ディープマインドのデミス・ハサビスCEO。
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グーグル(Google)は、一番の競合となったOpenAIと同社のチャットボットを現在支えているテクノロジーで、この業界を長年にわたり牽引してきた。
ChatGPTの「T」はTransformerの略で、グーグルの研究所が生み出した大規模言語モデルの技術だ。グーグルはこの技術を生み出しただけでなく、それらに関する特許も取得している。つまり、グーグルが訴訟を起こすと競合他社を阻止することができ、同社の知的財産を保護することができる。
にもかかわらず、以前から知られているグーグルの哲学とは、研究成果をオープンソースとして誰にでも利用できるようにするというもので、同社研究所のウェブサイトにもそう記載されている。本来、外部の研究者がグーグルのAI技術の一部にアクセスし、繰り返し使って研究することで、グーグルの自社製品開発にも利益をもたらすことになるという。
だが、ここ数カ月でグーグルの状況は一変した。グーグルの幹部らは、商品をリリースする一方で新しい技術は自分たちの手元に残し、今後はもっと内向きな企業になっていくだろうと社員たちに伝えている。最近、同社傘下のディープマインド(DeepMind)のある研究者はInsiderに対し、「今は競争し、知識を社内に留めるべき時だ」という上層部からのメッセージについて語っている。
Insiderは複数の特許法の専門家に、なぜグーグルが自社のAI特許を競合他社に対して主張してこなかったのか、特許を主張することはそもそも可能なのか尋ねた。
専門家たちは、そもそも訴訟をするのは困難なことなので、グーグルが新たな生成AIの技術をめぐって法廷闘争に持ち込むことはないと話す。その代わり同社は、このAI技術を既存のビジネスにうまく取り入れる方法を模索することに集中しているという。
技術的、法的な問題はさておき、グーグルが自社のAI特許を侵害したとして誰かを訴えるのは、どこか偽善的でもある。
コーネル大学法学部のマシュー・ダモーレ教授は以下のように指摘する。
「この分野で特許を主張するには、おそらくスマートフォンの時代よりも多くのハードルがあります。すぐに大きな法的闘争が起きるとは思えません。ビッグテック企業は皆、この分野に多額の資金を費やしており、特許に対して同じような戦略をとっていることを彼らは知っているからです」
特許戦争
テック企業が特許を出願しても特許の権利を積極的に行使しない理由について、法律の専門家は「相互確証破壊」の概念を挙げて説明する。例えばグーグルとマイクロソフト(Microsoft)は、お互い重複する技術を開発する可能性がある。仮に特許が発行されたとしても、それらは、法廷での争いを経てから認められるものだ。
そして、たとえマイクロソフトがグーグルを特許侵害で訴えたとしても、グーグルはまったく別の技術に関して、すぐにマイクロソフトを提訴する可能性もある、とダモーレは言う。
「もし彼らが面白い研究をしていて、それらの研究に対して特許を申請し取得する余裕があるのなら、将来の訴訟に備えて自ら身を守ろうとするのも理にかなっています」(ダモーレ)
ダモーレは、大手テック企業は広告や検索などの分野で常に競争しているが、普通はお互いを訴えることはない、と指摘する。
また、テクノロジー企業は特許共有契約を結ぶことができる。例えばスマートフォンが普及した頃、グーグルはサムスンを含む多くの企業と携帯電話に関する特許を共有し、訴訟を回避するための契約を結んだ。一方、アップル(Apple)は2011年にiPhoneのデザインをめぐって初めてサムスンを訴え、この裁判は2018年に非公開の和解で終結した。アップルは同様の理由で、HTCやグーグルといった企業とも争ってきた。
法律事務所のニクソン・ピーボディ(Nixon Peabody)のアソシエイトであるアイドン・エボング(Idong Ebong)は、グーグルは今でもその気になれば訴訟によって特許の権利を行使することができると言う。
それでも、特許の維持には費用がかかるとダモーレは指摘する。特許侵害の可能性に対して法的措置をとるには、高額の訴訟費用がかかり、原告の侵害の主張が広範で不正確な場合は、特許が無効になることもあるからだ。
そのため、特許は攻撃よりも守る手段として申請されることが多い。IBMのように、特許ライセンスから大きな収益を上げている企業もある。
閉鎖的な技術
AI言語モデルの課題の1つは、その技術の多くが隠れて見えないことだ。競合他社のチャットボットが特許を侵害しているかどうかを確認するには、コードがどのように書かれているかを調べる必要があり、それができない以上は困難だ。一方、グーグルが公開していないコードを盗むのは難しい。
AI分野の企業は、今はマネタイズ戦略など他のことに関心があるとダモーレは言う。
「スマートフォンを壊して中を見ることはできます。しかし、ソフトウェアの一部を簡単にデコンパイルすることはできないのです」(ダモーレ)