yu_photo /Shutterstock.com
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
スープ専門店のスープストックトーキョーが離乳食の無料提供サービスを発表したところ、賛否両論が巻き起こる騒ぎになりました。騒動を受けての企業側の対応を見た入山章栄先生は、「これは同社が“文化”をつくろうとしているのでは」と意図を探ります。
いったいどういうことなのでしょうか?
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:15分39秒)※クリックすると音声が流れます
飲食店に子連れで入れない問題
こんにちは、入山章栄です。
今回は本連載の担当ライターである長山清子さんの気になるニュースについて、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
ライター・長山
4月25日にスープストックトーキョー(Soup Stock Tokyo)が、店内でお金を払って飲食をする赤ちゃん連れのお客さんに離乳食の無料提供サービスを始めると発表しました。ところが「子どもがいる人だけ不公平だ」とか、「子連れの客が増えたら迷惑」「そんなことをするならもう利用しません」という反発も多かったそうです。
スープストックトーキョーはそれを受け、「離乳食提供は『世の中の体温をあげる』という企業理念に基づいてやっていることなので、これからも続けます」と継続を表明しました。入山先生は今回のこの騒動についてどう思いますか?
僕はスープストックトーキョーに大賛成ですね。その理由を言う前に、Business Insider Japan編集部の常盤亜由子さんは、この件をどう思いますか?
BIJ編集部・常盤
この取り組みは、会社の姿勢が表れていて素晴らしいと思います。私も子どもがまだ小さいので、食事をしに入ったお店で周囲の視線が気になったという経験は何度もあります。
ライター・長山
私は子どもがいないのでよく分かりませんが、そもそも外食で離乳食がメニューにあるところは、ファミレスなどにもないですよね。企業として差別化にもつながるし、目の付けどころがいいなと思いました。
なるほど。僕はこれは「文化」の問題だと思います。僕はスープストックトーキョーに強く賛成です。でも、文句を言う人たちの気持ちも分からなくはありません。なぜなら「公共の場で子どもをどう扱うか」は、文化によって違うからです。
例えば僕はアメリカに10年住んでいましたが、アメリカ人はよくも悪くも子どもや家族を非常に大事にする。他人の子どもでもです。どんな高級レストランに行っても子ども用のハイチェアが置いてあるし、自分たちのテーブルで離乳食を食べさせても全然かまわない。
それどころか、レストランでお母さんが自分の席で授乳をするのもOKなことが多い(ケープはかぶせますが)。子どもが泣こうが大きな声を出そうが、よほどでない限りは「うるさい」なんて誰も言わないです。むしろちょっと泣き止んだら「She is adorable!(かわいいね!)」と声をかけてくれる。
移民国家だからかもしれませんが、社会全体で子どもを大事にしようという文化が根底にある。
同じように子どもに寛容なのが、実は中国です。
中国の人たちは本当に小さい子どもが好きですね。子どもが騒いでも気にしない。むしろ僕のような日本人からすると「さすがにうるさいな」と思うこともありますが、その代わりこちらの子どもも「かわいい、かわいい」とあやしてくれる。アメリカには中国人も多いので、僕はそういう経験をしてきました。
子どもを大事にするという点では両者はよく似ているから、中国人ファミリーにとってアメリカは住みやすい場所なのでしょう。
子どもと大人を峻別するヨーロッパ
ところが同じ外国でも、ヨーロッパはまったく事情が違います。ヨーロッパは国によっては、子ども連れで入れないレストランが厳然と存在します。だからそういう場所で食事をしたければ、もうその日は子どもをシッターに預けて、大人だけで行くしかない。僕も子ども連れでヨーロッパに行ったことがありますが、事前にレストランに確認するなど、お店選びには相当気を遣いました。
つまり子どもの許容度に関しては、その国の文化によるところが大きいのです。そしてわが日本はどうかというと、この点があいまいです。「子どもをレストランに連れてくるべきではない」という人もいれば、「子どもは社会全体で育てるものだ」という人もいる。つまり日本は子どもに対する扱いが揃っていない。コンセンサスができていないんです。
さらに言えば、スープストックトーキョーの「文化のポジショニング」も従来は定まっていなかったのかもしれません。
スープストックトーキョーといえば“女性の吉野家”などと言われているように、女性客が一人で入店して、ささっと食べて、すぐ出ていく人が多い。
でも一方で、意外とお昼時にカフェ的に使う人もいます。店内がおしゃれだから、友達と来て、食事が終わったあとも1時間くらいおしゃべりを楽しむ人もいる。
そういう人にとって確かにうるさい子どもは邪魔なのかもしれない。「くつろぐ場所」としてスープストックトーキョーを使っていた人からすると、離乳食の提供はやめてくれと言いたくなるのだろうと思います。
スープストックトーキョーの創業者の遠山正道さんには早稲田大学ビジネススクールの僕の授業にゲストとして来ていただいたこともあります。とても素晴らしい方です。遠山さんは日本で、ある種の文化をつくろうとしているのだと僕は思っています。
もしかしたら離乳食提供を始めた当初はそこまでの意識はなかったかもしれませんが、これだけ反対意見があるのに貫くということは、同社は文化をつくろうとしているのでしょう。
企業理念として「世の中の体温をあげる」と高らかに謳っているし、あえて離乳食提供を継続することで、「うちはこっちで行きます」と宣言をしたのだと思います。
BIJ編集部・常盤
日本では、お金を払う人に対して強く出られないことが多いので、今回のような企業の対応はめずらしいですよね。
そうですね。大事なのは、当然、お店側だってお客を選んでいいということです。だから大胆に言うと、今回のスープストックトーキョーの宣言は、「うちの方針に文句がある人は来なくてもいい」と言っているわけです。その代わり、スープストックトーキョーの文化に共感する人たちがもっともっと利用すればいい。
ライター・長山
そうですね。私は応援の意味でも、もっとスープストックトーキョーに行こうと思いました。「オマール海老のビスク」とかおいしいし。
僕は、こういう「文化の主張をする店」がもっと増えるべきだと思います。別にお客さまは神様じゃないですからね。まだカスタマーハラスメントみたいなこともありますけれど、商取引は相互の合意に基づいた契約ですから。
BIJ編集部・常盤
「わが社が理想とするお客さんではないけれど、お金を払ってもらった以上は言うことを聞かないとまずいのではないか」というような強迫観念ってありますよね。
そうです。今回の炎上もそういうことが背景にあると思います。「私はスープストックトーキョーの客なんだから、私の気に入らないことはお店にさせない」という考え方ですね。でも、そういう人には来てもらわなくてもかまわないんですよ。
BIJ編集部・常盤
企業がお客さんを選ぶことも重要なんですね。
サイゼリヤのミラノ風ドリアはうれし涙の味がした
BIJ編集部・常盤
政府が「子どもの声は騒音ではない」と法律で定める動きがあるとの報道もありますが、子どもとの接点がない社会だから、子どもになじみがない人には騒音に聞こえるのかもしれません。
そうですね。実は白状すると、僕も独身のときは、飛行機の隣の座席でギャーギャー泣かれたりすると「うるさいな」と思っていました。でも親となった今では「よしよし、元気だな」と思えるようになりましたから。
身近なところに子どもがいないと子連れの人の気持ちが分からないというのは、少子化社会日本の課題なのだと思います。
BIJ編集部・常盤
下の子が生まれて間もない頃、子どもが抱っこひもの中で寝た隙にサイゼリヤに入ったことがあります。ところが注文したものが来た途端、火がついたように子どもが泣き始めてしまったんです。
すると斜向いの席の中年女性が私の窮状に気づいて「赤ちゃんを抱っこしていてあげるから、ゆっくり食べなさい」と声をかけてくれました。遠慮していたら「私も久しぶりに赤ちゃんを抱っこしたいの」と言ってくれた。その瞬間、子育てのいろんな辛さが一気にこみ上げてきて、号泣してしまいました。
私が泣きながらドリアを食べていたら、なんとそばにいた若い女性2人も「私たちも抱っこしていいですか?」と言って、結局私が食べ終わるまで3人で娘をあやしてくれたという思い出があります。
些細なエピソードですけど、こういう小さなところから優しさの輪が広まってくれるといいな、と思います。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。