4月に開催された、G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合の様子。
出典:環境省
「着実に気候変動対策を進めていれば間に合うことは分かっていたのに、取り組むのが遅くなって “宿題”がたまってしまった。現在の温暖化の状況は、提出の前日に徹夜をせざるをえなくなった夏休みの宿題のような状況なんです」
東京大学と国立環境研究所で気候変動について研究している江守正多博士は、世界の平均気温の上昇を「1.5度に抑える」いわゆる1.5度目標の達成に向け、今は分かれ目にあると話す。温暖化対策のひっ迫度は、ここ数年の間に着実に高まっている。
2023年5月19日から始まるG7広島サミットでは、ウクライナ支援や核軍縮・不拡散、経済的強靱性・経済安全保障と併せて、気候・エネルギーが重要課題の一つに上がっている。
研究者や各国政府が参加する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書の主執筆者としても名を連ねる江守博士に、気候変動の現状とG7広島サミットへの期待を聞いた。
世界平均気温は既に1.1度上昇
2021年8月、発達した前線によって西日本を中心とした広い範囲に大雨が発生した。日本でも気候変動の気配を感じることは増えてきような印象がある。写真は佐賀県武雄市(撮影:2021年8月15日)。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
IPCCが2023年3月に発表した最新の報告書は、人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことを「疑う余地がない」と断言している。1850〜1900年を基準とした世界平均気温は、2011〜 2020年までに1.1度上昇した。
温暖化の進行に伴い、東アジアを含む多くの地域で極端な高温や大雨の頻度は増加している。
IPCCは「大気、海洋、雪氷圏、及び生物圏に広範かつ急速な変化が起こっている」と指摘した上で、「全ての人々にとって住みやすく持続可能な将来を確保するための機会の窓が急速に閉じている。この10年間に行う選択や実施する対策は、現在から数千年先まで影響を持つ」と警告している。
日本も他人事ではない。
気象庁によると、日本の年平均気温も100年あたり1.3度の割合で上昇しているという。特に1990年代以降は高温となる年が頻出しており、「なんだか最近の夏は暑い」という体感を裏打ちする観測結果になっている。
世界的に脱炭素に向けた取り組みは加速しているものの、温暖化を引き起こす温室効果ガスの代表格である二酸化炭素(CO2)の排出量は増え続けている。国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年のエネルギー由来のCO2排出量は、過去最高の368億トンに達した。
「1.5度目標」達成は困難?
IPCCは、温室効果ガスの排出量に応じた未来の地球環境について、5つのシナリオを公表している。
化石燃料依存型の発展の下で気候変動対策を導入しないシナリオ(上図1)では、2021年~2041年までに全球地表面温度が1850~1900年と比較して1.6度上昇すると予想する。このシナリオでは対策がままならず温度上昇が続き、2081年〜2100年には全球地表面気温が4.4度も上がる計算だ。
21世紀半ばにCO2排出の正味ゼロ(カーボンニュートラル)の達成を見込むシナリオ(上図5)でも、2021年〜2040年の間に気温上昇は1.5度に達する可能性はある。ただ、その後の上昇は頭打ちとなり、2081年〜2100年の間には1.4度になると推定する。
IPCCの推定結果を見ると、今世界が目指している「気温上昇を1.5度に抑える」という目標の達成は、現実的にかなり困難な状況に近づいている。
江守博士が冒頭で、気候変動対策の現状を夏休みの宿題に例えて「最後に徹夜をしなければならないような状況」と指摘したのはそのためだ。
「1.5度目標は理論的に達成できない、というほどではありませんが、『ほとんど無理ではないか』と聞かれたら、残念ながら『そうだ』と答えざるを得ない状況です」(江守博士)
東京大学と国立環境研究所で気候変動について研究している江守正多博士。IPCCの報告書の執筆者も務める。
取材時の画面をキャプチャ
「1.5度」という値は、気候変動に対する科学的な視点を踏まえて政治的な議論の末に決定された数字だ。
世界平均気温が0.1度上がるごとに、極端な暑さや大雨、干ばつ、森林火災の程度が深刻化するのは間違いないとみられている。「では気温の上昇をどこで止めますか」という問いを議論した際に、一つの指標として示されたのが「1.5度」だった。
また、江守博士は「脱炭素をやったほうがいい」ということは再三指摘されてきたとも話す。
「温暖化の影響を少なくするということだけではなく、大気汚染が減るなど、脱炭素を進めた生活は人々の健康の改善につながる。うまく制度をデザインですることで、国連のSDGsとの両立を図ることも期待されるんです」(江守博士)
ビジネス界では「脱炭素」が当たり前になった
2015年にパリ協定が採択され、2020年に当時の菅義偉首相が脱炭素社会の実現を目指すと宣言して以降、国内企業が脱炭素を目指す動きは本格化していると江守博士はいう。気候関連の情報を開示する「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に賛同する国内企業は、2023年4月時点で700団体を超えた。
「大企業だけでなく、サプライチェーンに紐付く中小企業でも『脱炭素に取り組まなければいけないらしい』という気運が高まっています。製鉄業など、これまで脱炭素化が難しいと考えられてきた産業でも、脱炭素を目指すコミットメントが出てきました。ここ数年で、金融界やビジネス界では脱炭素を目指す流れが当たり前のものとなりました。大きな変化を感じます」(江守博士)
ただ、ビジネス上のコミットメントはまだまだ必要だ。
IPCCの報告書では、気温上昇を1.5度に抑えるには、現在の3~6倍の投資が必要で、官民や国内外の投資総額を全ての部門と地域で増やす必要があると指摘している。
国、自治体、企業は気候変動への「適応」を
脱炭素を進めていくのと同時に、「温暖化してしまう世界でどう生きていくか」も考え始めなければならなくなりつつある。
「国や自治体、企業には、経済的弱者が温暖化に関連する被害を受けてしまった際に、その被害の影響をできるだけ少なくする適応策を取ることが求められます」(江守博士)
温暖化による海面上昇などによって、被害を受ける可能性が高い島しょ部の国々への対応は世界的な課題だ。
国内に目を向ければ、夏場、極端な高温が観測されることが増えている日本では、高齢者が電気代を気にして冷房の使用をためらうケースが起こりうる。国や自治体の適切な情報提供と対策が求められる。これも地球温暖化への適応策になるわけだ。
2019年10月に発生した台風19号は、東日本を中心に大きな被害を与えた。写真は長野県千曲川の様子。(撮影:2019年10月14日)
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
また、事業者側がやらなければならないことも多い。
例えば、国内外に工場を持つ企業は大雨などの極端な災害が発生すると、工場が被災して部品が製造できなくなるなどのリスクがある。上場企業が気候変動のリスクについて情報開示が求められているのは、こうしたビジネスの影響が実際に起こりうるからだ。
これに加えて、江守博士は「気候変動対策を進めた場合のリスク」についても考えておく必要があると指摘する。
例えば、規制が緩かったころの再生可能エネルギーの乱開発により地域トラブルが生じてしまっているし、電気代の高騰で低所得者の生活に負担がかかる恐れもある。
「気候変動対策を進めた結果として、弱者がより困る結果になってしまっては本末転倒です。国や自治体、企業は関係者間の利害調整を丁寧に進め、人々の納得感を醸成していくことが求められます」(江守博士)
世界が混沌とする中で何を問いかけるのか
5月19日から、G7広島サミットが開催される。
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5月19日〜21日に広島市で開かれる広島サミットに先立ち、札幌市で行われたG7気候・エネルギー・環境大臣会合で、日本は議長国として、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所を廃止する年限を定めることには至らず、年限を定めることに積極的な欧米との差が目立った。
江守さんは「これ以上の内容が、首脳段階でどこまで詰められるかどうかは分かりません」としつつも、気候変動に対する重要な視点を語ってくれた。
「温暖化を止めるには各国が協力しなければいけないという認識が共有されていないと、この問題は解決できません。ロシアのウクライナ侵攻など国際情勢が混沌とする今だからこそ、各国が平和の構築や国際関係の正常化に向けて団結した姿勢を見せられるかどうかということは非常に重要で、G7首脳会合でまとまる声明の内容に注目しています」(江守博士)