2019年、プライド月間に合わせゲイパレードに参加する小売大手ターゲット社の社員たち。LGBTフレンドリーな企業として知られる同社が2023年、過激な右派の攻撃対象となった。
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米小売大手チェーンのターゲット(Target)が、右派からのボイコットと嫌がらせに屈する形で、プライド月間に合わせて用意していた関連商品の一部を店舗から引き揚げると発表した。
ターゲットは、2016年にいち早く「ジェンダーニュートラル」なトイレを作るなど、LGBTに寄り添う方針を採用してきた。それゆえにこれまでもたびたび右派からの攻撃を受けてきたが、5月19日ごろから、子ども用の「トランスジェンダーフレンドリー」な水着を販売しているとのデマがネット上で広がり、宗教右派やウルトラ保守のインフルエンサーたちが実店舗に押しかけ、客やスタッフに嫌がらせをする模様を発信する事件が続いていた。
ターゲットは、緊急役員会を開き、「スタッフの安全とウェルビーイングのために」一部の店舗から商品を引き下げたり、より目につきにくい場所に動かしたりするなどの決定をしたことを、5月25日に発表した。
ターゲットの株価は大きく影響を受けた。5月25日の週、ボイコットと嫌がらせが始まる前の週の前半には一時152ドル台をつけていたが、139ドル台で週を終えた。5月26日には、ユタ州のターゲットの複数店舗に爆弾を仕掛けたとの脅迫があった。
不買運動から「経済テロ」へ
4月には一般家庭で長年人気を得てきたバドライト(写真の青箱)が不買運動の対象となり、逆に競合ブランドが売り切れとなった(2023年5月アトランタで撮影)。
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アメリカの若き消費者たちが、企業を批判する不買運動ボイコットや、買うことによって自分の価値観を体現するバイコットによって企業文化を変えてきたことについては、拙著『Weの市民革命』でも取り上げた。だが今や、企業が多様性に寄り添うことを嫌う右派による攻撃が激化するなか、「経済テロ」という言葉まで登場した。経済テロとは、政治的な目的のために経済行為を行う場を攻撃する行為だ。
「ターゲットがバドライトされた」などという表現も見かけた。4月にビールのバドライト(Bud Light)が、SNSのキャンペーンにトランスジェンダーのインフルエンサー、ディラン・マルヴェイニーを起用したことに怒ったウルトラ保守のインフルエンサーたちが、缶を銃で撃つ映像をSNSにアップするなどして、バドライトのボイコットを呼びかけた事件をもじったものだ。キャンペーンを発表した翌週、バドライトの売上が大きく落ちたとの報道もあった。
バドライトの場合は、もともとの顧客層に不評を買った面もあろうが、ターゲットは多様性に長年寄り添うことで、プログレッシブな顧客を掴んできたチェーンである。それだけに、保守層からの攻撃は今に始まったことではない。ただ今回は、イーサン・シュミットというユーチューバーが、ターゲットの実店舗に乗り込んで客やスタッフに嫌がらせをする様子を配信し、全店を回るという宣言をしたことから、従業員の安全を確保するために、となされた決定のようだ。
大企業が多様性を表現する商品を売ることについては、常に「ウォッシング(マーケティングのために大義を利用すること)」のそしりを受けるリスクがある。しかし、ターゲットはこれまで、プライドの関連商品を国内のインディペンデントの作り手や中小企業から買い付けるほどの企業だっただけに、プログレッシブな消費者たちの落胆は大きい。
なかには、悪い前例を作った、との批判の声も強い。カリフォルニアのギャビン・ニューサム知事は「LGBTQ+のコミュニティを過激派に売り渡した」とツイートし、ターゲットのブライアン・コーネルCEOを名指しで非難した。
ターゲットの次には、プライド月間に合わせてLGBTの消費者をターゲットにしたSNS広告にドラァグクイーンをフィーチャーしたノースフェイス(THE NORTH FACE)が標的になった。プライド月間に合わせてマーケティングキャンペーンをやる企業は山ほどあるし、キリがないのだが、宗教右派やウルトラ保守たちの過激な行動が収束する気配はない。
政治問題化するディズニーワールド
フロリダ州は過去50年以上にわたり、ディズニーの世界最大のテーマパーク「ディズニーワールド」を税制特区として認めてきた。だがこの関係は、強硬な保守派のデサンティスが知事となり急速に変わりつつある。
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歴史的に大企業にフレンドリーだったはずの共和党の最右翼が、企業叩きに回っている。この不思議な光景を作ったのは、5月25日に大統領選挙への出馬を発表したフロリダ州のロン・デサンティス知事である。
デサンティス知事は2022年4月、公立学校でジェンダーやセクシュアリティの話を禁じるフロリダ州の通称「ドント・セイ・ゲイ(ゲイと言ってはならない)」法案を批判したディズニーを「woke(覚醒した)」企業だとして批判し、税制の優遇措置を廃止する決定を下した(実施は2023年6月)。これにディズニーが対抗し、同州オーランドに予定していた新社屋建設をキャンセルしたことから、両者の対立は今も続いている。
共和党といえば左派やプログレッシブ層には積極的に使われてきたボイコットを「キャンセルカルチャー」と批判してきた党なだけに、内部からの批判の声もなくはない。マイク・ペンス前副大統領やクリス・クリスティ元ニュージャージー州知事など古参の共和党関係者は、デサンティス知事のディズニー叩きを批判してきた。
しかし、トランプ前大統領を相手に支持層の拡大に苦心しているデサンティス知事にとっては、ディズニー問題は、トランプを支持してきた共和党の最右翼を取り込むための強力なカードである。オーランドのディズニー新社屋建設が中止になったことで2000人相当の雇用を失い、州内での批判の声も大きいが、態度を変える兆しは見えない。
2021年1月6日、米連邦議会前に集まる極右団体プラウド・ボーイズのメンバー。議事堂襲撃事件後にメンバーの中から複数の逮捕者が出たが、組織は今も活動を続けている。
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懸念すべきは、プライド月間が始まる前から、右派からの攻撃が始まっていることだ。トランプ前大統領の支持者が議会を掌握しようとした2021年1月6日事件に関連して、リーダー以下メンバー複数人が「反乱の陰謀」で有罪判決を受けている極右組織プラウド・ボーイズは、すでにアメリカ中のプライド関係のイベントに押しかける計画を立てているという。
アイダホ州では極右組織パトリオット・フロントが、ドラァグのイベントを「子どもに対するグルーミング」だとして襲撃し、逮捕された。だが同組織のメンバーが携帯電話に児童ポルノを所有していたとして再逮捕され、16歳の未成年に性器の写真を送ったことを認めるという、なんとも皮肉なニュースも飛び込んできた。
プライド月間は、本来、これまで抑圧されてきた性的マイノリティの存在を祝福し、権利拡大を提唱するイベントだが、過去に見たことのないレベルの攻撃が行われていることは間違いない。
日本でもプライド月間を前に、「LGBT法案を通せば女性のスペースが脅かされる」と主張する人たちによる声が大きくなる光景に、同権が近づくどころか、あからさまな差別とヘイトスピーチによって遠ざけられようとしていると感じる。これ以上、ただ同じように人として存在したいだけの人たちへの攻撃が増えないことを切望している。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。