「20代は死ぬほど悩んだ」。2度の本屋大賞作家・凪良ゆうに聞く“自分を生きる”ための方法

凪良さん写真

2度の本屋大賞を受賞した大人気作家・凪良ゆう。BL作家としてデビューしてから15年周年を迎えた凪良さんにインタビューした。

撮影:伊藤圭

もちろんお金で買えないものはある。でもお金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい。それはすごく大事なことだと思う。

作家・凪良ゆうさんの2度目の本屋大賞を受賞した『汝、星のごとく』には、この言葉が一度ではなく、繰り返し登場する。

主人公・暁海(あきみ)の母は専業主婦だが、夫の不倫が原因で精神を病む。そんな母の姿を見てきた暁海は、なんとか経済的な自立をつかみ取ろうともがく──。

同作は男女の恋愛を描いた小説だが、同時に女性のキャリアを描いた作品としても読むことができる。

凪良さん自身、アルバイトを転々とし、専業主婦だった時期もある。凪良さんは2007年、男性同士の恋愛を描いたBL(ボーズイズラブ)作家としてデビューを果たし、2017年には一般小説を発売し、一躍ベストセラー作家に駆け上がった異色のキャリアを持つ作家でもある。

そんな凪良さんに「女性のキャリア」について聞いた。(聞き手:横山耕太郎土屋咲花 撮影:伊藤圭)

「キャリアは積めるだけ積んでおけ」

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「自分の稼ぎを持っていた方がいい」と凪良さんは言う。

撮影:伊藤圭

──『汝、星のごとく』では、男性と同じ仕事をしていても、女性という理由で昇給できない苦しさも書かれています。賃金格差などジェンダーギャップが未だに大きい日本ですが、「女性のキャリア」の重要性についてどう考えていますか?

「キャリアは積めるだけ積んでおけ」と思っています。

『汝、星のごとく』でも何回も書きましたが、自分で自分を食べさせていけるというのは、自由に生きるための最低限の武器です。

素敵な仕事、儲けられる仕事を目指した方がいいということではなく、例えば離婚したくなった時に、自分が経済的に苦しいと、意に沿わない結婚生活を続けることになってしまいます。

自分は貧乏でもいいけど、子供にはちゃんとした教育を受けさせたいから離婚できない……という話もあふれています。

結婚していてもしていなくても、最低限でもいいから自分の稼ぎを持っておいた方がいいと思っています。

誤解してほしくないのですが、専業主婦が悪いと言いたい訳ではありません。私自身も専業主婦を経験しています。

これまでの小説で共通して書いてきたのは「別に誰かと比較しなくていい。みんな自分の人生を生きていくべき」ということです。

『汝、星のごとく』の主人公・暁海は、「自分らしく生きたい」と思いながらも、ずっと失敗ばかり繰り返します。それでも最後には、暁海なりの人生にたどり着くことができた。

キャリアについても、自分らしく生きられる方法を考え続けるしかないと思っています。

10代から自立「想像以上に大変だった」

書籍の写真

本屋大賞『汝、星のごとく』では、ヤングケアラーの厳しい現実も描かれている。

撮影:伊藤圭

──経済的な自立が必要だと感じたきっかけはありますか?

私は小学5年生の時から親とは別れて養護施設で育ちました。その環境もあって、自分1人で生きていかなくちゃいけないと思うのも早かった。

とにかく施設から早く出たいといういう思いがあったのですが、実際に施設を出たら、本当に1人で生きていくしかありません。

10代の頃から自立して生活していくのは、想像以上に大変なことです。親はむしろ「借金返すのを手伝ってほしい」という人だったので、親からの援助も望めない状況でした。

ですから「専業主婦から作家デビューした」と紹介されることもあるのですが、少し違和感もあります。

10代の頃から1人で自活してきたので、専業主婦だった期間は、私の人生の中ではほんの数年間だけなんですよね。

でも同時に、「作家になれたのは、専業主婦をやらせてもらえる恵まれた環境だっただからでしょ」と言われると、それも間違いではありません。目の前の仕事や生活ばかりに追われる毎日だったら、作家としてデビューするのは難しかったかもしれません。

先日、川上未映子さん(※)の小説『黄色い家』を読んだ時、主人公の花にすごく共感しました。「ああ、この子は小説を書いてない私だな」と。

傲慢に聞こえるかもしれないですが、私は小説を書かなかったら、何の生きる手立てもないまま、経済的にも苦しい人生を送った一人だったでしょう

こういう形で作家として注目していただけたのは幸運でしたし、小説という媒体に人生を救われたとも感じています。

川上未映子…芥川賞作家。海外でも高く評価され『夏物語』は世界40ヵ国以上で刊行が予定されている。最新作『黄色い家』(2023年2月発売)では日本における貧困の連鎖などがテーマになっている。

「いい意味で、人を利用しても構わない」

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『汝、星のごとく』には「力のある人を味方にしている、ってことも力のひとつ。(中略)手段のクリーンさは次世代に任しちゃえば?」という言葉も出てくる。

撮影:伊藤圭

──『汝、星のごとく』に登場する経済的に自立した女性・瞳子が発する「使えるものならなんでも使えばいいじゃない」などの言葉が印象的でした。

真面目な女性には難しいかもしれませんが、私は自分が1人で食べていけるようになるためだったら、いい意味で、人を利用しても構わないと思っています。

恵まれた家庭で育って、学歴を積んで、真っ当なルートで稼ぎを得られるのであれば、もちろんそれがいいと思います。

ただ、小説で書いたようなヤングケアラーなど、環境的に恵まれない人が稼ぎを得て最終的に自立するために、他人の力を素直に頼ったり利用したりすることは何も悪いことではないし、それは生きていくための一つの手段だと思っています。制度を利用するのもいいし、たくさん持っている人から、ちょっと力を貸してもらってもいい。

もちろん、人に迷惑をかけたり傷つけたりすることは避けつつですが、手段のクリーンささにあまりこだわらずに、「経済的に自立する」という最終目標だけを見据えていくのがいいと思っています。

「間違っている」と言われたとしても

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「生きやすくなりたいと思ったら、自分で考えるしかない」。

撮影:伊藤圭

──女性に限らずキャリアや人生について、悩みながら生きている人も少なくありません。

過去に受けたインタビューで「どうすれば悩まずに生きていけるでしょうか?」と質問されて、思わず「悩まずに生きていくことなんて無理でしょ」って答えてしまったことがありました(笑)。

私だって20代のときは死ぬほど悩んだし、死ぬほど失敗して、もう私は駄目だと思ったこともたくさんありますが、今も何とか生きています。

もし生きやすくなりたいと思ったら、「自分はどうしたいのか」を常に考えていくしかないです。

たとえ○○さんが成功していたとしても、その成功方法を自分ができるわけでもないし、人それぞれ正解へのルートは違います。

自分が決めたやり方に対して、大多数の人から「お前は間違っている」と言われることもあるかもしれない。

でもどこかで覚悟を決めて、失敗してもいいから、私はこれをやるんだと決める強さを持つこと。そういう自分の気持ちを少しずつ育てていくことだと思います。


凪良ゆう:1973年生まれ、京都市在住。2007年にBLジャンルの初著書を刊行しデビュー。BL作家として活躍し『美しい彼』シリーズ(2014年〜)は2021年にドラマ化され2023年4月には映画化された。2017年には初の文芸小説『神さまのビオトープ』を刊行。2019年の『流浪の月』で本屋大賞を受賞し、2022年に実写映画化。2020年の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補にもなった『汝、星のごとく』で2度目の本屋大賞受賞。本屋大賞を2度受賞したのは、作家・恩田陸さん以来の2人目。

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