2度目の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさん。講談社の本社ビルでインタビューした。
撮影:伊藤圭
『流浪の月』で2020年の本屋大賞を受賞し、一躍注目作家となった凪良ゆうさん。最新作『汝、星のごとく』は2023年、2度目の本屋大賞を受賞する快挙を達成した。
『汝、星のごとく』は、精神を病む母親の世話をする暁海(あきみ)と、母子家庭でネグレクト状態に置かれた櫂、高校生2人の約15年間を描いた小説だ。
「恋愛小説」である一方、作中にはヤングケアラーの実態だけでなく、同性愛への差別、SNSで拡散される中傷など、現代日本が抱える社会問題に翻弄されながら生きる若者たちが登場する。
人気作家として最も注目されているこの時期に、彼女はなぜ社会問題に切り込む小説を発表したのか?(聞き手:横山耕太郎、土屋咲花、撮影:伊藤圭)
ヤングケアラーの問題は「自分事」
「この物語に書かれている問題に縁のない若い人は少ないのでは」と凪良さんはいう。
撮影:伊藤圭
── なぜヤングケアラーを描こうと思ったのでしょうか?
もともと「中学生や高校生から大人になるまでの長いスパンの恋愛小説」を書こうと決めていて、ヤングケアラーについて書こうとは思っていませんでした。
ただ現代に生きている若い男の子と女の子を書こうとすると、彼らを取り巻く問題はどうしても避けては通れません。
たとえ「恋愛小説」とくくられる小説であっても、現実をすっ飛ばして恋愛だけに終始するような単純な生き方を、人はしていない。
この本に書かれている問題のどれとも縁がない若い人の方が今は少ないと思います。
── ヤングケアラーに関しては、数年前からニュースなどで取り上げられるようになりました。凪良さんが今回の小説で注目した理由はありますか?
私自身、家庭環境があまり良くなくて、小学5年生の時に母親が出奔して以降、親とは別れて養護施設で暮らしました。
だからヤングケアラーの問題は自分事なんです。ヤングケアラー問題が今のように認知される前から、自分がそういう環境の中で生きてきたので、私にとっては外側の問題ではないんです。
最近になってニュースで取り上げられることが増えましたが、「いまさらなにを騒いでいるんだ」と。気づいていないだけで、昔も今も当たり前にある問題だという感覚があります。
物語を書くとき、外側に取材をするタイプではなくて、内側から出てくるものを題材にすることが多いのですが、ヤングケアラーについても、自分の話として書いた部分があります。
主人公の暁海は、自分がヤングケアラーだと気がついていませんでしたが、実際にそういう子はとても多い。それがその子にとっての普通の環境だからです。自分が置かれてる環境がひどく苦しいものであると、まず気づかない子たちの方が多いんだと思います。
BL小説では書き切れなかった「生きづらさ」
凪良さんは2007年、ボーイズラブ(BL)小説を刊行しデビュー。今年でデビュー15周年を迎えた。
撮影:伊藤圭
── ヤングケアラーだけでなく、『汝、星のごとく』には同性愛によって差別される人物も登場します。
私は元々BL(ボーイズラブ)ジャンルの作家なので、同性愛については10年以上ずっと書いてきました。
BLは「LOVE」と名前がついているように、男性同士の恋愛を主に扱うジャンルです。物語の構造的には少女漫画に似ていて、2人が出会ってハッピーエンドで終わるのが望ましいとされています。
自分としては、BL作品でも「社会的な生きづらさ」についても、ジャンルの約束事を破らない範囲で書いてきました。ただ編集者さんからは「夢の世界なので、あまり重い現実を持ち込まないでください」と言われることもありました。
その中でも最近ドラマ化・映画化された『美しい彼』などは、BL作品のなかでは自由に書いたものです。
「生きづらさ」ばかりを書くと、BLというジャンルの物語としては崩れる可能性がありますが、一方で文芸小説だとそこにはあまり制限がありません。
どこまで掘り下げても大丈夫な世界なので、これまで書ききれなかったところを、改めて書いていきたいなという気持ちがありました。
── 日本はG7で唯一、同性婚が認められておらず、性的マイリティーの権利が十分には認められていません。現状をどう感じていますか。
多様性や「LGBTQの人たちに対する配慮」のようなことは、一般的に言われるようになってきていると思います。
でも本当の意味で垣根なく受け入れられているかというと、全然そうではない。
現実に今でも苦しい思いをされている当事者の方は多いですし、性的マイノリティーであることを会社で隠している人も多い。
「もうそれが普通なんだよ」というのは、まだまだ違う気がしています。
『汝、星のごとく』に登場した尚人の場合は、あのような結末になってしまいましたが、一方で、みんながみんなそこまで苦しい思いをしているとも思わない。けれど、みんなが自由を謳歌しているとも思えません。
SNSでは伝えられる気がしない
── こうした社会問題に対して、小説家としてどのように関わっていくべきだと考えていますか?
私が抱えている問題意識のようなものが、作品より前に出ることはしたくないですね。作家として優先するのは間違いなく物語です。
SNSが発達したことで、今は社会や政治問題について発言するハードルが低くなっていますが、私はSNSではそういう発言はしません。
なぜかというと、伝えきれる気が全くしないからです。
Twitterであれば140文字の投稿をどれだけ繋げたとしても、その中で伝えたいことを伝えきることはできないし、むしろ、生まれる誤解の方が大きいこともあります。
ただ私は小説を書くのが仕事なので、SNSとは全然違うアプローチができると思っています。
小説を書くことで社会に何かを訴えていこうとは思っていませんが、物語の中に溶け込ませることはよくあります。
日々いろんなこと考えますし、思ってもいますが、それを表だってSNSやインタビューで発信するのではなく、物語に溶け込ませて伝えているつもりです。
その方が誤解なく届く……というか、誤解が生じたとしても、まだ伝わるような気がします。
──『汝、星のごとく』は男女の主人公の視点を、1章ごとに切り替えながら進んでいくのが印象的でした。
片方だけの主張をすることが私はあまり好きではなくて、いろんな方向から見た上で、どこかに偏った発言はしたくないんです。
ただ常に「偏り」を生まないように意識して発信するって、とてつもなく難しいですよね。だけど小説だとそれができる。
全く反対の立場の人物を出すとか、違う考えを持つ人物がいるとか、それだけでもずいぶんとバランスがとれます。
伝えたいことが伝わりやすくなるんじゃないか、誤解も少なくなるんじゃないかなと思っています。
「凪良さんはそれをずっと書いていくのでは」
凪良さんの小説には、根底に共通テーマ性を感じる。凪良さんは「それをちょっと悩んだこともある」と話す。
撮影:伊藤圭
── 文芸小説のデビュー作となった『神さまのビオトープ』以降の作品では、「自分にとっての幸せを見つける」というテーマが共通しています。
「別に誰かと比較しなくていい。正しさだけに縛られず、たとえ正しさから外れたとしても、みんな自分の人生を生きていくべき」。
これまでの作品、『流浪の月』も『わたしの美しい庭』も、結局いつもそこに行きつきます。
逆に「私は同じタイプの物語しか書けないのかな」とちょっと悩んだこともありました。
でも『汝、星のごとく』を担当する信頼する編集者の方に相談したら「それが作家が持っているテーマと作家性ですよ」「凪良さんはそれをずっと書いていくことになるんじゃないですか」と言ってもらえました。
『汝、星のごとく』は、これまでと違って恋愛を主軸に展開していく物語だったので、もっと違う話になるのかなって思ってたんですが、書き進めていくうちに、結局ここに帰ってきてしまいました(笑)。
「“しんどさ”に共感してもらえた」
本屋大賞の2度目の受賞は、直木賞作家・恩田陸さん以来、2人目となる快挙だった。
撮影:伊藤圭
── 全国の書店員の投票によって大賞を決める「本屋大賞」は、より読者に近い文学賞として知られています。その本屋大賞に2度選ばれましたが、なぜ多くの読者に支持されていると感じますか?
みんなどこかで苦しんでいるからでしょうか……。
「生きづらさ」っていう言葉を口にするのも恥ずかしいぐらい、みんな生きづらいんだなと感じます。
『汝、星のごとく』も『流浪の月』も、小説の内容には共感しづらい人たちも、実際は多いと思うんですよね。
暁海の生き方は全然理解できないとか、櫂みたいな人生は想像もできないとか。
それでも多くの方に届いたのは、彼らの具体的な経験ではなくて、彼らが抱える「しんどさ」のどこかに共感してもらえているのでしょうか。
暁海や櫂について「劇的な人生」と言われることもありますが、口にしないだけで、みんなしんどい思いをしているし、誰もが抱えているものなんだと思います。
──そんなしんどい時代に生きる読者に、一言メッセージをお願いします。
悩まないことや、生きやすさを期待する方が無理ですよね。生きてる限りしんどいことの連続です。
本当にありきたりなのですが、「人のことを気にしすぎないこと」がやはり大事だと思います。そうは言っても、それは難しいことだし、特に若ければ若いほど無理なことだとも思います。
それでも、いっぱいいっぱい、いろんなことを考えること。失敗しても、くり返し考えることで、やっと自分なりのやり方ができてくるような気がするんです。
1回も失敗せず、何も考えずに正解にたどり着けるはずはありませんから。
「何度でも言います。誰がなんと言おうと、ぼくたちは自らを生きる権利があるんです。ぼくの言うことはおかしいですか。身勝手ですか。でもそれは誰と比べておかしいんでしょう。その誰かが正しいという証明は誰がしてくれるんでしょう」(中略)
「正しさなど誰にもわからないんです。だから、きみももう捨ててしまいなさい」 『汝、星のごとく』より引用
凪良ゆう:1973年生まれ、京都市在住。2007年にBLジャンルの初著書を刊行しデビュー。BL作家として活躍し『美しい彼』シリーズ(2014年〜)は2021年にドラマ化され2023年4月には映画化された。2017年には初の文芸小説『神さまのビオトープ』を刊行。2019年の『流浪の月』で本屋大賞を受賞し、2022年に実写映画化。2020年の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補にもなった『汝、星のごとく』で2度目の本屋大賞受賞。本屋大賞を2度受賞したのは、作家・恩田陸さん以来の2人目。