マネージングパートナーのロエオフ・ボサをはじめ、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)のパートナーが人工知能(AI)スタートアップへの投資を最優先に取り組んでいる。
Konstantine Buhler/Sequoia Capital, MediaNews Group Bay Area News/Getty, Sonya Huang/Sequoia Capital, Pat Grady/Sequoia Capital, Tyler Le/Insider
「ChatGPT(チャットジーピーティー)」の衝撃的なデビューによって、生成AI関連のユニコーン(企業評価額10億ドル以上の未上場会社)が続々と生まれている。
ベンチャーキャピタル(VC)がこぞって人工知能(AI)スタートアップへの投資を増やし、評価額が跳ね上がっているためだ。
名門VC、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)もその流れの中心にいる。
2022年9月、ChatGPTの開発元であるOpenAI(オープンエーアイ)の直近の評価額が約200億ドルと報じられる直前、セコイアのパートナーであるパット・グレイディとソーニャ・フアンは、半世紀以上の歴史を持つ有力VCとしては珍しい呼びかけをした。
自社ウェブサイトに「生成AI:創造的な新しい世界」と題したブログを投稿し、AIスタートアップの創業者にアイデアやピッチ(投資家向けのプレゼン資料)を直接メールで送るよう呼びかけたのだ。
2人のパートナーはブログでこんな展望を語った。
「生成AIは、より速く安くなるだけでなく、場合によっては人より優れたものをつくり出す可能性が十分にあります」
間もなく、この投稿に反応した起業家たちから何百通もの応募が殺到した。
セコイアはすべての応募者のピッチを聞くため、あえてローテクな手法を採用した。週1回、オンラインでオフィスアワー(プライベート面談)を開催することに決めたのだ。
「スピードデート(時間を区切って多数の相手と会話する集団お見合い)のようなものです」(フアン)
各応募者に割り当てられるピッチ時間はわずか数分だが、グレイディとフアンのほか、セコイアのパートナーであるロミー・ボイド、チャーリー・カーニン、コンスタンティン・ビューラーのような実力のあるキャピタリストたちが定期的に参加するので、「きらりと光るものがあるかどうかは、すぐに判断できる」(セコイア)という。
オフィスアワーに参加した応募者のうち、約半数とは「2回目のデート」、つまりより本格的なミーティングや顧客の紹介を行う次のステージへ進んだ。
投資先を厳しく選別することで知られるセコイアにしてみれば、2人面談して1人が次のステージに進むのは異例中の異例だ。
とは言え、実際の投資に至るまでの道のりはまだまだ長い。
「私たちが最初に会った人が最終審査に合格し、資金を手にする可能性は非常に低いのが現実であり、それがこの仕事の本質なのです」(フアン)
ここ数カ月、有力VCのベッセマー・ベンチャー・パートナーズ(Bessemer Venture Partners)がAIスタートアップに10億ドルの投資を実行することが明らかになったり、俳優のアシュトン・カッチャーが経営陣に名を連ねるサウンドベンチャーズ(Sound Ventures)が2億4000万ドルのAI投資ファンドを立ち上げたり、多くのVCがAI分野で地位を固めるために派手な動きを見せている。
それらに比べれば、セコイアのアプローチは控え目なものと言える。
それでも、法律関係者向けの生成AIを開発するハーベイ(Harvey)や、ChatGPTなど対話型AIの基盤技術である大規模言語モデルの機能を拡張・強化するラングチェーン(LangChain)のような話題のAIスタートアップに投資するなど、要所ではしっかり存在感を示してきた。
現在、マネージングパートナーのロエオフ・ボサをはじめ、セコイアの全てのパートナーがAIを最優先の投資分野と位置付け、中でもグレイディ、フアン、ビューラーの3人が最も積極的に関与している。
同社の2023年の新規投資先約20件のうち、AI関連は半数以上に上り、約3分の1だった昨年より割合が高まっている。
フアンもビューラーも、AI企業の調査研究に費やす時間を一気に増やした。昨年の50%に対して今年は90%以上だから、使える時間の大半をAIに振り向けていることになる。
断るのが不可能なほど魅力的な提案が…
VC各社が「次のOpenAI」を見つけ出そうと躍起になる中、セコイアはアーリーステージでの投資先発掘に特に注力する。
セコイアと競合するある投資家の話によれば、前出のラングチェーンのようなホットなAIスタートアップの資金調達ラウンドでリードインベスターを買って出るケースもあるようだ。
企業向け検索AIスタートアップのグリーン(Glean)は、景気後退入りを前に厳しくなる資金調達環境を踏まえ、2022年中の新たな資金調達は検討していなかったが、セコイアからとても断り難い魅力的な提案を持ちかけられたという。
「新たな資金調達にはまだ早すぎるし、検討しないと苦しくなる状況でもないと考えていましたが、セコイアのほうから長期的な視点で投資したいとの申し出があったのです」(アルビンド・ジェインCEO)
(セコイアの)フアンが声をかけてきた時には、すでにグリーンについて徹底的に調べ上げ、細部に至るまで熟知していた。そのことにジェインは感銘を受けた。
「ソーニャ(・フアン)は私たちのユーザーに会って話を聞き、彼らを理解しようとする作業を惜しみませんでした。そのスピードと決断力には驚かされました」
ジェインは他のVCに参考意見を聞いてみることもなく、フアンからのアプローチの数週間後に、1億ドルを新たに調達するタームシート(正式契約前の投資条件確認書面)にサインした。その時点で評価額は10億ドルに達し、1年で3倍以上に跳ね上がった。
一方、セコイアに対してジェインとは全く異なる評価を下すAIスタートアップの経営幹部もいる。
セコイアのメンバーと何度も会ったが、「下手な鉄砲も数打てば当たる」式の投資姿勢で感心できなかったと振り返るこの人物は、グーグルの元エンジニアリング担当シニアバイスプレジデントで、現在はセコイアのパートナー兼創業者専任ビジネスコーチを務めるビル・コフランの存在に触れつつこう語った。
「ビルは敬愛すべき人物ですが、他の(セコイアの)メンバーは私たちが信頼できるほどAIに関する知識を持っていません。それに、ビル自身はすでに投資の最前線を退いていますからね。まあ、彼らがAIに投資し始めてから間もありませんし、追い付く時間は十分あると思いますが」
(なお、セコイアの広報担当は、ビル・コフランはまだ投資に積極的に関わっているとして、この人物の発言は事実と異なると反論する)
GPT-3との対話に衝撃を受ける
セコイアのパートナーたちは、AIに関する彼らの知見が組織の中で蓄積されてきたものだと繰り返し強調する。
昨年、同社が熱心に支援していた暗号資産(仮想通貨)交換業のFTXトレーディングが詐欺的行為で経営破綻した際、セコイアはブームに乗った投資判断で投資家に損失を与えたと批判を受けた。
だが、AIについては単に流行を追いかけているわけではなく、長期的な視点で注力してきたと強調する。パートナーのビューラーは言う。
「私たちには、非常に長期的な視点で技術トレンドに投資してきた歴史があります。AIが重要であることは何十年も前から分かっていました。
世界で最も重要な成熟期のAI企業であるグーグル(Google)とエヌビディア(Nvidia)に早い時期から投資してきた実績がそのことを証明しています」
セコイアは、1993年のエヌビディアのシードラウンドと、1999年のグーグルのシリーズAラウンドで投資している。
ビューラー自身もスタンフォード大学でAIの修士号を取得。機械学習・ビッグデータ解析を手がけるスタートアップで、2014年にセールスフォース(Salesforce)が買収したRelateIQ(リレートアイキュー)の22人目の社員、2人目の製品開発担当者として採用された経歴を持つ。
セコイアの50年以上にわたる歴史は、複数の技術革新の波にまたがっており、同社はそれを「流通革命」と「情報処理革命」に分類する。
インターネットの台頭とそれに続くスマートフォンの普及によって、一昔前のスーパーコンピュータほどの能力を持つ端末が世界中の何十億人もの人々に行きわたったのが、前者の流通革命。そして、次に来るのが情報処理、とりわけデータ処理の革命だと同社は予測する。
そして、その予測に基づいて乗り出したのが、クラウドベースのデータプラットフォームを提供するスノーフレイク(Snowflake)や、自然言語処理関連のライブラリやAIコミュニティを運営するハギングフェイス(Hugging Face)など、データ・機械学習・AI関連のスタートアップへの資金提供だ。
フアンは近年、スパムの検出や配送時間の予測など特定用途向けに開発された(前世代の)特化型AIと、生成AIを支える大規模言語モデルのような(最新の)汎用型AIが、根本的に異なることに気付き始めた。
2022年春のある日、フアンは特化型AIと汎用型AIの違いについて思考を巡らせながら、OpenAIのチャットボット(当時はGPT-3ベース)を開いた瞬間、大胆なアイデアを思いついた。
「AI自身にその違いについて聞いてみたらどうだろう?」
フアンがまず自分の考えをGPT-3に説明し、何回かやりとりしていると、GPT-3は自身に「生成AI」という名前をつけ、生成AIと特化型AIのそれぞれに最も適したユースケースに関して一定の枠組みを示した。
フアンは衝撃を受けた。GPT-3の創造的なブレーンストーミング能力は、これまで目にしたことがないものだったからだ。
フアンはグレイディとともにこの発見をプレゼン資料にまとめ、同社内で「ブルースカイ(自由で独創的な)」と呼ばれるブレーンストーミングの場でシェアし、同僚たちと議論を重ねた。
本記事の冒頭で触れた「生成AI:創造的な新しい世界」と題する同社ブログ投稿は、この議論の結果生まれたものだ。
AIスタートアップに空前の評価額
この数カ月、AI分野で高い企業評価に基づく大規模な資金調達案件が次々明らかになった。
OpenAIの元経営幹部が創業したアンスロピック(Anthropic)は3億ドルを調達して評価額は41億ドルに達し(The Information、3月8日付)、医療業界向け大規模言語モデルを開発するヒポクラティックAI(Hippocratic AI)はシードラウンドで5000万ドルの調達に成功した。
こうした空前の高値に、一部の投資家は難色を示す。
まだ大した売上高も立っておらず、大規模言語モデル関連の開発者支援ツールという競争の激しい分野で勝負するラングチェーン(前出)に、セコイアが少なくとも2億ドルの評価額を付けて出資したのは、驚愕の事件だと語る投資家もいる。
別のある投資家は冗談交じりにこう吐き捨てる。
「大規模言語モデルを扱うスタートアップであれば、現時点で売り上げがあろうがなかろうが関係ない、ということなんでしょう」
しかし、グレイディに言わせれば、セコイアにとってのディールの成功とは、最も適切な評価額を割り出して資金を投じることではなく、最も素晴らしい人材に投資することだ。
「良いディールを成立させれば儲かるというわけではありません」(グレイディ)
長期的視点に立って次世代のAIスタートアップに積極的に投資することで、セコイアは早い段階で支配的な地位を確立しようと目論んでいると、一部の競合VCは捉えている。
グレイディはそうした見方には同意せず、セコイアに対するネガティブな風評は、適切なスタートアップを選ぶプロセスに伴う「ケーキを覆う粉砂糖」、すなわち些細なことに過ぎないと強気だ。
ただし、そんなセコイアも大事なディールをつかみ損ねることがないわけではない。
その一つが、Xoogler(ズーグラー、元グーグル従業員の総称)が2021年1月に創業した対話型AI開発のキャラクターAI(Character.AI)だ。
セコイアは数カ月熟考した上で出資を断念したが、今年3月にアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)がリードインベスターを務めたシリーズAラウンドで1億5000万ドルを調達、ユニコーンの仲間入りを果たした。
これから「バズる」AIアプリが次々登場する
これまでのところ、投資家の関心は大規模言語モデルのようなAIのインフラストラクチャー層に集中しており、開発者がAIモデルをより効率的に訓練、最適化、実装し、複雑なAIアプリケーションを構築するのを支援する企業が注目されてきたと、フアンは語る。
インフラ層の競争が過熱気味なのに対して、AIのアプリケーション層にはまだ広大なグリーンフィールド(未開の緑地)があり、VCやスタートアップ創業者たちの関心はそちらへシフトしている。
「教育、AIパートナー、ソーシャルネットワーキング、バイオテクノロジーなど、勝者が明確になっていないカテゴリーはたくさんあります」(フアン)
iPhoneが発売された当時、最もよく使われたアプリはプリインストールされていた懐中電灯アプリだったが、やがてサードパーティーのアプリがどんどん開発され、Doordash(ドアダッシュ)やInstagram(インスタグラム)のような何億人、何十億人が使うサービスが生まれていった。
AIの分野でもここ数年で、大人気アプリの誕生ラッシュになる可能性がある。
3月下旬、セコイアはサンフランシスコ中心部、ミッション・ストリートのオフィスに100人近いAI分野の第一人者を招き、「Ascent(上昇)」と名付けた1日限りのプライベート・カンファレンスを開催した。
セコイアのパートナーであるアルフレッド・リンが、午前中にOpenAI創業者のサム・アルトマン、午後にはエヌビディアCEOのジェンスン・フアンと公開対談したほか、ラングチェーンのハリソン・チェイスや衣料品のサブスクリプションサービス、レント・ザ・ランウェイ(Rent the Runway)の共同創業者クリストバル・バレンズエラといった若手起業家も、簡単なプレゼンテーションを行った。
「私たちはわずか数週間でこのイベントの開催を決め、実施しました。これは最近のAIをめぐる環境変化の速さを象徴するものと言えます」(フアン)