50万円台から買えるEVとして大ブームになった宏光MINIの快進撃が今年に入ってピタッと止まった。
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50万円EVとして日本でも大きな話題になった上汽通用五菱汽車の「宏光MINI」の販売が急失速している。ピーク時に月間5万台を超えていた販売台数は、今年4月に1万8000台まで落ち込んだ。世界的にも早くEVシフトが始まり、市場自体は伸び続けている中で宏光MINIが一人負けしている背景には、同車種が創造した格安超小型車EV市場が、補助金の打ち切りや競合の増加によって、早くもブームが終わってしまったことがある。
新エネ車伸びる中国市場で一人負け
2020年7月末に発売された宏光MINは日本の軽自動車を思わせるキュートなボディと、2万8800元(約57万円、1元=19.87円)からという格安価格で超小型EVブームを巻き起こし、「神車」と呼ばれた。
発売1カ月後には販売台数でテスラの「モデル3」を抜き、EV国内トップに。販売する五菱汽車や全国乗用車市場情報連合会(CPCA)によると、2022年の販売台数が55万4000台を超え、同年の小型EV販売台数で世界首位に立った。最高月間販売台数は5万600台、NEV(新エネルギー車)販売台数ランキングで28カ月連続1位を達成している。
BYDは今年4月末にエントリークラスのEV「海鴎(Seagull)」を発売、ミドルエンドの競争も激化している。
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50万円から買える宏光MINIは日本でも大きな話題になった。実際には同車種は中国以外で発売できるような安全基準に達しておらず、最安グレードにはエアコンやエアバッグがついていないため、日本の軽自動車とは全くの別物ではあるのだが、EVシフトが進まない日本で産業界の危機感を高めた。
ところが昨年末、宏光MINIの快進撃はピタッと止まる。2022年11月の販売台数は前年同期比13.8%減の3万2000台。12月は多少持ち直したが、2023年1~4月は同26.5%減の合計8万7928台となり、セダンの販売トップ10に入っている新エネルギー車の中で、唯一販売台数が減少した車種になった。
販売テコ入れのため、五菱汽車は5月22日から期間限定で、宏光MINIの値引きに踏み切った。テスラ超えでEV界の寵児になった「神車」の凋落ぶりを、中国メディアや自動車業界は以下のように分析している。
1. 値上げで消費者離れ
宏光MINIはEVとしては激安で、価格に最も敏感な層をターゲットにしている。購入を検討する消費者の多くがEVでなく、ガソリン車や小型トラック、電動三輪車と比較していると言われ、宏光MINIの値段が上がるたびに消費者が離れている。
同車種は2022年3月、原材料高を理由に平均1割強の値上げを実施した。最低価格が3万2800元(約65万円)となり割安感が薄れたことから、翌4月の販売台数は前年同月比6%減の約2万5000台と、発売以来初めて前年実績を下回った。
今年1月以降の販売急落は、中国政府が10年以上にわたって続けていたEV向けの購入補助金が2022年で終了した影響が大きいと見られている。補助金打ち切りの影響はEV全体に及び、日本メーカーも打撃を受けたが、低価格帯EVの落ち込みの方がより大きく、長引いている。
2. 競合増加でレッドオーシャン化
宏光MINIは価格破壊によって「低価格超小型EV」というマーケットを創造したが、必然的に大手が続々参入し、競争が激しくなった。
老舗メーカーの奇瑞汽車(チェリー)は2021年末、「QQ 氷淇淋(アイスクリーム)」を発売した。外観、性能を宏光 MINIにかなり寄せつつ、発売時価格は宏光MINIより若干安く設定し同車種のシェアを奪いにいった。
国有大手の長安汽車は2022年6月に、超小型EV「Lumin」を発売。同車種は宏光MINIの1.5倍ほどの価格だったが、安全性や走行体験を充実させ差別化を打ち出した。宏光MINIは、3万元台の最安版ではエアコンを、4万元までのバージョンはエアバッグを装備していないが、Luminはエアバッグを標準装備したほか、スマートロック機能や映像コンテンツを楽しめる車内ディスプレイを搭載するなど、走行体験の向上にも気を配った。長安汽車は宏光MINIやQQ 氷淇淋の最安バージョンが「注目を集めるための戦略的価格」で、実際にはそれほど売れていないと分析し、価格を上げても設備を充実させたようだ。
今年初めには民営大手の吉利汽車が「熊猫(パンダ)mini」を投入し、売れ行きを伸ばしている。
他に複数の大手メーカーが格安EVを発売しており、消費者の選択肢が増えたことで、宏光MINIの一人勝ち時代は終わった。
3. EV多様化で「激安超小型」の市場縮小
宏光MINIは知名度の高さ故に、最近の不振が大きく注目されているが、同車種だけの問題というより、超小型EVのブームが一服し、市場が飽和していることが最大の要因だろう。
中国汽車工業協会によると、宏光MINIが属するA00級(ホイールベース2~2.2m、排気量1000cc以下)の超小型EVの2023年1~3月の販売台数は、前年同期比55.1%減の13万1000台に落ち込んだ。新エネルギー車全体では25.9%増加しており、超小型EVだけが低迷している。
宏光MINIが登場した2020年はEVの価格が高く、大衆向けに位置づけられるテスラのモデル3でも日本円にして600万円以上、その下のグレードでも300万円以上した。だが、最近はEVのラインナップが増え、価格帯も多様化している。コストはかけられないが、安全性や居住性を重視する消費者の選択肢が増えた結果、最低限の設備しかない格安超小型車の市場が縮小しているようだ。
ミドルエンド進出かローエンド継続か
五菱汽車が昨年発表したグローバルブランドの「晴空 (Air EV)」。海外で発売できるよう安全性などを向上させている。
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グローバルブランドの「晴空 (Air EV)」、国内向けの5ドア小型電気自動車「繽果(Bingo)」を発売した。前者の販売価格は6万7800元~(約130万円)、後者は5万9800元~(約120万円)で、外観は宏光MINIを踏襲しているが、航続距離、車内空間の広さ、装備などを充実させている。
ただし、同価格帯はブランド力のある大手メーカーも降りてきやすいセグメントで、実際、絶好調のBYD(比亜迪)が4月末にエントリークラスのEV「海鴎(Seagull)」(販売価格7万3800~8万9800元〔約145万〜180万円〕)を発売しており、宏光MINIのセグメントよりもライバルは強力だ。
宏光MINIと格安超小型EVの将来性については、先細りとの声が多いものの、人口が多く、格差の大きい中国では、車が普及していない地方都市・農村の市場がかなり残っており、ミドルエンドで手ごわいライバルと戦うよりは、大手が手を出さない格安市場を開拓する方が得策だとの意見もある。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。