ワンキャリアはAIでES(エントリーシート)を生成するサービスを開始した。
撮影:横山耕太郎
就職活動に使うエントリーシートを、AI(人工知能)で簡単に作れる時代がやってきた。
以下の文章は、典型的なスタイルのエントリーシート(ES)だが、この文章を書いたのはAIだ。
「私が学生時代に力を入れたことは、サイクリング部でした。仲間と一緒に全国を旅行し、野宿しながら景色を楽しみました。この経験で、苦しい中でも諦めずに最後まで粘り強く頑張ることができることを知りました。(中略)粘り強さとチームワークを、今後も仕事や人生の中で活かしていきたいと思います」
これまで就活生が苦労しながら、それぞれの会社毎にかき分けるのが当然だったエントリーシートは、AIの進歩によってその常識が変わりつつある。
アピールポイント、選択式で
「ESの達人」の操作画面。選択式に加え、自由記述にも対応している。
撮影:横山耕太郎
就活サイトを運営するワンキャリアがβ版をリリースしたサービス「ESの達人」(β版)は、ChatGPT APIを利用してESを作っている。
ワンキャリアは15万件のESデータを保有しており、「ESの達人」では一部のESデータのエピソードをChatGPTに入力し、ESの自動生成を可能にしている。
実際に「ESの達人」を使ってみると、以下の5つのステップでESを生成できる。
- 書きたいトピックを「部活」「長期インターン」「留学」など9つのうちから1つ選択する
- 「何をしたのか」を選択。「部活」を選んだ場合、「新入生の勧誘」「練習メニューの改善」「部員のモチベーション向上」などから選ぶ。 ※自由入力も可能で、冒頭に紹介したESの場合は「サイクリング部で野宿しながら全国を旅行した」と入力
- アピールしたい強みを、「粘り強さ」「行動力」「視野の広さ」「その他(自由入力)」などから選ぶ
- 「コンサル」「金融」「メーカー」「商社」など15業界から選ぶ
- 文字数を「150文字」「200文字」「300文字」「400文字」から選ぶ
以上の操作を行うと、150文字のESの場合は約30秒で生成できる。
「ESの達人」で実際にESを生成してみた。150字だと30秒程度でできる。
「就活生の負担を減らしたい」
「ESの達人」でプロダクトマネージャーを務めた勝又瑞稀さん。
撮影:横山耕太郎
「就活生にとって1社ごとに違うESを用意する負担はすごく大きい。実際に私もそうでしたが『この字数、この内容だったらこの内容』とストックを作って、使い回してESを書いていました。そんな状況を変えたいと思って作ったのがこのサービスです」
「ESの達人」のプロダクトマネージャーを担当した、ワンキャリアのデザイナー・勝又瑞稀さん(25)はそう話す。
勝又さんは2020年に新卒でワンキャリアに入社。就活サービスのデザインなどに関わってきた。
「ESの達人」ではESをまだ書いたことのない大学生でも使いやすい選択式と自由記述を組み合わせる設計にした。
「書きたい内容はあっても書き方がわからず、そこでつまずいてしまう学生は少なくありません。入口で挫折してしまう学生を減らしたいと思っています」(勝又さん)
企業側にもメリット?
就活生にとって、企業ごとに提出が求められるES作成の負担が大きいという声もある。
撮影:横山耕太郎
そもそも就活生が書くべきESを、AIが書くことに問題はないのだろうか?
「ESの目的は、それぞれの企業に対して自分をアピールすることで、本来は1社ごとにアピールする部分が変わってくるのが本来の姿だと思います。ですが30社以上にESを出すことも珍しくない状況で、1社1社のESの内容を吟味するのは負担が大きいと思います」(勝又さん)
ワンキャリアでは、AIで作ったESをそのまま使うのではなく、ブラッシュアップして就活に使ってほしいとする。
「AIを活用することで、これまで書き方に悩んでいた時間を、自己分析や企業研究の時間に充てられる。より自分の伝えたかったことを、会社ごとに書きわける余裕もできると思っています」(勝又さん)
「企業側にもメリットがある」とワンキャリア・エバンジェリストの寺口浩大氏は指摘する。
ワンキャリアの調査(2023年4月に実施、2025年卒の学生497人が回答)によると、3割以上の学生が「ES作成に時間がかかり、期日に間に合わない」と回答。これまで学生の応募が少なかった企業でも、ESの負担が減ることで応募が増えることも期待できるという。
一方で寺口氏は、「ESを採用でどう使いたいのか、企業側の姿勢が、これまで以上に問われる」と話す。
「すでに3割の学生が就活でChatGPTを使っているというワンキャリアの調査もあります。より簡単にESを作れるようになれば、これまで『文章の構成力を見たい』とか、あえて分量の多いESを課すことで『スクリーニングしたい』などの目的は果たせなくなる可能性も出てくる。
AI活用が前提となる時代の採用のあり方を改めて考える必要があると思います」(寺口氏)
元就活生「似たり寄ったりになるかも……」
実際に大学生はこのサービスをどう感じるのだろうか?
Business Insider Japanの取材に応じた就活を終えた大学4年生の女性(21、人材業界に内定)は「ESを初めて書く場合にはめっちゃ便利だと思う。文字数の少ないESの書き方に悩んだこともあったので、文字数も選択してくれるのも参考になりそう」と話した。
一方で、完成したESは「似たり寄ったりの内容になりそう」とも。
「より具体的に踏み込んだ方がいいと思うので、テンプレ感が強いのが気になりました」
採用担当者の“意外な”反応
ESを一次選考に使っている企業の採用担当者に、「AIが書いたES」について聞いてみた。
撮影:今村拓馬
ESを新卒採用の合否に使っている会社の社員は、AIが書いたESをどう感じるか?
実際に一次選考にESを使っている人材関連企業に務める30代の人事部男性社員は、意外にも「個人的にはAIが書いたものであっても、事実を書いていれば問題ないと感じる」と話す。
「担当者によって違う部分もあると思いますが、僕の場合は誤字脱字や文章の構成よりも、目標に向かってどう努力したのかという部分を見ています。
積極的にESの良さを評価するというより、欲しい人材のゾーンの人材を落としたくないという姿勢です」
ただ企業として、ESの役割を再定義する必要はあるかもしれないという。
「AIがESを書く時代になれば、この設問で何を聞きたいのかなど、採用側の考え方をアップデートする必要があると感じています」
また集団面接でESを参考にしているという小売業の人事部社員(34)は、「面接ではESの内容を掘り下げて質問している。AIを使って適当なことを書いていたら面接ですぐにわかるので、特に選考に影響はないのでは」と話した。
一部企業では「脱ES」進む
企業側にも、ESを廃止するなど選考のあり方を模索する動きがある。
撮影:横山耕太郎
企業側でもESを廃止する動きが出てきている。
土屋鞄では2022年度の採用からESを廃止し、応募者全員とのオンライン面談に切り替えた。
人材大手のパーソルキャリアでも、3年前の新卒採用からESの提出を廃止した。売り手市場のなかでも優秀な学生を採用するため、エントリー数の増加を狙っての判断だった。
ESを廃止した結果、パーソルキャリアでは説明会の参加を含むエントリー数が2割ほど増えたという。
「ESは選考ではなく、主に面接の話題を見つけるために書いてもらっていましたが、実際に廃止しても面接で困ることはありませんでした」
パーソルキャリアで新卒採用の責任者を務める武藤梨恵氏はそう話す。
加えてパーソルキャリアでは2024年卒の新卒採用から、一次選考を「グループディスカッション」「Webテスト」「録画動画面接」のどれかを選択する形式に変更した。
就活生が得意な形式を選べることにしたことで、前年に比べて一次選考の予約数が増加したという。
「録画動画を本格的に採用で使うのは初めての経験でしたが、結果的にグループディスカッションなど他の選考の通過者と、同程度の割合で内定者を出せました。企業としては動画を見るのにすごく時間がかかるデメリットがありますが、時代に合わせて選考を変えていく必要があると思っています」(武藤氏)
企業側においては、中途採用などの履歴書のスクリーニングや、社内の人材効率などにAIを活用するサービスはすでに浸透してる。
ChatGPTのような生成AIによって就活がどう変わっていくのか。
就活生にとっても企業にとっても、大きな変革期を迎えていると言えそうだ。