美容師の働き方に変化が起こっている。かつてはヘアサロンに就職し、カット、カラー、パーマと何でもこなして腕を磨いて「独立」する流れが主流だった。
ところが今、「フリーランス美容師」という選択肢が存在感を増している。SNSの発信力を磨いてファンを作ったり、対面が必須の職業ながら「ワーケーション」を実現したりしている人もいる。美容師の平均年収は約360万円(厚生労働省・令和4年賃金構造基本統計調査)だが、Business Insider Japanの取材では、月に100万円以上稼ぐ若手がいることも見えてきた。
画一的だったキャリアパスから脱して、自由に働き、自由に稼ぐ美容師の今を追った。
TikTok「バズり」で予約殺到
宮本玲生さん。若い女性顧客のニーズをとらえたカット、カラーが評判だ。
宮本さん提供
神戸市の宮本玲生さん(24)は今、人気のフリーランス美容師だ。予約は満席が続き、キャンセルが出てもインスタグラムで希望者を募ればあっという間に枠が埋まる。
多ければ1日に9人を施術し、月間の売り上げは170万円ほど。年末と年度末の繁忙期には休みなしで働き、200万円超を売り上げた。
実は宮本さんは、下積み修行していたヘアサロンを2021年に辞めている。
これまで、美容師はまずヘアサロンに就職し、顧客のシャンプーなどを担うアシスタントとして数年の経験を積んでからスタイリストデビューするのが一般的だった。その後、腕を磨いて固定客がつけば、独立も視野に入ってくる。
下積みの途中で退職した宮本さんはそのセオリーから外れた形だが、SNSでの発信と独学で現在の人気を手にした。
「最初は本当にどうしようと思いました。安い価格でカラーの施術をしながら、飲食店でアルバイトをして生計を立てていましたが、このまま辞めたくないと思い、自己発信のためにTikTokを研究しました」
美容師としての技術も磨きながら、TikTokに関する有料のセミナーやサロンに通って見せ方を研究した。「この動画はなんでバズったのか?」を考え、自身のアカウントで実践を重ねた。
2022年2月、ブリーチなしで、まるでブリーチをしたかのような髪色に仕上げた施術例を紹介した投稿が「バズった」。宮本さんによると、当時約150万再生を突破した(※2023年5月現在、200万再生を超えている)。それ以来ずっと満席状態が続く。
「顔まわりカット」ニーズつかむ
人気のきっかけはカラーだったが、今人気なのは「顔まわりカット(5500円)」だ。
カラーの施術例は撮影場所の光加減によって、TikTokの動画と実際の髪色の印象に差が出てしまうことがある。そのことを申し訳なく感じ、「カットで勝負しよう」と考えたという。
これにはビジネス戦略的な側面もあった。
「カラーの施術は2時間かかるので、時間単価を上げようと考えたんです。自分のお客さんは女性が多くて、カットといっても長さをほとんど変えない方もいます。でも、前髪にはこだわっている人が多かった。だから前髪を含めた顔まわりの施術をやろうと思いました」
参考にしようと調べたカット例の写真は、顔のサイドの髪が太めに残されていて、日本人女性には似合いづらいと感じた。顔まわりの髪を細めに残して後ろの髪と自然に馴染ませることで、髪をおろしても結んでも自然に見えるカットを考案。SNSで紹介すると、高校生や若い女性を中心にたちまち人気になった。
今、施術場所の固定費などを除いた月々の手取り額は約130万円。時間の使い方を重視し、移動はタクシーに。住まいは高層マンションに変わった。
労働時間はそれほど変わらないものの、ヘアサロン勤務時代は手取りが15万円だった。
「お金を考えるなら、美容師になっていません。自由が欲しかったんです。朝が弱いので、午前中は敢えて予約を入れて午後から休みにするなど、自分を律した働き方ができています。今の原動力は、『もっとすごくなりたい』という気持ちです」
7月からは激戦地でもある東京・表参道に拠点を移す予定だ。
美容師もワーケーション
嶋津一馬さん。2019年末、店長をしていた原宿の美容室を辞めてフリーになった。
撮影:土屋咲花
嶋津一馬さん(36)は、10年間勤めたヘアサロンを辞めてフリーランスになり、「ワーケーション」で全国各地を旅しながら働くスタイルを実現した。現在は子どもが生まれたこともあって東京・表参道が拠点だが、2022年までの「ワーケーション」で訪れた先は北海道から沖縄まで津々浦々だ。
「もともと旅が好きでよく出かけていたのですが、サロン勤めだと長期間は休めません。フリーランスになれば、ある意味旅先で働いてもいいなと気づいたんです」
気になる地域に最低3泊から1週間ほど滞在し、1.3万人のフォロワーを持つインスタグラムで行き先を告知して予約を募る。時には、施術する場所を貸してくれる美容室も募る。
「自分が行きたい場所に行くので、年に1回だったり、あるいは一度しか訪れない土地もあります。普段は地元の美容室に通っている人がイベント的に来てくれるので、いかにいつもとちょっと違う、自分が施術する価値を作れるかを大事にしていました。
こうした働き方ができたことに美容師の可能性を感じました」
現在はサロンワークで月に80~90万円を稼ぐ。シャンプー、ブローなども全て一人でこなすため、1日に施術できる人数は店長時代に比べて減った。それでも、収入は倍になっているという。休みは自由に決められるため、週休は2.5日程度。働き方も改善した。
「ワーケーション」時の荷物。「ハサミ一つで全国を飛び回っていました。と言いたいところですが、実際はお客さんの要望に応えるために使うかもしれないものは全部持っていくので毎回大荷物でした(笑)」という。
嶋津さん提供
台頭するシェアサロン
こうした自分らしい働き方と収入の向上を下支えしているのが、近年その数が増えつつあるシェアサロンだ。座席やシャンプー台などの設備を貸し出し、賃料や売り上げの一部を得る。
美容師にとっては、初期費用をかけずに独立できる、働き方の自由度が高まるといったメリットがある。全国各地に系列店舗を持つシェアサロンに所属すれば、嶋津さんのような「ワーケーション」スタイルも可能だ。
利益率は契約する事業者や本人の働き方によっても変わるが、売り上げが直接自身の給与に反映され、基本的には収入が上がりやすいとされる。
全国に42店舗を展開する大手シェアサロン、 GO TODAY SHAiRE SALON取締役の内田友樹さんは、活躍するフリーランス美容師の特徴についてこう分析する。
「前髪カットやパーマといった自分の得意分野に特化し、SNSによる発信で成功した人たちが活躍しています。今、一番稼いでいる人で月に200万円ほど売り上げています。既存の美容室で働くには、カットもカラーもパーマも、と何でもオールマイティーにできる必要がありますが、フリーランスの場合はいかに絞るか?という生き残り戦略を考えている人が多いかもしれません」
人材流出で働き方問題に風穴
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シェアサロンの拡大は、長時間労働や低賃金が常態化していた美容師業界の働き方に一石を投じてもいる。自由な働き方や収入アップを求め、既存サロンを辞めてフリーランスに転身する人も多い。
人材流出対策としてシェアサロン事業に参入したり、働き方の選択肢を増やしたりする既存サロンも出始めた。
関東で「ALBUM」ブランドの美容室12店舗を運営するオニカムは2022年、原宿にシェアサロンをオープンした。同社の槇野光昭社長は当時のインタビューで、既存サロンが人材育成の役割を担ってきたことにも触れつつ、シェアサロン事業への参入は「人材流出を防ぐ位置付けでもある」と説明している。
店長からフリーランスに転身した嶋津さんも
「前のサロンは『フリーランスになる』と宣言して辞めたのですが、その後、若手が相次いでシェアサロンに移籍しました。今は、前職のサロンもフリーランス契約ができるようになったと聞いています。
昔ながらの美容室経営にこだわっている人からすると敵意を感じるもしれませんが、新しい業態によって各地で変化が起き、業界全体が納得感を持ちながら頑張れる環境ができたらいいと思います」
と話す。
兼業美容師の社員も多く在籍する GO TODAY SHAiRE SALONは、美容師個人のメリットにこだわる。
「所属しているフリーランス美容師の中には、美容師をしながらYouTuberをしたり、会社員をしたりと自由に働いている人もいます。
売り上げの一部をいただいている我々から見ると、兼業の彼らから得られるフィーは高くありませんが、素敵なことだと思っています。美容師の自己実現を支援したいと考えています」(内田さん)