SHEINは昨年、大阪と原宿にポップアップストアやショールームをオープンし、日本で話題を集めた。
SHEIN
中国発アパレルECの「SHEIN」が、マーケットプレイスの導入を発表した。主戦場のアメリカでは後発のTemuの追撃を受けており、より多くの商品を短期間で提供するため、アマゾン型のビジネスモデルへの転換を進める。
SHEINは2022年に売上高ベースでH&Mを上回ったようだが、急成長に伴い物流や人材、コンプライアンス対応のコストがかさみ、アメリカ政府の規制の動きも含め、不透明さが増している。
アマゾン型で配送日数短縮
SHEINは5月4日、グローバルでマーケットプレイスを開設すると発表した。これまでは自社ブランドのみを取り扱ってきたが、米アマゾンや楽天市場のように、外部の事業者が出店し、消費者の多様なニーズに応えていくという。出店事業者はSHEINが提供するリアルタイムのデータにアクセスでき、需要予測やオンデマンド生産のノウハウを学べる。
SHEINがマーケットプレイスを導入するとの噂は年初からささやかれてきた。同社はアパレル産業が集積する中国・広州市にサプライチェーンを集約し、同市から商品を発送しているが、2021年から2022年にかけて海外進出を一気に進めた結果、ヨーロッパやアメリカでは注文から配送までに2週間ほどかかり、顧客体験が下がるという課題が生じた。
特にSHEINにとって日本と同じくらい重要な市場であるブラジルは、注文した商品が顧客の元に届くまで1カ月ほど要することもあり、同社は2022年までソフトバンクグループの副社長を務めていたマルセロ・クラウレ氏を中南米地域の会長に招聘し、同地域でのサプライチェーン構築に取り組んでいた。
SHEINは4月からブラジルとメキシコでマーケットプレイスのテスト運営を行ってきたことを認め、アメリカを皮切りに同ビジネスモデルを世界展開していくと表明した。
SHEINは物流への投資も強化する。米メディアの報道によると、同社は2022年春にインディアナ州でアメリカ初の配送センターを稼働し、配送日数を4日短縮した。他に南カリフォルニア、アメリカ東北地域、ポーランド、カナダのトロントでも配送拠点の建設が伝えられ、配送日数の短縮だけでなく、マーケットプレイスを見越した動きと考えられる。
市場の拡大に伴い、アイルランドのダブリンに欧州、中東、アフリカを統括する本部も設立した。今年はこのエリアでポップアップストアなどを通じて露出を強める計画だ。
評価額は1年で3分の2に縮小
SHEINが世界的にスポットライトを浴びたのは1年前。セコイア・キャピタル・チャイナ(紅杉資本中国基金)やタイガー・グローバル・マネジメント、アブダビの政府系ファンドなどから10億ドル(約1370億円、1ドル=137円)の調達を実施した同社の評価額が1000億ドル(約14兆円)に達したと、ブルームバーグが報じた。
評価額1000億ドルを突破したヘクトコーンはそれまでTikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)1社しかなく、メディアの取材を受けることなく巨大化した謎の企業の実態について、米中メディアがさまざまな分析を始めた。日本には2021年に進出し、昨年秋に東京・原宿に常設ショールームを開設したことで注目を集めた。
だが、直近の評価額はピーク時の3分の2に縮小している。米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の今月の報道によると、SHEINは20億ドル(約1400億円)の調達を実施中で、調達後の評価額は660億ドル(約9兆円)だという。
テック株が非常に強かった2022年春に対し、現在はテック企業が次々に大規模リストラに踏み切り、IPOも冷え込んでいる。SHEINについては昨年出資したVCの多くが今回追加出資を決めていることから、評価額の減少は外部環境の変化が大きな理由で、市場での評価は引き続き高いようだ。
ただ、SHEINが資金調達にあたって投資家に示した2022年の業績からは、同社の勢いの強さと生じている課題の両方が見える。
アメリカでは2022年9月に進出したTemuが急成長している。
Reuter
複数の報道によると、2022年の売上高は230億ドル(約3兆2000億円)で、H&Mの223億ドルを抜き、Zaraを運営するInditex(353億ドル)に接近する。ただし、純利益は8億ドル(7億ドルとするメディアもある)で、前年の11億ドル(約1500億円)から減少した。グローバル化の加速に伴い、物流やマーケティングの費用がかさみ、品質や労働への批判に対応するためのコストも増大している。
SHEINは2025年の売上高を585億ドル(約8000億円)と2022年の2.5倍に、GMV(流通総額)を806億ドル(約1兆1000億円、2022年は463億ドル)に拡大する見通しを示している。だが、競合の競争が激化するのは必至で、楽観視はできない。
Temuとの戦い、法廷闘争にも
SHEINの売上高やGMVはアパレルのH&M、ZARAと比較されることが多い。昨年秋に東京・原宿に常設ショールームを開設した際は、ユニクロと無印良品が競合として挙げられた。しかしSHEINが最大の競合と捉えているのは、同じ中国発で、EC大手「拼多多(Pingduoduo)」が海外マーケットを照準に立ち上げたEC「Temu」だ。
2022年9月にアメリカでプラットフォームを開設したTemuは、わずか2カ月でアプリのダウンロード数でトップに立った。今年2月にはカナダ、3月はオーストラリアとニュージーランド、そして4月にはイギリスに進出した。
SHEINとTemuはいずれも、中国のサプライチェーンを活用して低価格で商品を販売するビジネスモデルで、広州の本部は800メートルしか離れていない。中国のサプライヤーの間では、SHEINとTemuのどちらのプラットフォームに出した方がメリットが大きいかさまざまな意見があるが、「安くておしゃれ」であれば他の要素をあまり気にしない消費者をターゲットしているSHEINにとって、激安路線で中国内でEC最大手のアリババのシェアを奪ってきたTemuは脅威にほかならない。SHEINがマーケットプレイス導入を通じて商品を拡充し、配送日数を縮めようと動いているのも、Temuとの差別化と考えられる。
アメリカでは両社の戦いが司法にまで及んでいる。SHEINは2022年12月、「Temuが起用したインフルエンサーが、SHEINの評判を落としたり、SHEINになりすます投稿を行い、消費者を誘導している」と主張し、損害賠償を求める訴えを起こした。Temuは事実無根として徹底抗戦の構えを見せている。
SHEINのビジネスに大きな打撃を与えかねないリスクとして、アメリカの規制も浮上している。今年4月、米議会の超党派諮問委員会「 安全保障調査委員会 (USCC)」が、強制労働や知的財産権の侵害などに懸念があるとして中国のネット通販企業を問題視する報告書をまとめた。
SHEINはサプライヤーに強制労働の禁止を含む法律の順守を求め、アメリカに承認された地域からのみ綿調達を行っていると説明しているが、超党派の米議員団はSHEINが新疆ウイグル自治区での強制労働に関わっていないと立証するまで、IPOを認めないよう米証券取引委員会(SEC)に要求している。Temuの親会社の拼多多も、著作権を侵害し海賊版の流通を放置している企業として、米政府から名指しで批判されている。
アメリカでは通信機器大手のファーウェイ、TikTokが安全保障上の懸念を理由に排除の対象になってきた。SHEINとTemuもアメリカでの存在感が高まるほど、政府の警戒は避けられなくなる。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。