米ウォール街の服装は以前よりカジュアル化したとは言え、もう二度とブレザーは着ない、ほどに激変したわけではない。なお、画像は映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で株式ブローカー役を演じたレオナルド・ディカプリオ。こんな服装のバンカーはさすがにいないだろう。
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お堅いニューヨークのウォール街でも、スーツにネクタイ姿のバンカーを見かける機会はさすがにほとんどなくなった。全米に「ビジネスカジュアル」が浸透し、ノーネクタイは暗黙のドレスコードとして金融街に定着した。
では、服選びに苦労しなくなったかというと、実際は逆だ。
そもそも「ビジネスカジュアル」とはどんな服装を指すのか、言葉の定義からして曖昧(あいまい)なところがある。
近年について言えば、パンデミックによる在宅勤務やリモートワークが増加した影響でカジュアル志向が一段と進んだものの、正常化プロセスが進む中で再びオフィス出社を義務化する企業も増えてきて、この新たな状況においてはどこまでカジュアルが許容されるのか、悩ましく思う人も多いようだ。
ウォール街では景気の減速を受けてディールが激減し、従業員をレイオフ(一時解雇)する銀行が相次いでいる。フルタイムとして現場復帰するのは狭き門だ。
そうした深刻な状況があるがゆえに、この夏初めてウォール街でのインターン生活を迎える学生たちは、服装一つにも細心の注意を払わざるを得ない。
インターン勤務の終了後にフルタイムのオファーを獲得できるかどうか、身だしなみで判断されてしまう可能性もゼロとは言えないからだ。
ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)に勤務した経験を持つパーソナルスタイリスト(個人向けにファッションコーディネートやヘアメイクなどをトータル提案する)で、ウォール街のバンカーたちを主な顧客に抱えるジェシカ・カドマス氏は、次のように現状を語る。
「スーツが制服だった時代は苦労はありませんでしたが、ウォール街でもいまや服装の多様化が進んでいます。ビジネスプロフェッショナルとビジネスカジュアルの間のグレーゾーンで、多くの人が悩んでいるのです」
Insider編集部は、金融の専門家や投資銀行の若手社員たちに取材し、実際にどんな服装で仕事をしているのか、新人たちはどんな準備をすべきなのか、最新の情報をまとめてみた。
ウォール街の「イマドキ」
服選びをより複雑にしているのは、企業によって違う暗黙のドレスコードの存在であり、それは部署や職場で異なることもある。
ある企業グループでは、ブレザーを着ないで出勤すると白い目で見られるかもしれないし、オールバーズ(Allbirds)のスニーカーでないと周囲に馴染(なじ)めない部署もあるかもしれない。
ニューヨークのある新人女性アナリストは「昔ながらのシニアバンカーが、いまでも毎日スーツ姿でオフィスにやってきます」と言うが、それは例外的な人たちであり、ほとんどの人はもっとカジュアルな服装で出社している。
「以前、バイスプレジデント(一般企業のマネージャークラス)がスラックスにポロシャツ、ランニングシューズで現れたことがあります」
それだけ、バラエティに富んでいるということだ。
また、服装には地域性もある。
西海岸で働く入社1年目のアナリストは、昨夏のインターンシップで一度もネクタイを締めなかった。
サステナビリティと履き心地の良さをアピールするオールバーズのスニーカーと、ヨガウェアのトップブランドであるルルレモン(LuLulemon)のモックパンツが職場で流行っていることに気づき、自分も愛用するようになった。
「会社に慣れるにつれて、よりリラックスできるようになりました」
ルルレモン(Lululemon)のモックパンツは、スラックスのような見た目で、スウェットのような履き心地がビジネスパーソンに支持されている。
Budrul Chukrut/SOPA Images/LightRocket/Getty Images
ニューヨークの女性アナリストは、職場に馴染むまで、ビジネスウェアを買い揃えるのは待ったほうがいいとアドバイスする。
「最初の1週間で職場の雰囲気をよく見極めて、その雰囲気に合った服を買いに行くことをオススメします。私の場合は、入社前に予想していたのと職場の雰囲気がかなり違っていたので、最初の3カ月でずいぶん洋服を買い込むことになってしまいました」
インディアナ大学ケリー・スクール・オブ・ビジネスのスティーブ・シブリー教授(金融)はこう語る。
「迷った時のために、服が足りないよりは多すぎるほうがいい。インターンが終わってフルタイムの仕事を得るには、服装が決め手になるかもしれないと学生にはアドバイスしています」
「ビジネスプロフェッショナルな服装の学生Aと、ビジネスカジュアルな服装の学生Bが同じように仕事をこなしたと仮定すると、学生Aのほうがフルタイムのオファーを受ける可能性は高いでしょう」
仕事でクライアントと対面で接する機会があるかどうかによっても、ドレスコードは変わる。
クライアントと接することのないインターン生はモックパンツにスニーカーでもいいかもしれないが、クライアントとのミーティングに参加する可能性があるなら、プロフェッショナルな服装で出社するのが無難だ。
「サマーインターンは、プロフェッショナルな服装でスタートするように学生たちに言っています。出社してみて、シニアバンカーがふさわしい服装を教えてくれたら、そのアドバイスに従えばいいのです」(シブリー教授)
ノーネクタイでOK、でもブレザーはどうする?
ゴールドマン・サックスのデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)が今年1月の投資家向け説明会にノーネクタイで登場したことで、誰もがネクタイ文化が廃れたことを知った。
しかし、ソロモン氏はブレザーを着ていた。かつてほど一般的ではないにせよ、ウォール街ではブレザーがまだ存在感を示している。
2023年1月に開かれた投資家向け説明会にノーネクタイで登壇した、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のデービッド・ソロモンCEO。
Emmalyse Brownstein screenshot
シリコンバレーでアナリストとして働くことが決まっているインターン経験者の学生は、服装を見るだけでインターンかどうかはすぐに分かるという。
「一番ドレスアップしているのはインターンだ、というジョークがあります。ほとんどの人が着なくなったブレザーを、インターンはまだ着て来るからです」
ニューヨーク在住のアナリストもこの意見に同意する。彼女のオフィスでは男女を問わず、ほとんどの人がブレザーを着用していない。ただ、クライアントとの打ち合わせがあれば、ブレザーを着ることもある。
東海岸であろうが西海岸であろうが、銀行でインターンシップを始めるなら、「少なくとも最初の1週間はブレザーを着て行くことをオススメします」というのが彼女のスタンスだ。
パーソナルスタイリストのカドマス(前出)は、「ブレザーを1着持って行って椅子の背もたれに掛けておけば、会議で必要な時にすぐに着られるし、寒くなったら羽織ることもできます」と、すぐに使える解決策を紹介する。
「ブレザーはとても機能的で、ワードローブの核となるアイテムです。1着だけでもオフィスに置いておけば、いろいろな場面で役に立ちます」
ブレザーの色とデザインについては、「クラシックがベスト」だと彼女は言う。
もしあなたが女性で、ブレザーを1着しか買えないと仮定するなら、迷わず黒を選ぶべきだとカドマスは助言する。
一方、男性の場合、黒はフォーマルすぎて結婚式や葬式に行くような印象を与えてしまうので、ダークブルーかネイビーを選ぶのが無難という。
「ブレザーのサイズ選びの一番のポイントは、とにかく自分の肩幅に合わせることです。袖の長さや身幅など、他の部分は直すことができますから」(カドマス)
スニーカーは清潔感のある白で
ニューヨーク在住のアナリストは「ヒールを履く女性もいますが、もはやそれは常識ではなくなりました」と断言する。
彼女自身はほとんど毎日、白いスニーカーで出勤し、一日中スニーカーで過ごすこともある。何かの時のためにミュールとローファーをデスクの下に置いている。
とは言え、彼女は少数派で、オフィスでの勤務中はほとんどの女性たちがドレスシューズやヒール、ローファーを履き、「午後6時以降も仕事をする人たちは、その時点でみんなオールバーズのスニーカーに履き替える」というのが実態のようだ。
前出のカドマス氏は、スニーカーを履くにしても、トレーニングシューズやランニングシューズなどアクティブ感が前面に出るものはやめたほうがいいと注意を促す。
彼女に言わせれば、「オフィス用のスニーカーは、見た目がエレガントで、清潔感のあるものを選ぶべき」とのこと。
「スニーカーといってもさまざまですが、オフィス用として選ぶなら(運動用ではない、革製や紐付きの)いわゆるファッションスニーカーと呼ばれるタイプのもので、かつ新品のように清潔なものでなければなりません」
その条件さえ満たしていれば、価格が高いものである必要はない。例えば、カドマス氏が勧めるのは、アディダスのファッションスニーカー「スタンスミス(Stan Smiths)」の白で、男性用も女性用も100ドルほどで手に入る。
真っ白なファッションスニーカー「スタン・スミス(Stan Smith)」は、ウォール街のインターンにとっての定番アイテムとなっている。
Screenshot of Adidas online store
カドマス氏はスニーカーをベースにしたコーディネート以外に、男性ならボタンダウンシャツまたは上品なポロシャツにスラックスとドレスシューズを合わせるスタイルもオススメする。
女性なら、クラシックな「アンテイラー(Ann Taylor)」のスーツはやめて、カジュアルドレスやスカートにニットのトップスを合わせるのも良いという。
「女性たちはカジュアルドレスをよく着るようになりました。ニットはタンクトップや半袖、長袖などいろいろなタイプがあります。この二つとスカートがあれば、職場での服装の問題はほとんど解決できます」
どこで服を買うか
当たり前のことかもしれないが、女性は(体のラインが強調される)タイトすぎるデザインの服、丈が短いすぎるスカートやドレスは避けたほうがいい。肩を出したり、カラフルな服を着たりするのは、常識の範囲内であれば問題なし。
ペンシルスカートとセーターのコーディネートを定番の服装とするニューヨークのアナリストはそう言う。
「悪い意味で目立ちすぎるのは、良くありません。ネオンサインのように派手でなければ、カラフルな服でも大丈夫だと思います」
ちなみに、彼女のお気に入りのブランドは、「カルバン・クライン(Calvin Kkein)」や「エリ・タハリ(Elie Tahari)」だ。
一方、金融業界を志すなら、自分が買える範囲内で最高の品質の服を選ぶべき、との意見もある。
「安い服を5着買うより、選びぬいた1着を買って、それをうまく着回すほうが賢明です。ジュニア(若手)バンカーの皆さんに提案したいのは『洗練されていること』。それが洋服選びの揺るぎない道しるべになるはずです」(パーソナルスタイリストのカドマス氏)
仕事用のワードローブは、お金をかければいいというわけではないのだ。
カドマス氏は、若手が服を買うなら大衆デパートのブルーミングデールズ(Bloomingdale’s)やサックス・フィフス・アベニュー(Saks Fifty Avenue)、Jクルー(JCrew)、セオリー(Theory)あたりで十分と語る。
「どこにでもある店ですが、あなたがジュニアバンカーならそれで十分。他の同僚たちと同じような服を着ていたとしても、金融業界では特に問題ないのです」
企業側もドレスコードを明確にすべき
オンライン採用プラットフォーム「ハローハイブ(Hellohive)」を創設したバイロン・スローサー氏(運営元のHIVE DIversity創業者兼CEO)は、企業が従業員、特にパンデミック後に社会に出る若い人たちにどんな服装を期待するかについて、もっと明確な指針を示す必要があると述べる。
「ビジネスカジュアルという言葉はもう捨てるべきだと思います。その言葉がどんな服装を意味するのか、誰にも分からないからです」
ドレスコードの透明性が高まるかどうかは企業次第だと彼は言う。職場で推奨される服装を明確に定義し、採用プロセスの早い段階でそれを示すべきだというのがスローサーの意見だ。
「服装も企業文化の一部です。ですから、その企業におけるドレスコードは何かを具体的に定義した上で、ジョブディスクリプション(職務記述書)に書くまでは必要ないにせよ、最初の電話審査の段階で採用担当者がきちんと伝えるべきです」
採用の合否に影響することだけに、服装の具体的な指針が必要だと、カドマス氏もスローサーに同調する。
「ダークスーツが制服だった時代から曖昧なビジネスカジュアルへと、振れ幅があまりに大きく、若い人たちは混乱し、再定義を求めています。何が許され、何が許されないのか。言葉できちんと表現する必要があると思います」