「値上げ」は衰退する新聞社の最終戦略。生き残るならデジタルシフトと“空白地帯”のポジションを取れ

経営理論でイシューを語ろう

GagliardiPhotography / Shutterstock.com

今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。

朝日新聞が5月から購読料を値上げしました。入山先生は「極めてリーズナブルな打ち手」と評価しつつ、ただしこれは「すでに衰退している新聞が最後に取りうる戦略」と釘を刺します。もしも先生が新聞社の経営者なら、どんな戦略で立て直しを図るのでしょうか?

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「値上げは正解」と言い切れる理由

こんにちは、入山章栄です。

みなさんは新聞を購読していますか? 僕が子どものころは毎朝、各家庭に新聞が配達されるのが当たり前でしたが、いまや新聞をとっている家はむしろ少数派かもしれません。


BIJ編集部・常盤

BIJ編集部・常盤

少し前に、朝日新聞が値上げをすると発表しました。朝刊と夕刊のセットでは500円上がって月額4900円になります。

でもいま新聞社はどこも購読者数が減っていますよね。原材料の高騰など諸事情はあるとはいえ、売上が下がっているなかで価格を上げるとさらなる解約を招きかねません。値上げは自らの首を絞める戦略なのではないでしょうか。入山先生はどうご覧になりますか?


うーん、僕は値上げはむしろ極めてリーズナブルな打ち手だと思います。ただし、この打ち手は購読者数減を加速させる可能性すらありますよね。それでも僕が朝日新聞の経営者だったら、同じことをすると思いますよ。


BIJ編集部・常盤

BIJ編集部・常盤

とれるところからとる、ということですか?


はい、そうですね。例えば、実は人気の東京ディズニーランドも長い間、値上げを繰り返しているのです。そして僕はこれも戦略としては正しいと思う。なぜ正しいかは、この連載の第121回でも取り上げましたが、「需要の価格弾力性」という考えで説明できます。

価格弾力性とは、直感的に言えば、「お客さんが価格変化にどれくらい敏感か」を表すものです。

例えばある商品の価格を10%上げたとき、お客さんの数が10%以上減ったら、その商品のお客さんは値上げに敏感だということです。これを「価格弾力性が高い」といいます。

一方、価格を10%くらい上げてもお客さんの減りが4~5%で済んでいるなら、お客さんは、それほど値上げに動じていないということになります。これは「価格弾力性が低い」ということになります。

そして一般的には、価格弾力性の高い商品は価格を下げたほうがいいのです。なぜなら少し価格を下げるだけでも多くのお客さんが飛びつくので売上が上がり、トータルの収入の増加が見込めるからです。逆に、価格弾力性の高い商品の価格を1%上げたら、お客さんが5%くらい減ってしまうかもしれない。そうなるとトータルで儲けが減ってしまう。

では反対に、価格弾力性が低い商品はどうすればいいかというと、もうお分かりですよね。弾力性が高い場合の逆で、価格を上げるのが正しい戦略となります。例えば価格を10%上げても、お客さんが5%しか減らないのであれば、価格を上げたほうがトータルの収入が増えるわけです。

一方、価格弾力性が低い商品は、価格を下げてもそれほどお客さんは増えません。値段を10%下げているのにお客さんが3%くらいしか増えなければ、トータルの売上が減ってしまう。

つまり、「価格戦略は価格弾力性に依存すべき」なのです。


BIJ編集部・常盤

BIJ編集部・常盤

それでいうと、東京ディズニーランドは価格弾力性が低そうですね。


その通り。東京ディズニーランドの価格弾力性はめちゃめちゃ低いはずです。ロイヤリティを持ったファンがものすごくたくさんいますから。こういう人たちは、ディズニーランドの価格変更に敏感ではないことが多い。

東京ディズニーランドは1年間に何回も来園する「ディズニーランドマニア」のおかげで経営が成り立っている部分がある。そういう方々は多少値上がりしたくらいでディズニーランドに行くのをやめたりしません。あるいは海外からわざわざ来た方は、10%や20%値上がりしても、ディズニーランドを訪れるでしょう。

東京ディズニーランドはコロナ前からじわじわ値上げをしていますが、おそらくコロナを機に全体的な戦略を見直したのではないでしょうか。値上げをしても、それほどお客さんが減らないことは、もう分かった。それにあまり混雑するとお目当てのアトラクションに乗れなかったりして、顧客の体験価値が減ってしまう。それなら来場者数を適正に抑えるためにも値上げをしたほうがいい。おそらく戦略的に、このように考えたのだと思います。

新聞社の最後の戦略

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