの「アウディ・チャージング・ラウンジ」

ベトナムの「アウディ・チャージング・ラウンジ」。

出典:Audi VN.

この施設は「アウディ・チャージング・ラウンジ」と名付けられ、アウディのEVである「e-tron」のショールームに併設される。充電器は180キロワットの出力を持ち、ほぼ30分で同社のEVのバッテリーを完全充電できるようだ。この間に、顧客はラウンジでくつろいだり、仕事をしたりすることができるという。

またアウディのタイの販売代理店であるマイスター・テクニックも、今年4月、首都バンコク・ニューペッブリ通りにある旗艦ショールーム・サービスセンターを5000万バーツ(約2億円)かけて拡張し、EVの電池修理センターを拡充すると発表した。修理用のドックやリフトを増設することで、修理能力の向上に取り組むようだ。

一般的にEVは、ガソリン車やディーゼル車に比べて車両価格が高い。それにアウディは、VWグループの高級車部門でもある。実際、最新モデルのQ8 e-tronの日本での想定価格は1000万円を超えている。つまりアウディの東南アジア向けのEV普及戦略もまた、いわゆる富裕層にターゲットを絞ったものであると考えていいだろう。

世界的課題である中・低所得者へのEV普及

EV車

REUTERS/Annegret Hilse

欧州連合(EU)がEVシフトを鮮明とする中で、ヨーロッパの自動車メーカーはEVの生産に注力せざるを得なくなっている。ドイツ勢などの抵抗を受けて、EUはゼロエミッション車(ZEV)に合成燃料(e-fuel)車を含めることを認めたが、EVシフトを強力に推し進める姿勢に変化はなく、各国の自動車メーカーもそれに追随している。

すでに2022年段階で、EUの新車販売台数に占めるEVの割合は10%を超えた(図1)。

EUの新車販売台数の動力源別内訳

EUにおける新車販売台数。ここでいうEVとは、バッテリーEV(BEV)であって、ハイブリッドやPHVとは区別されている。

(出所)欧州自動車工業協会(ACEA)

しかしEUのEVの普及状況は、各国で大きな差がある。欧州自動車工業会(ACEA)の調査によれば、EVにプラグインハイブリッド(PHV)を含むECV車の普及度合い(2022年時点)は、所得が高い北欧や西欧に集中していることが分かる(図2)。

特に北欧の場合、制度インフラが充実しているというポイントも見逃せない。スウェーデンでは、もともと寒冷地であるため、凍結を防止するための電源が各住宅や駐車場に整備されていた。つまり、EVシフトの最大のネックともいえる充電ポイントの整備を済ませていたことも、ECVの普及率の高さにつながっているわけだ。

新車登録台数に占めるECVの割合(2022年)

図2:新車登録台数に占めるECVの割合(2022年)。

(出所)ACEA

反して、EUの中でも中所得国であるスペインやギリシャといった南欧の国々や、低所得国であるハンガリーやチェコ、スロバキアに代表される中東欧の国々では、普及が遅れている。車両価格の高さが所得に追い付かないことが、EVの普及を阻んでいる。またこうした国々では、財源にも余裕がないため、充電ポイントの整備も進まない。

つまり、EVシフトに躍起となるEUでも、EVの普及は一様には進んでいない。そのEUの低所得国よりも所得が低い東南アジアで、高額のEVが普及する展開は見込み難い。

結局、ヨーロッパの自動車メーカーは、都市部にいる一部の富裕層に狙いを定めて、高額のEVを「ぜいたく品」として供給する戦略を取らざるを得ない。

冒頭で述べたドイツのアウディによる市場開拓の取り組みは、まさにそうしたヨーロッパの自動車メーカーが抱える難点を体現しているといえそうだ。

中国製の低価格EVが東南アジアを狙う?

2022年、BYDジャパンが乗用車の日本上陸発表会で展示した、日本で販売する3車種。左から、SEAL、ATTO 3、DOLPHIN

2022年、BYDジャパンが乗用車の日本上陸発表会で展示した、日本で販売する3車種。左から、SEAL、ATTO 3、DOLPHIN。

撮影:三ツ村崇志

一方で、中国の自動車メーカーも東南アジア市場の開拓を目指している。その代表格が、中国のEV大手、比亜迪(BYD)である。

BYDが力を入れる車種であるATTO3の価格は120万バーツ、日本円で約480万円。相応に高価なため、購入できるユーザーは限定されるが、それでもタイに工場を建設するなど、東南アジア戦略を強化する。

中国メーカーは低価格帯のEVにも強みを持っている。

代表的なのが、SGMWこと上汽通用五菱汽車が手掛けるコンパクトカー「宏光MINI EV」であるが、この車の価格は日本円換算で60万円程度に過ぎない。ロングドライブ向きではないが、言い換えれば、近場の移動に限定したニーズのユーザーを捉え、中国でも爆発的なヒット商品になった。

宏光MINI EV

2021年、上海モーターショーにて。軽乗用車よりコンパクトに見える車両が「宏光MINI EV」。

REUTERS/Aly Song

上汽通用五菱汽車はインドネシアの市場を重視しており、宏光MINI EVをベースとするAir EVを現地生産で販売している。インドネシアでも、多くのカーユーザーのニーズは近距離での移動にある。日系を中心とするガソリン車の牙城を崩すことは容易でなくても、車両単価の安いEVの普及余地は大きいと踏んだのだろう。

Air EV

インドネシアの首都ジャカルタのショッピングモールに展示された「Air EV」。

中国メーカーは、電池交換式EVにも強みを有している。

通常のEVは充電式だが、充電ポイントなどのインフラの整備にコストがかかるし、充電そのものが時間を要するなど、懸念材料が多い。しかし電池交換式EVであれば、スタンドでフル充電された電池を交換するだけだから、充電式EVが持つ欠点をカバーできる。

所得水準が低く、また道路などのインフラの整備も都市部に限定される東南アジアでEVを普及させようとするなら、中国メーカーが得意なローエンドのEVに利があるだろう。

中国メーカーも進出する東南アジアの市場特性を考えると、ヨーロッパの自動車メーカーは富裕層ビジネスに特化する戦略の方が正しいのかもしれない。とはいえ、ヨーロッパはアフリカや東欧・中央アジアの新興市場を重視しているのも事実だ。となれば、ローエンドの低価格帯EVを用意しない限り、十分な成果は得られないのではないだろうか。

日系メーカーに問われる東南アジア戦略のスタンス

東南アジアの新車市場は、タイを筆頭に、引き続き日本のプレゼンスが圧倒的だ(図表3)。とはいえEVに関しては出遅れており、少なくともローエンドのEVについては中国が市場を席巻しつつあるようだ。そしてハイエンドに関しては、ヨーロッパの自動車メーカーも触手を伸ばしている。こうした中で、日系メーカーはどういう戦略を取るのか。

そもそも日本が強みを持つミッドレンジの価格帯にEVやPHVを投入するという戦略もあるだろう。また、依然としてガソリン車が優位であるのだから、ハイブリッド(HV)を強化するという戦略もあり得る。

日系メーカーもEVの生産を強化する中で、東南アジアの市場でのプレゼンスをどう維持していくか。戦略が問われている。

タイの新車登録台数のメーカー別構成割合

(出所)Toyota Motor Thailand

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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