2023年度 経営方針説明会で記者の質問に答えるソニーグループ代表執行役 社長 COO兼CFOの十時裕樹氏(左)と代表執行役 会長 CEOの吉田憲一郎氏。
撮影:小林優多郎
5月18日、ソニーグループ(以下、ソニーG)は2023年度経営方針説明会を開催した。同社は4月1日付で、十時裕樹氏を社長COO(最高執行責任者)兼CFOに、吉田憲一郎氏を会長兼CEOとする人事を行ったばかり。
すなわち、「吉田ソニーから十時ソニーへ」の切り替えの年でもある。
鍵は「エンタメ」と「資本戦略」。2、3年後を目処に、ソニー銀行を含む金融事業について、株式市場への再上場による資金調達も行うと発表された。
今後の同社はどうなるのか? 2人のコメントから探ってみよう。
エンタメ領域が全体の半分に。長期投資がソニーを支える
冒頭、壇上に立ったのは吉田会長だった。
撮影:小林優多郎
冒頭で述べたように、ソニーGの社長はすでに、吉田氏から十時氏に切り替わっている。
とはいえ今回の発表会は、あくまで「吉田・十時」というスタイル。経営方針も基本的にはこれまでの方針の延長的な印象を持った。
だが、説明に立った2人の役割は違った。吉田会長はある種のビジョンを、十時氏はそれを実現するための資本戦略を語った、というのが筆者の印象だ。
まず壇上に上がったのは吉田会長だ。
吉田会長は「音」と「長期視点の経営」をキーワードに挙げる。
撮影:西田宗千佳
吉田会長が強調したのは「長期戦略の重要性」だ。
「ソニーの祖業は音。そこからエンターテインメントの世界を広げてきた」と吉田会長は語る。
1980年代までは音楽を軸にし、その後ユニバーサル・ピクチャーズの買収で映画=映像に拡大、さらに1990年代にはPlayStationでゲームの世界に入った。
結果として、現在のソニーGにおいては、収益の半分以上をエンターテインメント事業が稼ぎ出すまでになっている。だが、そこまでには長い道のりがあり、長期的な投資計画があった。
ソニーグループの収益の半分以上は、エンターテイメント事業が稼いでいる。
撮影:西田宗千佳
近年はアメリカのアニメ配信事業者「Crunchyroll(クランチロール)」買収に伴うアニメへの投資拡大が、成長の源泉ともなっている。
金融事業についても「収益を上げるには20年かかる」という、ソニー創業者・盛田昭夫氏の言葉を引用し、長期的取り組みであったことをアピールした。
創業者の言葉を振り返る吉田氏。
撮影:西田宗千佳
技術的な面では、エンターテインメントと並ぶ同社の稼ぎ頭となったイメージセンサーへの投資を強調する。
同社は過去5年間で1兆円を投資。スマートフォンはもちろん、デジタルカメラの「α」などにも活用している。いわゆるエレクトロニクス分野の中核技術だ。
Sony Pictures Networks IndiaのManaging Director and CEOを務めるN.P.Singh(N.P.シン)氏と握手をする吉田会長。
撮影:小林優多郎
地域別ではインド市場への注力を改めて強調。「世界一映画を作っているクリエイティブな地域。人口の半分が30歳以下と若く、アニメやゲームなどの拡大も期待できる」(吉田会長)と、成長著しい地域との認識を示した。
また、環境対策についても長期展望の重要性を次のように説明した。
「2010年、弊社は『Road to Zero』として、環境負荷ゼロを目指す計画を打ち出した。当時、私も十時もまだソニー本社ではなく、ソネットに在籍していた。
当時の本社業績は2600億円の赤字。『自ら(の業績)がサステナブルでないのに、その議論に意味はあるのか』と思ったこともある。
しかし、今はその考えを反省している。長期的に取り組むことに意味があった」(吉田会長)
PS5は品不足解消、積極的IP投資で収益拡大
具体論を説明した十時社長。
撮影:西田宗千佳
十時社長はより具体論として、事業別に説明を進めた。特に長い時間を割いたのがゲームとエンターテインメントIP(知的財産)、そして金融だ。
ゲームについては「PlayStation 5のエンゲージメントを高めることが第一」と十時社長はいう。年末以降急速に出荷量を拡大し、2022年度は630万台を出荷した。
「現在もフルキャパシティで生産している」(十時社長)といい、品不足はほぼ解消されたと言って良さそうだ。
また、音楽・映画・アニメ・ゲームといったエンターテインメント事業間でのIP連携も強化される。今年は『グランツーリスモ』や『Twisted Metal』などのPlayStation Studioのゲームの映画化も控えている。これらIPへは今後も積極的に投資していく予定だ。
「次元の異なる投資」に備えて金融事業を再上場へ
ソニー生命、ソニー損保、ソニー銀行などから成るソニーフィナンシャルグループ。
撮影:小林優多郎
そして、今回最も大きな話題であり、記者からの質問も集中したのが金融事業だ。
現在ソニーG傘下では、ソニーフィナンシャルグループとして「ソニー生命」「ソニー銀行」「ソニー損保」などの金融事業を展開している。
だがこの事業を、2〜3年後の上場を目指してスピンオフしていくことが発表された。
目的は「戦略的資金調達」だ。
「IP投資や半導体などでは、今後、これまでとは次元が異なる投資が必要となる可能性がある。
ソニーGはグループとしては大きな規模だが、事業を個別に見ると、グローバルの相手とスケールが足りない。事業規模はスケールに合わせて拡大して行かなくてはならないだろう」(十時社長)
そのために、安定的な事業である金融事業の上場によって資金調達を……ということなのだ。
2020年の子会社化について振り返る十時社長。
撮影:西田宗千佳
ただソニーは、2020年にソニーフィナンシャルグループの株を公開買い付けし、9月に完全子会社化している。一度非上場化したものを再度上場するわけだ。
この流れについて、十時社長は次のように説明する。
「令和5年度の税制改正で、『パーシャルスピンオフ』が可能になった。これは親会社に20%の持分を残し、シナジーを維持できる大変に先進的な制度だ。
この制度を活用するため、グループ内での(ソニーフィナンシャルグループの)価値は変わらないし、ブランド名も変わらない」(十時社長)
2020年の子会社化との矛盾については、「2020年のものは『親子上場※の解消』が目的であり、ガバナンスと経営力の強化が目的だった。その目的が果たされたので、別の考え方も出てくる」(十時社長)と話す。
この話も結局は、冒頭で述べた「長期戦略」のための仕込みと言える。
※親子上場とは:親会社と子会社が同時に上場している状態のこと。企業ガバナンス上の問題があると指摘されることが多い。
2023年度の経済は「不安」だが、カメラは好調
ソニーGは、一定のシェアを持つスマホ向け「イメージセンサー」の分野を含めた半導体事業も厳しい予想をしている。
撮影:小林優多郎
一方で現状については、
「2023年度のエコノミクスについては、期待と不安が交錯している。特にスマートフォン向けのイメージセンサーについては、中国での流通在庫レベルが高く、グローバルで楽観視できる状況にはない」(十時社長)
と、厳しい予想を示す。
一方で「こういう時期に飛躍のチャンスもある」という見方も示す。
「どのタイミングで設備を増強するか、判断が重要になる。戦略的に在庫を多く持ち、設備投資を抑える判断も必要になってくる」(十時社長)
テレビやスマートフォンなどのエレクトロニクス製品も「コロナ禍の影響で前倒し需要があり、2023年度も厳しい。テレビやスマートフォンは、台数が伸びる計画は立てていない」という。
ただ「カメラは、コロナ禍後の需要の伸びで好調」(十時社長)と期待を寄せる。
「プロダクトについては、数を追う領域ではないものの、インプット・クリエイションに特化したい」(吉田会長)
「カメラなどが堅調なうちに、新たな領域であるスポーツテックやメディカルなどのB2B領域を伸ばしていきたい」(十時社長)
すなわち、長期的投資で開発したイメージセンサーを軸に、長期的に売れるコンテンツに関わる領域や医療などに繋げていく……というのが、現在のソニーGの考え方だ。