(出所)ソフトバンクグループ 2023年3月期 決算説明資料より。
ソフトバンクグループ(以下、ソフトバンクG)は5月10日、2023年3月期の決算を発表しました。親会社の所有者に帰属する当期利益(以下、当期利益)は9701億円の赤字となり、2022年3月期の1.7兆円の赤字に続き、2期連続の赤字となりました。
過去5年分の当期利益は、図表1の通りです。
(出所)ソフトバンクグループ 2023年3月期決算短信および過去の有価証券報告書より筆者作成。
本連載では、過去3回にわたってソフトバンクGを取り上げてきました。2020年3月期は1兆円近くの赤字になったかと思えば、翌2021年3月期には日本企業で過去最高となる約5兆円の当期利益を記録。しかし2022年3月期は損失1.7兆円と再びのマイナスとなり、今また2023年3月期も約1兆円のマイナス。このように、同社の業績は目まぐるしく変化してきました。
ソフトバンクGの業績を定点観測していると、なぜこれほどジェットコースターのように浮き沈みが激しいのか、その特異な利益構造ならではの強みと課題が見えてきます。
そこで本稿では、ソフトバンクGの最新の決算内容を会計とファイナンスの観点から考察し、1兆円近い赤字となった今回の業績をどう評価すべきなのかを考えていきたいと思います。
投資損益4.6兆円のからくり
図表2は、2023年3月期のソフトバンクGのP/L(損益計算書)を滝チャートで表現したものです。
※1グラフ中「持株会社投資事業からの投資損益等」は、持株会社投資事業からの投資損益4.56兆円とその他の投資損益▲7329億円から構成される。 ※2 その他財務関連費用等は、財務費用、為替差損益、持分法による投資損益、デリバティブ関連損益(投資損益を除く)、SVFにおける外部投資家持分の増減額、その他損益から構成される。
(出所)ソフトバンクグループ 2023年3月期決算短信をもとに筆者作成。
図表2から分かるのは、ソフトバンクGは持株会社投資事業からの投資損益が4.5兆円もある一方、この投資損益を打ち消して余りある損失を、ソフトバンク・ビジョン・ファンド事業(以下、SVF事業)で出しているということです。
前者の持株会社投資事業のほとんどを占めるのが、アリババ株式先渡売買契約決済関連利益です。これだけで4.8兆円(後述する図表5の①と②の合計額)もあります。
このことは、2022年3月期のソフトバンクGのPLと比較するとより鮮明に分かります。
図表3にあるように、2022年3月期では、持株会社投資事業からの投資損益は1000億円ほどしかなかったのに対し、SVF事業からの投資損益は3.6兆円のマイナスでした。結果的に、投資損益の合計は3.4兆円のマイナスとなりました。
(出所)ソフトバンクグループ 2023年3月期決算短信をもとに筆者作成。
では2023年3月期はどうだったかというと、持株会社投資事業からの投資損益は前年度の45倍となる4.6兆円のプラスですが、SVF事業からの投資損益はマイナス5.3兆円と、前年より1.7兆円 も赤字幅が拡大しています。
言い換えれば、SVF事業では5.3兆円もの巨額損失となっているものの、アリババ関連の利益のおかげで持株会社投資事業からの投資損益として4.6兆円のプラスを計上できたおかげで、投資損益自体は8351億円の赤字で済み、当期利益もマイナス9700億円と、前会計年度(マイナス1.8兆円)より改善することができたということです。
ソフトバンクGの利益の計上方法
ここまで見てきたように、ソフトバンクGでは、「持株会社投資事業からの投資損益」と「SVF事業からの投資損益」が利益を大きく左右することが分かりました。
過去の連載でも説明していますが、ここで改めてソフトバンクGの収益構造について解説しておきましょう。
まず大前提として、ソフトバンクGは事業会社ではなく、投資会社です。同社の投資先には、通信会社のソフトバンク株式会社、Zホールディングス(投資先にはヤフー、LINE、PayPay等)、WeWork、アリババ、Arm等があります。
これらを投資スタイル別に3つに大別すると、図表4のとおりになります。
(出所)筆者作成
通信会社のソフトバンクKKやZホールディングスは連結で計上されます。つまり先の図表3に出てくるソフトバンクGの売上高の中には、ソフトバンクKKやZホールディングスの売上高が、内部取引等が相殺された上で含まれています。
一方で、2022年3月期の赤字の大きな要因となったSVFや、逆にセグメント単位では大きな黒字事業となった持株会社事業は、売上の計上は行われず、時価での評価となります。
なお、アリババについてはこれまで持分法適用会社だったので、時価での評価はP/Lには反映されず、ソフトバンクGが有する持分に応じてアリババの業績が計上されるしくみでした(ただし、過去にもアリババの株を一部売却した際には、持株会社投資事業として計上されていました)。
しかし先ほど見たように、ソフトバンクGは2023年3月期にアリババの持分の多くを売却したことから、持株会社投資事業として利益計上されました。と同時に、ソフトバンクGの持分が20%を下回ったことから、アリババはソフトバンクGの関連会社から外れることになりました。
そのため、これまでB/S(貸借対照表)には簿価で計上されていたアリババの持分が、関連会社から外れたことで時価で計算されることになり、「持株会社投資事業からの投資損益」の内訳として4兆円近くの利益が計上されることになったわけです(図表5)。
(出所)ソフトバンクグループ 2023年3月期決算短信をもとに筆者作成。
アリババ株売却による今後の影響は?
一部報道によると、ソフトバンクGは2023年3月以降もアリババの持分を売却する方向で動いているようです。
ソフトバンクGとしては、アリババの株式を売却することで資金を確保できるというメリットがありますが、それ以外にはどのような影響があるのでしょうか?
結論を先に言うと、ソフトバンクGがKPIとしている「NAV」が今後いっそう下がることが予想されます。
NAVとはNet Asset Valueの略で、「純資産価値」と訳されます。NAVの計算式は次のとおりです。
(注)保有株式と純負債の定義は、ソフトバンクGの「1株当たりNAV情報」の注釈を参照のこと。
(出所)ソフトバンクグループのHPをもとに編集部作成。
ソフトバンクGを率いる孫正義氏は、2022年3月期の決算説明で「ソフトバンクGにとっては会計上の利益以上に重要なのが、NAVとLTV(Loan to Value ※)の2つだ」といった趣旨の発言をしています。それくらい、同社が利益以上に重視しているのがNAVという指標なのです。
※ LTV(Loan to Value)とは、保有している株式の総額に対して純負債がどのくらいの割合かを示す指標であり、「LTV=純負債÷保有株式」の計算式で求められます。
ソフトバンクGが利益よりもNAVを重視する理由は、ソフトバンクGが事業会社ではなく、投資会社だからです。
上記の計算式にあるように、NAVは直観的には、ソフトバンクGが保有する株式の時価総額の合計額から純負債額を控除したものです。理論的には、NAVはソフトバンクGの時価総額と近いものとなります。
つまりソフトバンクGにとっては、短期的な利益そのものを上げるより、投資先の時価総額や企業価値が上がる方が重要ということです。
このことはスタートアップ企業を見れば分かります。成長著しいスタートアップ企業の多くは利益こそ赤字ですが、時価総額は高い傾向にあります。実際、ユニコーンと呼ばれる企業の多くが赤字のまま成長を続けています。すなわち、足元の利益を選ぶよりも成長性を重視しているということです。
そう考えれば、利益よりもNAVのほうが重要だと孫氏が言う理由がお分かりいただけるでしょう。
さて、この視点に立つと、今回の「アリババ株の売却」という意思決定が持つ意味合いがまた違って見えてきます。
2023年3月期におけるソフトバンクGのNAVは14兆円であり、ピーク時から半減しています(図表6)。
(出所)ソフトバンクグループ 2023年3月期 決算説明資料より。
では、NAVの内訳はどのようになっているのでしょうか。
ソフトバンクGは、直近ではNAVの裏付けとなる投資先のNAVを記載していませんが、同社のNAVがピークをつけていた頃までは公表していました(※1)。
例えば、過去最高益を叩き出した2021年3月期末時点におけるNAVは26.1兆円、このうちの実に43%をアリババが占めていました(図表7)。
(出所)ソフトバンクグループ 2021年3月期 決算説明資料より。
つまり、ソフトバンクGがアリババの持分を減らすということは、それだけソフトバンクGのNAVが減少しうるということです。
もちろん、見方を変えると、これまでのソフトバンクGのNAVはそれだけアリババに依存していたとも言えます。
図表8はアリババの時価総額の推移を示したものです。ピーク時には8378億ドルまでいきましたが、最近では2271億ドルほどと最盛期の4分の1近くまで下がっています。
アリババの時価総額が減少すればその分だけソフトバンクGのNAVも下がってしまっていたわけですから、ソフトバンクGにとってはリスクでもありました。
であれば、アリババの株式を売却し、その資金を使ってより成長性のある企業や分野に投資したほうが、ソフトバンクGのNAVを高めるという意味では理にかなった投資戦略だという見方もできるわけです。
もちろん、ソフトバンクGにとって“虎の子”ともいえるアリババの株式を売ってしまうのが痛手であることは間違いありません。ですが、もしもアリババの株式を売却して関連会社から外していなければ、アリババ株の取引関連で4.8兆円もの利益を計上できなかったのも事実です(図表5)。もしそうなれば、2023年3月期のソフトバンクGの損失は5.7兆円以上だったのです。
これらのことを踏まえると、アリババの株式を売却して関連会社から外し、含み益を計上したことは、同社のNAVにとってはマイナスだったものの、株主への説明責任を考えれば不可避の判断だったと考えられます。
現金残高は過去最高の6.9兆円
以上見てきたように、直近では2期連続赤字となったソフトバンクGですが、来期はどうでしょうか。
決算短信には通常、業績予想が書かれるものですが、ソフトバンクGの2023年3月期の決算短信には業績予想の記載がなく、「今後の見通し」は「未確定な要素が多く、連結業績を見通すことが困難なため、予想の公表を控えています」とだけ書かれています。
確かに、ソフトバンクGの業績はSVFの投資先の公正価値によって大きく変動するため、同社の来期の業績を予想するのは1年後の株価水準を予想するようなもので、極めて困難といえます。
一方で見通せることもあります。それはキャッシュの状況です。ソフトバンクGは2期連続の赤字となりましたが、キャッシュ残高は5.2兆円から6.9兆円と、実は過去最高の現金残高を保有しています。
これほどキャッシュが増えているのは、営業キャッシュフロー(CF)、投資CF、財務CFがいずれもプラスだからです。2期連続赤字ですが、キャッシュ自体は減っていないどころかむしろ増やしており、その意味ではまさに、2022年5月の決算説明会での孫氏の宣言どおり「守り」を固めてきたという状況です。
さらに5月22日には、ソフトバンクGが2017年に買収した世界的な投資運用会社フォートレスを、アブダビ首長国の政府系ファンドであるムバダラ・インベストメントと、フォートレスの経営陣営に売却することが発表されました。
アリババの持分やフォートレスの売却など、ソフトバンクGにとってこの1年はポートフォリオに大きな変更を加えて守りを固めてきた期間となりましたが、今回の決算説明会では、「攻め」に対応できる財務状況も構築しているとの発言も出ています。
ChatGPTを筆頭に生成AIが目まぐるしい進化を遂げている今、「情報革命で人々を幸せに」を経営理念とするソフトバンクGにとってはまさに絶好の投資機会とも言えます。
十分に蓄えているキャッシュをもって、今後どのタイミングで、どのように攻めに転じるのか。これから始まるであろうソフトバンクGの逆襲に注目しましょう。
※1 NAVの内訳は開示していませんが、保有株式価値の内訳は公表しています。2023年3月末時点における保有株式価値の合計額は15.9兆円で、うちアリババの持分は0.7兆円と全体の4.4%です。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。跡見学園女子大学兼任講師。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)がある。