出典:HIF
3月28日、EUで自動車産業に関わる大きな動きがありました。
EUではこれまで、電気自動車(EV)の普及を脱炭素化に向けた中心戦略として掲げ、内燃機関(エンジン)を利用した自動車の販売を制限する方針でした。そんな中、「合成燃料」と呼ばれる燃料の利用を前提に、2035年以降もエンジン車の販売を許容する動きが出てきたのです。
これはEU最大の自動車産業大国であるドイツからの要求を踏まえた決定だとみられています。
エンジン車は、化石燃料由来のガソリンを使う以上、大気中に二酸化炭素を排出してしまいます。だからこそ、再生可能エネルギーの利用によって最終的にカーボンフリーになることが想定されるEVの導入が進められてきたわけです。あらゆるものの「電化」が脱炭素戦略の基本となっているのもそのためです。
2020年10月26日、所信表明演説をする菅首相(当時)。日本で初めてカーボンニュートラルに触れられた。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
一方で、世の中の産業を見渡すと、ガソリンなどの液体燃料から脱却しにくかったり、液体燃料を利用する方が使い勝手やコスト効率が良い産業があります。カーボンニュートラルの実現を目指すのであれば、そういった産業に対して、化石燃料に代わる次世代のサステナブルな燃料が必要になります。
「合成燃料」は、水素やアンモニアとともに、まさに化石燃料を代替する燃料として期待されているプレーヤーの一つなのです。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が進める合成燃料のプロジェクトにも関わっている、成蹊大学理工学部の里川重夫教授は、
「日本でも、2019年頃から合成燃料について見直しの動きがみられてきました」
と、昨今の状況の変化を語ります。
合成燃料とは、その名の通り化学反応によって人工的に合成して生み出される燃料です。とりわけ、カーボンニュートラルな原料から作られた合成燃料は「e-fuel」と呼ばれています。
5月の「サイエンス思考」では、成蹊大学の里川重夫教授や石油大手のENEOS、出光興産に、合成燃料の実用化に向けた現状と課題を聞きました。
100年前の技術が今脚光を浴びている
成蹊大学で合成燃料を製造する際の触媒を研究する、里川重夫教授。
撮影:三ツ村崇志
ガソリンやジェット燃料、灯油など、化石燃料にはいろいろな種類があります。原油などから精製されるこれらの燃料は、基本的にメタン(CH4)やプロパン(C3H8)などのように、炭素と水素からなる分子(炭化水素)です。
化石燃料は、生物の死がいなどが微生物によって分解された後、地中深くで長い時間をかけて作られます。再び生産するには同じように長い時間がかかることから、一度エネルギーとして消費してしまうと、元の形に戻すことは難しいように思われがちです。
しかし、化石燃料に含まれている「炭素と水素からできた分子」を作る反応自体は、実は比較的簡単だと、里川教授は話します。
実際、人工的に液体燃料を生み出す化学反応であるFT法(フィッシャー・トロプシュ法)は、100年前には発明されていました。また、メタノールを経由してガソリンを生み出すMTG(Methanol To Gasoline)法も、約50年前に開発されています。
馴染みのない人にとっては突然出てきたように感じられる「合成燃料」ですが、テクノロジーとしては、実はよくある手法だったわけです。
ただ、これまでは石油などの化石資源をそのまま利用した方が圧倒的にコストが安かったため、「使えない技術」でした。それが、「今になって注目され始めてきた」と里川教授は話します。
「世界がカーボンニュートラルに進む中で、化石燃料を使わない、使えないとなったときにどう調達するか。変な話、そういう状況だと欲しい人は高くても買う世界になる。そうなると、コストの問題は大きな問題ではなくなります」(里川教授)
合成燃料、コストの大半は「エネルギー」
資源エネルギー庁の資料より引用
現状、合成燃料(e-fuel)の価格は、1リットルあたり700円程度(全て国内で製造した場合)だと言われています。ガソリンなどと比べるとまだまだ割高です。
なぜここまで高コストになってしまうのでしょうか。
実は、FT法やMTG法を利用して合成燃料を製造しようとした場合、水素と一酸化炭素(CO)の合成ガスが必要となります。
工業的に使われる水素や一酸化炭素は、従来は化石燃料から製造されるものです。ただ、その製造過程では二酸化炭素が発生してしまうため、e-fuelを作るにはカーボンニュートラルな水素や一酸化炭素を調達する必要があるのです。現状では、ここに大きなコストがかかります。
里川教授は、「コストの大半は電力(エネルギー)料金」だと指摘します。
カーボンニュートラルな水素を作る手法は、大きく2つ考えられます。
1つは、化石燃料を元に水素を製造する際に、二酸化炭素を地下深くに圧縮して埋める「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」のシステムと組み合わせる方法です。化石燃料を起点にする以上、製造の過程で二酸化炭素は生じてしまうものの、大気中に放出しなければ地球温暖化には寄与せず、カーボンニュートラルです。このような手法で得られる水素を、「ブルー水素」といいます。
e-fuelを製造するには、安い再エネが大前提になる(写真はイメージです)。
撮影:三ツ村崇志
もう1つの手法は、再生可能エネルギーを活用する方法です。太陽光発電や風力発電などで得られた電力を使って水を電気分解すれば、二酸化炭素は発生しません。このような手法で得られるカーボンニュートラルな水素を、「グリーン水素」といいます。
e-fuelを製造するには、ブルー水素やグリーン水素が必要です。ただ、いずれの手法でもそれなりのエネルギーが必要になるため、コストに効いてくるわけです。
一酸化炭素を得る手法も同様です。
里川教授は、「カーボンニュートラルな方法で一酸化炭素を得るには、大気中から二酸化炭素を集めて、一酸化炭素に還元するしかありません」と話します。
大気中から二酸化炭素を回収する技術は、いわゆる「DAC(Direct Air Capture)」と呼ばれ、近年注目されています。
ただ、大気中の二酸化炭素濃度は、地球温暖化によって増加傾向にあるとはいえ0.04%程度とごくわずかに過ぎません。ここから産業として成立する規模で二酸化炭素を回収し、一酸化炭素に変換するには多大なエネルギーが必要です。
「二酸化炭素の回収」のコストだけを考えると、火力発電所や工場排ガスを利用すればかなり安く済ませることができます。ただ、火力発電所などから回収した二酸化炭素は、もともと化石燃料を燃やすことで発生したものです。たとえ合成燃料に加工するコストが安かったとしても、最終的に燃料として消費すれば大気中の二酸化炭素濃度を高めてしまいます。
結局、再エネの安い国に行ったり、自ら再エネによる発電設備を作ったりしてDACを安く実現するか、バイオマス発電などで木材などを燃やした際に生じる二酸化炭素を一挙に回収するようなシステム※が必要になるわけです。
※バイオマス資源は成長過程で大気中の二酸化炭素を吸収しているので、燃焼させてもカーボンニュートラルになる。
石油産業をどう移行するか
石油由来の燃料は、これまで安すぎた。
RecCameraStock/Shutterstock.com
「化石燃料は、環境への影響を無視することで安く使えていたに過ぎません。油の値段は、安すぎたんです」と里川教授が指摘するように、脱炭素の流れが加速していく中で、化石燃料の利用は社会構造的にも経済合理性的にも、どんどん難しくなっていくことが想定されます。
ただ、だからといって既存の石油産業の全てがe-fuelに置き換わるかというと、そうではないと里川教授は指摘します。
「今の石油よりも安く作ることはできないし、大気中から二酸化炭素を集める以上、量もそれほど作れない。せいぜい、今の石油産業の3分の1や4分の1程度ではないでしょうか。それでも、それぐらいの量があれば産業としては成立します。
これからはエネルギー資源の入口が化石燃料ではなく再エネ由来の電力になります。そうなると電力で消費できるものは電力で消費した方がいい。これから先の社会では、そういったマインドチェンジが必要なんです」(里川教授)
その過程では、徐々に合成燃料をはじめとした代替燃料や、さまざまなエネルギー源の利用を加速していく必要があります。このように社会環境が変化する中、e-fuelは水素やアンモニアなど他の次世代燃料候補と比べて、既存のインフラなどをそのまま利用できるという点で非常に使いやすい燃料として期待されています。
ただ、石油価格の方が圧倒的に安い環境はしばらく続きます。里川教授は、この移行期間をどう乗り越えるかが、大きな壁だと語ります。
「技術としては実現できても、今の油価(原油の価格)には絶対に勝てないんです。何十年か先に社会が変わって、カーボンプライシングなどが全部組み込まれて、このままだと日本製品が全然輸出できないような状況にならない限り、価格が逆転することはありえない。でも、逆転した時に実現できていなかったらもうアウトなんです。
だから私は、エネルギー安全保障として、国内で油を作れる技術をちゃんと育成しないといけないと思っています」(里川教授)
石油大手ENEOS、出光は合成燃料の事業化に向け着々
出光興産とMOUを結んだHIFのプラント。風力発電で必要な電力を賄う。
出典:HIF
国内でも、合成燃料の事業化に向けた取り組みは進んでいます。Business Insider Japanでは、石油大手であるENEOSと出光興産にメールで取材を実施しました。
それぞれ合成燃料に期待する点として、既存インフラの活用による「脱炭素社会への移行に向けた社会コストの低減化」(ENEOS)や、「最終的に残る内燃機関の利用におけるカーボンニュートラル化」(出光興産)などを挙げています。
また、ENEOSはこの他にも、
「最も電動化の動きが大きい自動車においても、ライフサイクルアセスメント(LCA)で整理すると、将来の高効率エンジンを搭載したハイブリッド車はEV/FCVに並ぶCO2排出量になると考えており、将来的なカーボンニュートラル達成の選択肢の一つとなりえます。自然災害が多い日本において、長期備蓄が可能な液体燃料である点は災害時等にもフレキシブルに対応でき、レジリエンスの面でも大きなメリットがあります」(ENEOS)
と、合成燃料を利用するメリットを挙げました。
ENEOSでは、人工的に液体燃料を生み出す化学反応であるFT法を使った合成燃料の技術開発のプロジェクトがNEDOのグリーンイノベーション基金に採択されており、同社の中央技術研究所では2024〜2025年度の運転を目指し1BD※規模の小規模プラントの設計・建設を進めています。また、2024年度以降は、スケールアップを目指して300BDの大規模プラントの計画を進めていくとしています。
大規模プラントは2027〜2028年度に運転することを目指しており、2028年度以降は「商業機建設に向けた研究開発や、商業機建設エリアの選定、プラント建設にかかる設備投資」などを進めていく計画です。
※BDは石油の生産量の単位。1BDは、1日あたり1バレルという意味。
「2030年までに高効率かつ大規模な製造技術を確立し、その後導入拡大・コスト低減を図ってまいります。事業化の際のプラント規模としては2040年頃までに1万BD以上を目指しており、需要に応じて今後調整する予定です」(ENEOS)
出光興産と連携するHIFの燃料。
出典:出光興産
出光興産は、東芝ら6社と連携してFT法を活用したSAFの製造プロジェクトを進めています。このプロジェクトは、環境省の委託事業として採択されています。
また、出光興産はこの4月に、合成燃料のグローバルメーカーである、HIFグローバルと戦略的パートナーシップに関するMOU(了解覚書)の締結を発表しました。メタノールを経由した合成燃料の製造プロセスの事業開発を進めていくとしています。
出光興産CNX戦略室大沼安志課長によると、HIFは2022年12月から合成ガソリンの生産を小規模でスタートしており、2026〜2027年にかけて数万~数十万KL規模の商業生産を予定しているといいます。
出光興産としては、チリの豊富な再エネ資源を生かして「安い水素」を製造。そこから合成燃料を生産して日本に輸入したり、出光興産が回収した国内の二酸化炭素をHIFへ「原料」として供給したりといった構想を描いています。
また、大沼課長は、
「それだけではなく、弊社グループの既存の国内製造拠点内に製造装置を新設、海外から合成メタノールをオフテイクし、合成メタノールから(国内で)合成燃料を製造することも検討しています。弊社の既存インフラ(タンク・桟橋など)や人財が生かせると考えております。
まずは市場に火をつけ、土台が整ったら自ら製造し供給するといったように、輸入と国内製造で普及を拡大させていと考えております」
と、国内の製造拠点(北海道苫小牧市にある北海道製油所)での展開も構想していると話します。
それぞれ研究開発を進めるENEOSと出光興産ですが、ともに課題はコストです。
「合成燃料の原材料となるCO2フリー水素を大量かつ安価に製造するための再生可能エネルギー源への大規模な投資や、脱炭素価値が製品化価格に適切に反映されるための制度作りなど課題が多く存在することから、政府と引き続き連携していきながら課題解決に努めてまいります」(ENEOS)
「合成燃料のコストの大部分は水素製造に必要な再エネ電力コストが占めます。まずは海外再エネ由来の製品により、極端なコストインパクトを抑えた形での市場導入を目指します」(出光興産)