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CO2排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」に向け、世界中の企業が取引先も含めたCO2排出量の算定を加速させている。
近い将来、ほぼすべての企業が自社の排出量を「見える化」せざるを得ない状況となっており、それを見越してCO2排出量算定(炭素会計)スタートアップが世界中で誕生。市場規模は2027年に世界で124億ドル(約1兆7400億円)に成長するとも予測される一方、サービスの過当競争が進み、早くも淘汰(とうた)の時代に突入しようとしている。
世界の「CO2見える化」ビジネスで、いま何が起こっているのか。
「APAC クリーンテック 25社」に選出され、世界の気候テック動向に詳しいアークエルテクノロジーズCEOの宮脇良二氏に、海外のトレンドについて聞いた。
オンライン決済「ストライプ」出身者が気候テック設立
アークエルテクノロジーズCEOの宮脇良二氏。本拠地は九州。九州に拠点を置いた理由について、宮脇氏は「再エネが日本で最も多く導入されていて、解決すべき課題をリアルに体験・検証することができるから」と語った。
オンライン画面をキャプチャ
—— ここ数年で、CO2排出量の算定・報告SaaSを手掛けるスタートアップが急激に増加しました。熾烈な競争が行われているようですが、いま現在、どんな企業が注目されているのでしょうか?
アメリカのWatershed(ウォーターシェッド)とPersefoni(パーセフォニ)、SINAI Technologies(シナイ・テクノロジーズ)ですね。3社とも2022年に、世界のクライメートテック(気候テック)投資家や企業が毎年選出する注目のスタートアップ100社「グローバルクリーンテック100」に選ばれています。
パーセフォニは、三井住友銀行が出資し、SCSKがパートナーになるなどしているので、日本でも知られていますよね。シナイは比較的規模は小さいものの、有力なスタートアップと言われています。
3社の中で私が最も注目しているのは、ウォーターシェッドです。おそらくグローバルで最も注目されている見える化分野のスタートアップでしょう。2022年2月に評価額10億ドル(約1400億円)を達成し、ユニコーンになりました。
—— なぜ注目されているのですか?
理由はいくつかあります。一つは、ドキュメンタリー映画『不都合な真実』に主演し、気候変動対策を語る上で欠かせない人物、アメリカの元副大統領アル・ゴア氏との関係です。
彼が立ち上げた団体「クライメート・リアリティ・プロジェクト」が実施している有名なリーダーシップ・プログラムがあって、そこにウォーターシェッドの共同創業者の1人、テイラー・フランシス(Taylor Francis)氏が高校生だった頃から参加していたんです。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんではありませんが、その若さで加わっているということで当時から名前が知られていました。
2022年2月、アメリカ元副大統領のアル・ゴア氏(右)と対談するWatershed(ウォーターシェッド)共同創業者のテイラー・フランシス氏(左)。
Watershed Official Vimeo
彼は大学卒業後にオンライン決済のユニコーン・Stripe(ストライプ)に入社し、カーボンフットプリント(原材料調達から廃棄までのCO2総排出量)分野を担当していました。ウォーターシェッド共同創業者はほかに2人いて、いずれもストライプ出身者。3人はそこで出会い、ウォーターシェッドを設立したんです。
—— アル・ゴア氏の関係と、ユニコーンの中でも特に有名なストライプ出身者が立ち上げた会社ということが大きい、と。
そうですね。2つ目は、世界一のベンチャーキャピタル(VC)と言われるセコイア・キャピタルと、クライナー・パーキンスというシリコンバレー有数のVCを投資家に持っているということ。
クライナー・パーキンスのジョン・ドーア(John Doerr)会長が2021年に出した『スピード・アンド・スケール 気候危機を解決するためのアクションプラン』という本は、世界の気候テック関係者のバイブル。サステナビリティ専門の学部を設立するために、スタンフォード大学に11億ドル(約1540億円)もの額を寄付したことでも知られます。
その人とセコイア・キャピタルが投資しているというのは、非常に大きい。ちなみに、アル・ゴア氏はクライナー・パーキンスの顧問(アドバイザー)でもあります。
—— ウォーターシェッドの顧客も華やかですね。
AirbnbやDoorDash(ドアダッシュ)、Twitter、Shopifyなど、シリコンバレーの著名なスタートアップが軒並みウォーターシェッドのシステムを使っています。セコイアやクライナー・パーキンスの投資先も多いので、そうしたシリコンバレーのエコシステムの中で急成長してきたわけです。
マイクロソフト、オラクル、SAP、セールスフォースが続々参入
セールスフォースのNet Zero Cloud。
出所:Salesforce公式Webサイト
—— ただ、CO2見える化ビジネスはかなりのレッドオーシャンになり、倒産寸前のスタートアップも増えているとか。
過当競争が熾烈で、スタートアップが次々と潰れていっています。
—— とはいえ、利用するユーザーの数は膨大ですから、市場そのものは今後大きく拡大していきますよね。
それは間違いありません。ただ、システムを提供するプレイヤーが変わる可能性もあります。
—— どう変わるのでしょうか?
炭素会計(Carbon Accounting)という言葉がヒントになります。
炭素会計は一般に、CO2見える化(事業活動から出る温室効果ガス排出量の算定)と、事業が削減にどれだけ貢献したかを示す「温室効果ガス削減貢献量」を合わせたものを言います。
「会計」という呼び名が示すように、インプットするデータを会計から持ってくることが多いんです。経費をどのくらい使ったか、電車や飛行機の移動がどのくらいあるか、何をどのくらい買ったかなど。いわゆる2次データですね。そういうデータを会計システムから取ってきてインプットするわけです。
なので、スタートアップ各社はさまざまな会計システムと連携させる方向に進んできました。しかし、そこにSAPやオラクル、セールスフォース、マイクロソフトなど、会計を含むERPシステム(基幹系情報システム)を提供している大企業まで続々と参入し始めたのです。
—— 大企業が参入し始めたと。
しかも、「大物」が登場してしまったわけです。ユーザーからすると、もともと導入しているERPのカーボンアカウンティング機能を使ったほうが便利じゃないですか。
日本ではまだ「大物」が本格参入している状況ではありませんが、海外ではすでにそうした大企業が参入し始めており、競争がさらに熾烈になっています。
「カーボンオフセット」で稼ぐビジネスモデルに
——スタートアップが生き残る策はあるのでしょうか。
注目される動きは、カーボンオフセットです。経済活動をする以上、基本的にスコープ1・2・3すべてのCO2排出量をゼロにすることは不可能なんです。だから、ゼロにしようとすると、現時点ではカーボンクレジットで相殺するしかありません。
アメリカのスタートアップPatch(パッチ)は、カーボンオフセットのマーケットプレイスを提供。さまざまな企業と提携してサービスを展開している。
出所:Patch公式Webサイト
それを見える化のプラットフォーム上で、クレジットの売買までできるようにする。定額料金制の見える化サービスだけでは売り上げ規模が限定的なので、クレジットの売買によるトランザクション(手数料)で稼ぐというビジネスモデルです。
森林保護やテクノロジーを活用したCO2削減プロジェクトなどに出資して、カーボンクレジットが入ってくるようにする。カーボンクレジットのマーケットプレイスですね。
冒頭のウォーターシェッドはその代表格で、マーケットプレイスも活用しながら、企業のスコープ1・2・3をネットゼロにしていく支援を行っています。
もう大きなトレンドになっているので、今後はどの程度のクレジットを提供できるかというシェアの勝負になっていくと思います。
宮脇良二:アークエルテクノロジーズ代表取締役 CEO。一橋大学大学院国際企業戦略研究科を修了。1998年にアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。2010年、電力・ガス事業部門統括パートナーに就任。2018年、代表取締役としてアークエルテクノロジーズを創業。2018~2019年スタンフォード大学客員研究員。2022年、世界の気候テックトップ100社が選ばれる「グローバルクリーンテック100」のアジア太平洋版、「APAC クリーンテック 25社」に選出。2023年7月に『クライメートテック 新しい巨大経済圏のメカニズム』(日経BP社)を上梓予定。