新橋駅のガード下に5月22日にオープンした居酒屋「The 赤提灯」。
撮影:横山耕太郎
新橋駅から徒歩1分、ガード下に新しい居酒屋「The 赤提灯(ちょうちん)」がオープンした。
この居酒屋の特徴は、店舗で働く4人のアルバイト全員が、長期の雇用契約ではなく1日単位で働く「スポットバイト」の形で働いていること。
背景にはあるのは、飲食業で深刻化する人手不足だ。「The 赤提灯」では、あえて飲食店でのアルバイトが未経験者・初心者を雇用することで、飲食業で働く人材を育成することを目指している。
巨大居酒屋チェーンの元カリスマ副社長が仕掛けた「新しい雇用の形」の居酒屋を取材した。
塚田農業を成長させた「カリスマ」
「The 赤提灯」は2階建て。基本は社員とアルバイト計6人でお店をまわす。
撮影:横山耕太郎
「僕らの他の店舗でも毎日アルバイトさんを雇っていますが、今までと違ったやり方で、働き手に対しても影響力を残せるような挑戦をしたい」
新橋の居酒屋「烏森百薬」などを運営するミナデインの大久保伸隆社長は、新店舗オープン前の記者会見でそう話した。
大久保氏は居酒屋チェーン「塚田農場」を率いて、30歳という若さでエー・ピーカンパニー副社長に就任。その後、2018年にミナデインを起業した。現在は「烏森百薬」に加えて「新橋二丁目九番地らんたん」など、今回オープンしたお店を加えて計6店舗を経営している。
そんなミナデインと、今回の新店舗で協業しているのが、スポットでのアルバイトのマッチングサービスを手がけるタイミーだ。
タイミーは長期のアルバイト募集とは異なり、求職者側は働きたい日時をスポットを指定して応募する仕組みで、2023年4月時点で450万人が登録してる。
アルバイトは「未経験者」をあえて採用
開店セレモニーを開催したミナデインの大久保社長(左)とタイミーの小川社長。
撮影:横山耕太郎
新店舗で働くのは、ミナデインの社員2人に加えて、アルバイトが4人基本。アルバイトの募集は、すべてタイミーを使用する。
アルバイトの4人のうち、2人は飲食店での経験がある「経験者」を採用し、残りの2人に関しては、タイミーでの飲食店アルバイト実績が過去に10回未満の「未経験者」を必ず採用する。
あえて「未経験者」を採用する狙いについて、タイミーの小川嶺社長は「飲食業のアルバイトは未経験者が働く障壁が高いとされている。この課題を解決したい」と説明する。
「飲食店は研修やマニュアルなどオンボーディング体制が整っていないことも多い。未経験者でも働きやすい仕組み作りを散りばめることで、まずは飲食業界って楽しいなと思ってもらい、業界全体の魅力の向上に繋げたい」(小川氏)
必要なスキル30項目を明示
「The 赤提灯」の1階部分。
撮影:横山耕太郎
未経験者でも働きやすい仕組みとは何か?
具体的には、お客さんにおすすめメニューを提案できるように、始業前に定番メニューを試食することや、メニューのおすすめ点をまとめたカンニングペーパーを用意することがあるという。
またレベル1から3まで、約30項目のスキルシートを用意し、求められている接客を明文化している。
レベル1として「爪の長さ、ネイルが適正か」という点から始まり、レベル3になると「新規のお客様優先で接客する」などの項目もあるという。
「飲食店の場合は、新規のお客さんが2回目に来てくれるのは平均3割程度、2回目に来たお客様が3回目に来る確率は、8割〜9割と言われます。
リピーターを作るためには、新規を優先するのは飲食店のセオリーですが、そういったノウハウもスキルシートに書いています」(大久保氏)
勤務を終えた後には、スキルシートに基づき、店側から評価を受けられるため、身についたスキルを確認することができるという。
「採用できないから営業できない時代ではない」
オープニングセレモニーでは「もつ煮込み」などの試食も提供された。
撮影:横山耕太郎
こうした取り組みの背景にあるのが、飲食業の深刻な人手不足だ。
帝国データバンクが発表した「人手不足に対する企業の動向調査(2023年4月)」によると、非正社員が不足していると回答した企業は30.7%。コロナ後には一時、16.6%にまで低下していたが、その後、コロナの収束とともに人手不足の企業は増えている。
出典:帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2023年4月)」
業種別でみると、「飲食店」の85.2%が非正規社員が不足していると回答しており、最も人材不足が深刻だった。
「飲食店のタイミーでの募集案件も増え続けているが、コロナで一時は飲食店を離れたアルバイトが、運送など他の業種で定着した例もある。飲食店で働きたいと思う人を増やすことが急務になっている」(小川氏)
一方で小川氏は「人手不足を理由に飲食店はできないといういう事態は変わりつつある」とも指摘する。
実際、今回開店する新橋の新店舗「The 赤提灯」は、タイミーでスポットバイトを募集しているが、募集をかけた5月末まで、アルバイトがすでに決まっているという。
新規開店の飲食店が、求人サイトにアルバイト募集の広告を出さずに、人材を確保するのは異例だという。
「The 赤提灯」のスポットバイト枠が埋まっている理由としては、都心という立地に加え、ミナデインが展開する他の飲食店が人気店だという理由もあるだろう。
「固定のアルバイト人材だけでなくても、スポットでも人材を確保できるようになってきている。飲食店側も受け入れ体制や教育体制を変えていく必要がでてきている」(大久保氏)
新しい雇用体系に「ビジネスの可能性」
ミナデインの大久保社長。
撮影:横山耕太郎
スポットバイトを活用した新しい店舗運営で、今後も持続的にスポットのアルバイトを雇用し、接客や料理の質を保てるか ——。この取り組みの評価がわかるのはこれからだ。
「The赤提灯」の時給は、「未経験者」が時給1100円、「経験者」が時給1200円。大久保氏は今後、「スキルに応じて時給があがる仕組みも今後は考えていきたい」とした上で、この雇用モデルをさらに横展開していきたいという。
「新しい雇用の形や、飲食店での新しい教育の形を、私たちが作っていきたいと思っています。
ビジネス的な観点からも、例えばこの『赤提灯モデル』の運営方法をフランチャイズ化するなど、新しいビジネスに繋がる可能性があると思っています」(大久保氏)