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アップル(Apple)は通常、業界の大規模イベントでは極めて控えめに宣伝するため、同社が参加していたことさえ気づかないことも多い。
カンファレンスや博覧会にアップルの関係者が参加すると、通行人がバッジの名前や社名を読めないように、ストラップをひっくり返すことで知られている。
しかし、6月19日に始まる南リビエラでの広告業界恒例のフェスティバル「カンヌライオンズ広告祭」では、アップルは参加者の耳目を引いて大きな話題を起こすことを計画している。
大きな賭けに出るタイミング
複数の広告業界関係者によると、アップルはにぎやかなクロアゼット通りに位置するアイコニックなカールトンホテルの最上階にスペースを借りているのだという。
そこではアップル幹部が会議、ランチ、ドリンクイベントを主催する予定だ。また、関係者らによると1週間のプログラムも計画しており、パネルの話題にはApple TV+のスポーツ、Apple News、アプリ、拡大するアップルの広告サービスなどが含まれる予定だ。
2019年のカンヌライオンズに登場したアップルの幹部トア・ミレン氏。
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アップル幹部は以前にもカンヌのメインステージに登壇し、マーケターとしてのアップルの視点について論じたことがある。しかし今年のアップルは、折しも広告販売者としてのアップルがかつてなく大きな賭けに出ているこのタイミングで存在感を出してきている。同社はサービス事業の拡大を目指しており、広告収入の増加が見込まれている。今年1〜3月の同事業の収益は210億ドル(約2兆9400億円)にのぼる。
アップルはすでに、強力な広告販売ビジネスの構築に向けて多額の投資を行っている。アップルは現在、デマンドサイドプラットフォームを開発している。これは、広告主が行うさまざまな広告やサービスのバイイングを自動化できるソフトウェアだ。また今年は、サッカーメジャーリーグの独占放送の中での広告とスポンサーシップパッケージの売り込みを開始した。
しかし一方で、ユーチューブ(YouTube)、ディズニー(Disney)、ネットフリックス(Netflix)などの競合他社もストリーミングテレビ広告事業を強化し、積極的に広告主に売り込みをかけている。アップルが広告費を獲得するのはそう簡単なことではなく、いくつかの明確な欠点を克服する必要がある。
今のアップルに足りないもの
まず、アップルの広告担当幹部がマーケターの心をつかむには、交渉と実行の両面において測定と柔軟性に重点を置く必要がある。この点を指摘するのは、マーケティングテクノロジーコンサルタント会社エラボレーション(Elaboration)の共同創業者サーシャ・オージンズ(Sasha Auzins)だ。「これまでのアップル広告は、(これらが)必ずしも強みとは言えませんでした」
Insider Intelligenceのアナリストであるダニエル・コンスタンティノビッチ(Daniel Konstantinovic)は2022年のレポートで、アップルは「ディズニーやネットフリックスに比べてリーチがはるかに低いため、CPMが上昇し続ける傾向に乗れない可能性がある」と述べている。
またアップルは、広告提供を多様化し、テレビ広告主が通常費やす多額の予算を獲得しようとしている。現在、アップルの広告事業は主にApp Store内で販売される検索広告で構成されており、Insider Intelligenceの試算では、これにより2023年は87億ドル(約1兆2200億円)の収益が見込まれる。
エバーコアISI(Evercore ISI)のアナリストらは2022年、アップルがAppleマップやApple TVなどの自社サービスに広告を拡大し、今後4年間で300億ドル(約4兆2000億円)の広告収入を生み出す可能性があると予測した。メディア戦略家でブログ「Mob Dev Memo」の管理人であるエリック・スーファート(Eric Seufert)は、マップとポッドキャストはアップルにとって明らかな広告機会だと述べている。
業界関係者の中には、カンヌで存在感を示すのに先立ち、6月5日にカリフォルニアのアップル本社で開幕するWWDC(世界開発者会議)において広告関連の発表が大々的に行われるのではと推測する者もいる。
また、アップルはWWDCで複合現実ヘッドセットを発表するという噂も飛び交っており、ザ・ヴァージ(The Verge)などのメディアが報じている。もしそうなれば、ブランド各社をはじめとするクリエイティブ系企業がコンテンツを制作する機会も増えそうだ。
匿名を条件に取材に応じたあるマーケティング幹部は、アップルと広告との愛憎関係を考えると、カンヌでのアップルの話題は皮肉だと話す。
アップルの共同創業者であるスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)は、モバイル広告市場の50%を獲得するという大胆な野心を掲げて2010年にiAdモバイル広告ネットワークを立ち上げたものの、6年後にサービスを停止した。そうかと思えば、アップルは2021年にAppTrackingTransparency(ATT)プライバシーアップデートを発表し、広告業界を混乱に陥れた。これによりメタ(Meta)、ユーチューブ、スナップ(Snap)の広告収入は大きく減じた。
「プライバシーと広告はどうしたら両立できるんでしょうね」(マーケティング幹部)
なお、アップルにコメントを求めたが回答は得られなかった。