世界でカーボンニュートラルに向けた取り組みが加速する中、企業にはCO2の排出量を「見える化」することが求められている。
国内のCO2排出量の算定(炭素会計)ベンチャーとして注目される「アスエネ」と「ゼロボード」それぞれの代表に、日本の「CO2見える化」の今と、これから先企業に求められること、そして「良いCO2見える化」の事例について、話を聞いた。
「CO2排出量の開示」当たり前に。次は「どう削減するか」
二酸化炭素の排出量を見える化する取り組みが進んでる。
petrmalinak/Shutterstock.com
アスエネの西和田浩平代表は、創業した2019年頃と比較し、「日本国内の脱炭素の機運は確実に高まってきた」と話す。
日本では、2020年10月に当時の菅義偉首相がカーボンニュートラルを宣言したことを発端に脱炭素の取り組みが一気に加速。アスエネのサービスもその流れの中でローンチした。
西和田代表は、当時は今ほど企業側にサービスを理解してもらえなかったと話す。
「スコープ3※などのサプライチェーンに関するCO2排出量を見える化する取り組みについて話しても、『分かる人には分かる』という感じでした。ただ、それがここ2年弱くらいで大分浸透してきたと思います」(西和田代表)
※スコープ3:自社製品を製造する上で、原材料などの供給網の中で生じる他社によって排出される温室効果ガスの排出量。
ただ、CO2を「計測すること」の重要性が理解されていくのと同時に課題になってきたのが「見える化した先にどう減らしていくのか?」という視点だ。
「短期・中期的な目標がなかったり、3年、5年でどれだけ(排出量の削減を)進めていくのか具体策が欠けていたり、本質的に気候変動にコミットする経営者が少ないように感じています」(西和田代表)
アスエネの西和田浩平代表。写真は2022年11月にBusiness Insider Japanのウェブ番組に出演した際のもの。取材にはオンラインで応じた。
撮影:小林優多郎
ゼロボードの渡慶次道隆代表もこの数年の変化について、
「お客様の(CO2排出量の開示への)解像度が上がっていると感じています」(渡慶次代表)
と、グローバル企業を中心により詳細なデータを開示する流れができていると指摘する。
一方で、
「その分、逆に表面的な開示に走っている企業や、(市場が拡大したことで)それを助長している開示ツールも現れるようになったと思っています」(渡慶次代表)
と、CO2排出量算定の必要性が広く知られるようになっていった結果、それが目的化している事例がみられていると課題を指摘した。
求められる開示はより精緻に
現状、大企業と中小規模の事業者の間で、CO2排出量の算定や削減に向けた取り組みについて求められる内容に差があるのが実態だ。グローバル企業や東京証券取引所のプライム市場に上場している企業に求められる内容は、より細かくなってきている。
渡慶次代表によると、ここ最近注目されているのは、サプライチェーンの排出量に相当するスコープ3の「算定精度を高める」取り組みだと話す。
「スコープ3の算定を2次データ(間接値)から1次データ(実測値)に変えていくことがテーマになっていると感じています。そのためには、サプライヤーから『1次データ』をもらう必要があります。(大企業には)サプライヤーとエンゲージメントを取って、スコープ3の削減を自分たちが主導していくことが求められているのではないでしょうか」(渡慶次代表)
ゼロボードの渡慶次道隆代表。5月中旬、Business Insider Japanの取材に応じた。
撮影:三ツ村崇志
アスエネの西和田代表も同じ見解を示す。鍵は「1次データ」だ。
スコープ3の算定には、例えば自分たちで計算が難しいものについては環境省などのデータベースから引用したり、商品の「金額ベース」で一般的な値を計算して算出したりすることがある。これがいわゆる2次データを用いた計算手法だ。ただ、この手法には限界がある。
「金額ベースで間接的に計算するため、売り上げが大きくなるほど計算上CO2の排出量が多くなります。その結果、為替変動などの影響で算定される排出量が変わってしまうんです。やっぱり1次データで算出することが求められてくると思っています」(西和田代表)
数年前までは、「スコープ3を出すこと」が国内では「先進的」な事例と捉えられていた。
ただ今はもう、グローバル企業を筆頭に、事業の実態を反映したデータをより精緻に出すことが求められつつある状況だ。そしてその流れは、大企業から中小企業へと徐々に波及していくことが予想される。
また、最近では、CO2削減の「貢献量」を算定する機能を求める企業も増えてきたと渡慶次代表は話す。
例えば、省エネな光源やエアコンなどを開発した場合、製品開発に伴いその企業の排出量は増える一方で、その製品を購入したユーザー(事業者など)の排出量は減る。この分を「貢献量」として、CO2排出量の削減に寄与したと評価しようというわけだ。これは日本の電機メーカーなどが強みとする領域でもある。
実際、G7の気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケの要点にも「事業者自らの削減のみならず削減貢献量を認識することの価値を共有」と、世界的に一定の共通認識を得られたとしている。
2023年4月、札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合。気候変動対策やエネルギー政策について議論された。「貢献量」についての議論も。
画像:環境省
気候変動問題が続いている以上、企業がCO2排出量を精緻に調べ、削減に向けた取り組みを示していく流れは今後も加速することが予想される。ただ、需要が高まっていく中で「算定を支援するリソースをどう確保するのか?」という点も、今後の課題になりつつあると渡慶次代表は指摘する。
サプライチェーンが大規模になればなるほど、データは複雑になる。加えて、解像度の高い開示を進めていくには、業界ごとの特徴などを踏まえて計算しなければならない。
「(事業者として)算定のサポート人材をちゃんと揃えるのは難しいんです。それができないと、スコープ3の質問に全然答えていただけないこともある。ローカライズは重要になります」(渡慶次代表)
逆に言えば、排出量の算定が求められる企業側にも、こういった知見を持った人材が必要になりつつあると考えることもできる。
実際、グローバル企業などでは、業界の排出量算定などに詳しい担当者を置くケースも増えてきているという。大企業からの要求がより細かくなってくれば、中小企業にもそういった知見を持つ「情報開示の専門人材」が求められるようになるかもしれない。
中小企業の算定、どう進めるか?
日本の企業の99%は中小企業だ。
撮影:今村拓馬
大企業を中心にCO2排出量の開示が進む一方で、日本企業の99%は中小企業だ。この領域のCO2見える化を進めていくことは、日本の大きな課題だ。環境省でも、中小企業向けにハンドブックなどを公開している。
大企業のサプライチェーンを担う企業であれば、大企業からの要請によって開示に取り組むケースは増えている。一方、そうではない中小企業ではなかなか見える化に取り組む「インセンティブ」が発生しにくい点が課題だ。
「上場してない中では、お金をかけてCO2削減に踏み切るところまでいきません」(渡慶次代表)
「技術は揃っていても、リソースを回せない事業者さんも多いというのが現状だと思っています」(西和田代表)
例えば照明をLEDに切り替えたり、オフィスのエアコンを最新式にしたりすることでも排出量を削減することはできる。電気代の節約という直接的なメリットにもなる。ただ、投資コストの回収にタイムラグがあることから、なかなか踏み切れない。
であれば、段階的にまずは中小企業が「CO2の排出量を算定すること」で経済的なメリットが生じるように、政府や自治体、業界としてエコシステムを作り上げる必要があると渡慶次代表は指摘する。
「CO2の可視化をしている企業に対してシステムの補助金を出したり、公共調達の中にグリーン調達(環境負荷の低い原材料などを積極的に導入すること)をする自治体が増えたりはしています。金融業界でも、(ゼロボードと)長瀬産業さんとの取り組みでは、サプライヤーが納品先に1次データを開示することができれば目標を達成したとして、金利の低減を享受できる仕組みを導入しました」(渡慶次代表)
また、西和田代表は、CO2排出量の算定で先を行くヨーロッパとの違いとして、CO2削減やオフセットする企業が、それをブランディングにつなげたり、製品の価格に転嫁したりする事例が日本だと少ないと指摘する。
「つまり、収益が上がる算段を立てられないので、(CO2算定に)コストをかけられないんです」(西和田代表)
実際、海外ではCO2をオフセットした「カーボンニュートラルLNG」を通常より割高で販売する事例があったり、日本にも展開しているスニーカーメーカーのオールバーズのように再生素材の使用をブランドの付加価値として商品訴求に活用したりする事例が広がりつつある。
「日本でも少しずつ変わってきてはいますが、まだ(安いほど良いという)価格圧力が強いように感じます」(西和田代表)
実際、ゼロボードもアスエネも、会社全体のCO2排出量の算定に加えて個別の商品の排出量・環境負荷を算定するサービスを展開。サービスを求める声は増えてきているという。
サントリーにパナソニック。CO2見える化の「良い開示」は何が「良い」のか?
撮影:今村拓馬
冒頭で指摘したように、CO2の排出量の算定は最終的に「どう削減するか?」という提案とセットでなければならない。では、結局のところ、計測した排出量をどのような形で開示すれば、「良い開示」になるのだろうか。
西和田代表は「良い開示」の要素として、次の三つを挙げる。
- どういう前提で計算をしているか明示すること。
- どれだけ1次データなどの正確なデータを集めて開示しているかということ。
- 排出量を見える化してアクションプランを明記しているか。
具体的な事例として注目している企業を聞くと、飲料大手のサントリーHDや建設大手の大林組の事例を挙げた。どちらの企業も、当然のように削減目標やアクションプランを明記していることに加えて、西和田代表は次の点が良いと感じたポイントだと話す。
「サントリーHDは、スコープ3の1次データをサプライヤーから集めて開示していることを明記しています。(1次データの割合は)41%なので、逆に6割はまだ2次データなのですが、1次データの利用を拡大していく方針も示しているので分かりやすい。大林組も、現場数が膨大な建設業界では算定が大変なはずなんですが、現場単位で細かく算出しているんです」(西和田代表)
現状でカーボンニュートラルになっていなかったとしても、現状の途中経過を明確に示し「変えようという姿勢を見せること」で、会社の姿勢が見えるわけだ。
「二酸化炭素排出量だけではなく、今年から人的資本開示も求められていますが、外国人の比率や女性管理職の割合などは、日本の企業は遅れているので正直出したくないのだと思います。ただ、ブラックボックスになってるといつまでたっても改善ができません。
ちゃんと開示をして、今は低いけれども会社として経営者などがコミットしていくことが大事なのだと思っています」(西和田代表)
パナソニックが掲げる「グリーンインパクト」の内容。
画像:パナソニック
ゼロボードの渡慶次代表にも同様に「良い開示」の事例の質問をすると、パナソニックが掲げる「グリーンインパクト」を「企業としてのコミットメントが感じられる開示だと思っています」と例示した。
パナソニックでは、2050年に向けて自社からの排出量を1.1億トン削減、さらに燃料電池やリチウムイオン電池などの自社製品を販売することで、社会の排出量を1億トン削減することを掲げている。加えて渡慶次代表が特に印象的だとしたのが、パナソニックが「FUTURE IMPACT」として掲げている「将来の技術開発でさらに1億トン削減する」という点だ。
「技術が実現できていない、まだ見ぬ事業でもう1億トン下げる、そこまで投資し続けるということなんです。社内の脱炭素社会の実現に関わる技術開発や製品開発の人材は、ものすごく気合が入るはずです。上場企業がこういったコミットメントを出す意味は大きい
加えて、こういうことを言うことによって、他の会社や社会も影響を受ける。そういった分も貢献になると考えて表現している。この打ち出し方は非常に面白いと思っています」(渡慶次代表)