日本の株と不動産はなぜこんなに値上がりするのか。それは「半世紀ぶりの実質円安」だから…

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日本の株式や不動産価格の高騰が続いている。その背景には「割安な日本」の現実があるようだ。

REUTERS/Issei Kato

日本の株式や不動産の価格上昇が注目を浴びている。とりわけ首都圏の新築マンションの値上がりについては、新聞・テレビなど多くのメディアが集中的に報じており、いま一番ホットな話題の一つと言っていいかもしれない。

財・サービスの価格も上昇しており、総務省が発表した4月の消費者物価指数は、変動の大きい生鮮食品を除く総合ベースで前年同月比3.4%上昇、3か月ぶりに伸び率が拡大した。

こうした動きについてはさまざまな説明が可能だが、筆者としてはまず、資産価格や一般物価そのものが上昇しているだけでなく、「日本人側の目線が下がっている」事実にも目を向けるべき、ということを指摘したい。

下の【図表1】は円の「名目実効為替相場(NEER)」と「実質実効為替相場(REER)」をデータの存在する1964年以降について比較したものだ。

図表1

【図表1】円の実効為替相場と長期平均の推移。紫線が「実質実効為替相場(REER)」、青細線が「名目実効為替相場(NEER)」。

出所:国際決済銀行(BIS)資料より筆者作成

実行為替相場は、名目・実質いずれも、ある国の通貨の「相対的な」実力を測る指標。ここでは読者の理解を促すため、日本を主体とした場合の解説をしておこう。

NEERは主な貿易相手国の通貨に対する日本円の価値もしくは競争力を表し、それに各相手国との物価格差を加味したのがREERと位置づけられる。

【図表1】から一目瞭然のように、円の実行為替相場はここ数年、名目・実質いずれも下落基調ながら、NEERが2007年頃と同水準にあるのに対し、REERのほうは半世紀以上前の1971年頃と同水準という相違がある。

パンデミック直前(2019年12月)と2023年4月の数字を比較すると、NEERは16.6%下落、REERは24.6%下落で、8ポイントほどの開きが見られる。

さらに、年初来の変化率で見ると、NEERの0.1%上昇に対し、REERは1.4%の下落で、そのように最近は両者のかい離が際立つようになっている

繰り返しになるが、NEERに物価格差を加味したのがREERで、例えば海外(の主な貿易相手国)より日本の物価が低い状況が続いた場合、その分だけ「日本の通貨が実質的に安くなった」と見なされ、円のREERを下落させることになる。

したがって、下落が際立つ最近の円のREERは、海外のほうが日本より高い物価上昇に直面していることを示唆する。

なお、海外では一般物価に追随して名目賃金も相当に上昇している。日本でも最近は賃金および物価上昇が確認されているものの、海外ほどではない。

海外に劣後する日本の賃金環境は、同時に、日本が海外から財を購入する際の購買力の低下を意味しており、その分だけ円が実質的に安くなっているのだから、REERの下落・低迷に寄与していることになる。

「世界中が欲しがる財・サービス」の価格

前置きが長くなったが、そんなわけでREERは国際的な購買力を測る尺度として使える。

極端な話、REERが低い国は「世界中が欲しがる財・サービス」を購入する際に苦労することになる

多くの国・地域で需要のある財・サービスに対して、企業はそれ相応の(利益を計上できる)価格設定を行う。当然ながら、名目賃金が低い日本に合わせて価格を安くする理由はなく、欧米はじめ先進国の大勢を睨(にら)みながら価格を設定するのが合理的だ。

日本以外の国々は名目賃金が伸びているので【図表2】、それに応じて企業は財・サービスの価格を設定し、結果として、日本から見ると高めの価格になりがちだ。

図表2

【図表2】主要7カ国(G7)の平均賃金の推移。名目・自国通貨ベース。

出所:経済開発協力機構(OECD)資料より筆者作成

厳密に言うと、商品の価格設定は国ごとに若干異なるのが普通だが、あまりに大きな国別の価格差は、そこから収益を得ようとする裁定取引(転売など)を誘発するので、そのまま放置されることはあまりない。

具体的な例としては、アップルのiPhoneが挙げられる。従来、日本向け価格は戦略的に低く据え置かれていると見られてきたが、同社は2022年7月、急速に進む円安を背景に10〜20%程度の値上げに踏み切った。

「世界中が欲しがる財・サービス」の筆頭格として、iPhoneについても国際基準に応じた価格調整が行われたと見るべきだろう。円安はあくまで一つのきっかけにすぎない。

高級車や高級時計も「世界中が欲しがる財・サービス」だ。

例えば輸入車については、独フォルクスワーゲンや同メルセデス・ベンツ、欧州ステランティスなど自動車大手による車両価格の値上げが、2021年秋から22年にかけて再三報じられた

値上げそのものは多くの国で行われており、日本に限らず世界中の消費者にとって痛手であることに変わりはない。

だが、約30年間で名目賃金が倍増した国と、同期間ほぼ横ばいで推移した国では、値上げにより消費者が被る痛手の度合いはまったく異なる

下の【図表3】を見ると分かるように、日本とイタリア以外の主要国では、物価上昇を加味した実質賃金も伸びており、消費者の痛手も限定的と推察される。

図表3

【図表3】主要7カ国(G7)の平均賃金の推移。実質・購買力平価ベース。

出所:経済開発協力機構(OECD)資料より筆者作成

それに比べて、名目・実質を問わずほとんど賃金が上昇してこなかった日本では値上げが相当な痛手となり、特に「世界中が欲しがる財・サービス」はもはや「高嶺の花」の領域にまで踏み込んでいる。

日本の不動産と日本株が値上がりする理由

不動産や株式なども自由に取引できる以上、「世界中が欲しがる財・サービス」に含まれてくる。

まずは不動産に目を向けてみると、住宅建築の際に使われる材料はどの国でもそう変わらないので、建材は「世界中が欲しがる財・サービス」の性格を帯びる。

日本における昨今の不動産価格高騰の背景として、円安による割安感が海外投資家の資本流入を加速・集中させている現状に注目が集まりやすいが、それだけでなく、パンデミックやロシア・ウクライナ戦争による供給制約などが相まって建材価格が急上昇する時期があったことは見逃せない。

建材価格が上昇したところに、円安という二次的な影響が重なり、日本の建築物はそもそも高コストになっており、それが販売価格に転嫁されることで不動産価格高騰に寄与している面もある。

また、円安の影響で建築・建設の現場で就労する外国人が日本を見限るケースが増えている事実も無視できない。労働力不足による作業遅延は供給制約を強め、やはり不動産価格を押し上げる一因になり得るからだ。

一方、日本株もいまや「世界中が欲しがる財・サービス」の類いなのかもしれない。

バブル崩壊後の高値を更新した足元の日経平均株価の上昇についてはここで詳述しないが、円の対ドル相場がここ2年間で30%近く下落したため、海外投資家のポートフォリオにおける日本株の存在感が想定以上に縮小し、その状態をリバランスするための日本株買い増しが合理的な局面を迎えている可能性はある【図表4】。

図表4

【図表4】日経平均株価の推移。ドル建て(青細線)と円建て(橙線)。

出所:Macrobond資料より筆者作成

それは結局、「安いから買う(買い増す)」というシンプルな選択が、日本株「独歩高」の原動力になっていると言い換えられなくもない。

ここまでの議論をまとめれば、資産価格や財・サービス価格の上昇は世界的な潮流ではあるが、日本は相対的な低賃金・物価安の影響でその上昇の痛手を被りやすい状況にあり、ここ1年ほどの円安がそれに拍車を掛けている。

煎じ詰めれば、日本が直面する問題は、資産価格や一般物価の上昇だけでなく、日本人側の目線が下がっていることにもある、というのが冒頭でも少々触れた筆者の結論だ。

そうした状況を凝縮した数字が、半世紀ぶりの低水準が続く円のREER(あらためて、実質実効為替相場)でもある。

海外から「インフレ輸入中」の日本

日本で宿泊・飲食サービスの価格が上がっているのも、やはり「世界中が欲しがる財・サービス」だからだ。

「世界中」とは、要するに外国人訪日観光客(インバウンド)を指す。ここまで紹介してきたiPhoneや高級車、株式、不動産となど違って、この場合に宿泊・飲食サービスを購入するのは(その影響が最後には日本人旅行客に及ぶにしても)基本的に外国人なので、日本人にとって異次元の価格設定になるのも当然だ。

5月18日付の日本経済新聞は「『横浜 なだ万』訪日客向けコース、日本人の倍額でも好調」と題し、有名和食店が従来日本人向けに提供していたコースの最高料金3万2100円の倍となる6万5000円のコースをインバウンド向けに用意していることを報じた。

こうした状況を達観して見れば、日本は実質的に大幅値下がりした通貨(円)を介して、海外から「インフレを輸入している」最中と考えることもできる

そこから期待される展開としては、日本人にとって異次元の価格設定にも揺るぎないインバウンド消費の盛り上がりを起点として、日本全体の雇用・賃金環境が押し上げられ、所得増→消費増→生産増の好循環に入っていく流れがある。

しかし、訪日外国人旅行者の「1人当たり消費額」に「旅行者数」を乗じた、旅先での総消費額だけを見た場合、パンデミック前に記録したピーク(2019年)時でも国内総生産(GDP)の1%(約5兆円)程度にすぎず、仮に今後その何倍かに達するとしても、それだけをもって日本経済を浮揚させようという期待は過剰に思える。

最後に残るのは、海外から輸入されたインフレだ。

インフレになれば円のREERは上昇する。日本の通貨の相対的購買力が上昇するわけだから、それ自体は歓迎すべき結果と言えなくもない。長年宿痾(しゅくあ)とされてきた日本のディスインフレ(物価上昇率が低下していく状況)が打破されるプロセスと見ることもできよう。

しかし、そのような展開を日本経済の好転と呼べる気がどうしてもしてこないのは、筆者だけだろうか。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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