ロンドンを走るEV仕様のタクシー。
REUTERS/Hannah McKay
コロナ禍を経て4年ぶりに訪問したロンドンの中心部では、電気自動車(EV)の普及が進んでいる印象を受けた。まず、ロンドン名物の一つでもあるブラックキャブ(ロンドンタクシー)にも、EVが増えていた。それに、2人乗りの小型EVも散見された。ロンドン市内での短距離の移動には、やはりEVが適しているということなのだろう。
一方で、ロンドン郊外では、大型のEV、特にテスラの人気が高まっているようだ。
英自動車製造販売協会(SMMT)によると、同社の「クロスオーバーSUV」であるモデルYの登録者数は、2023年1-4月期で1万1503台に達したようだ。ロンドン郊外で一軒家を持てるくらいの所得があれば、自宅の庭に充電スタンドを設置するなど簡単だ。
世界的な半導体不足で自動車の供給が減少したにもかかわらず、ヨーロッパではEVの普及が目覚ましい。
それは2020年1月に欧州連合(EU)から離脱したイギリスでもまた同じだった。イギリスの新車登録台数(乗用車)のうち、2020年のEVの登録台数は前年比185.9%増だったが、2021年は同76.3%、2022年は同40.1%と伸びは鈍化した。
イギリスのEVの新車登録台数の推移
SMMT
そして、2023年1-4月期は25.6%にとどまった。そもそも、普及が進むにあたって、前年比の増加率が下がることは当然だ。しかし、2022年まで一本調子で上昇してきた新車登録台数に占めるEVのシェアが、2023年1-4月期は15.4%と2022年(16.6%)から低下したことは、市場の変調をうかがわせる動きと言える。
EV市場の変調をもたらしたいくつかの要因
EV市場の変調をもたらした要因の一つに、カーユーザーへの補助金の廃止があると考えられる。EV市場を拡大させるにあたって、ヨーロッパ各国の政府は、カーユーザーに対して補助金や税控除といったインセンティブを与えた。英政府も、EVとPHV(プラグインハイブリッド車)を購入するユーザーに対して補助金を給付してきた。
こうした補助金は市場の拡大を促してきたが、英政府はこの措置を2022年6月で終了した。すでに政策的に普及を後押しする時期を終えたというのが、英政府が補助金を打ち切った最大の理由だった。とはいえ2022年後半も、EVの新車登録台数自体は堅調さを維持し、登録車両数そのものが大きく減少したわけではなかった。
その理由としては、恐らく、自動車メーカーの生産が半導体不足で追い付かず、多くの受注残が生じ、それが2022年後半のEVの新車登録台数の増勢維持につながったのだと推察される。しかし、EV購入補助金が終了したことで、2022年後半以降に新規で購入を申し込んだユーザーのEV需要は、間違いなく圧迫されたと考えられる。
そして2023年に入ると、イングランド銀行(BOE)による急激な利上げが効き始め、それがユーザーのEV購入意欲を削いだのではないだろうか。他の車両と異なり、EVの車両単価は高い。そのため、金利高で返済負担が高まった場合、HV(ハイブリッド車)や従来型のガソリン・ディーゼル車に比べ需要が圧迫されやすいはずだ。
コロナ前の2倍に急騰した電気代
イギリスの港町エレスメアポート近くに立つ、送電用の鉄塔群。
REUTERS/Phil Noble
EV普及の抑制要因は、以上で指摘してきた購入時に生じるイニシャルコストの増加以外に、保有に伴う「ランニングコスト」も無視できない。具体的には、コロナショックとロシア発のエネルギーショックを受けて、電気代が高騰していることだ。バッテリーに依存するEVにとって、電気代の高騰は大きな障害となる。
図表2は、イギリスの消費者物価の推移だ。コロナショック前の2019年を100とすると、総合指数は直近2023年4月時点で121.0と、丁度2割上昇したことになる。この物価高をもたらした主因はエネルギー価格の高騰だが、4月時点の消費者物価ベースの電気代は192.0と、コロナ前に比べて約2倍の水準まで急騰している。
イギリスの消費者物価
イギリス国立統計局(ONS)
イギリスでは2021年後半から電気代の上昇が顕著だった。コロナショック後の急速な需要の回復に加えて、異常気象による風力発電の不調によって電力供給能力が落ち、需給がひっ迫したためだ。それに拍車をかけたのが、2022年2月に生じたロシア発のエネルギーショックである。
その結果、イギリスの電気代はコロナ前の2倍に急騰した。
電気代が2倍になれば、EVのランニングコストも2倍になる。そればかりではなく、イギリスでは、この数年でガス代が急騰し、さらに家賃負担も急増した。加えて食費も増加するなど、さまざまな形で出費が増えている。 ただでさえ生活コストが高いのに、EVの保有に伴う電気代をさらに負担する余裕がある世帯など限られているはずだ。
他方で、石油代(ガソリン、灯油など)の価格は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて一時コロナ前の2倍にまで急騰したが、足元ではコロナ前3割程度にまで上昇幅が落ち着いてきた。
このように「電気代が高止まり」し、「石油代が低下」したなら、ランニングコストの観点から、EVよりも従来型のガソリン車やディーゼル車、HV(ハイブリッド車)の競争力が向上する。
充電インフラ整備をどう進めていくか。日本と同じ課題も
ロンドンのハックニー区にある、路上充電器を使う人。2022年1月撮影。
REUTERS/Nick Carey
さらに、EVの充電スポットの整備が思うように進んでいないという問題も出てきているようだ。
郊外の一軒家に住む高所得者層の場合、自宅の敷地内にEVの充電コンセントを設置できる。問題は、近距離での移動ニーズが強い「都市部の中心市街地で、EVの充電ポイントの整備が思うように進んでいない」ということにある。
ロンドンのみならず、ヨーロッパの主要都市の中心市街地では、幹線道路の横道などに、有料の充電ポイントが設置されている。とはいえ、充電ポイントの設置数はまだまだ「点在」といったところであり、さらなるEVの需要を喚起するには、充電ポイントの数は圧倒的に足りないようだ。充電ポイントの増設は容易でなく、時間もかかるだろう。
ロンドンのサザーク地区を貫くA3200道路で見かけたバッテリーチャージャー。
筆者撮影
英政府は2030年までに最低でも30万の充電ポイントが必要になると見立てている。この見立てを目標に充電ポイントの整備を進めようと、英政府も支援を進める。英政府はカーユーザーへの補助金を廃止したが、その大きな理由の一つが、それによって「浮いた予算を充電ポイントの整備に充てる」というものだった。
問題は、資金面というよりも、物資と人手の不足にあるのではないだろうか。 充電ポイントの整備はイギリスのみならずヨーロッパ共通の課題であり、それだけに各国とも整備を急いでいる。そのため、充電ポイントの整備に必要な物資は奪い合いとなり不足する。そうした環境の下で、イギリスだけが順調に充電ポイントの整備を進めることは不可能だ。
それにイギリスでは、EU離脱(ブレグジット)とコロナショックに伴い、EUからの出稼ぎ労働者の流入が減少してしまった。代わってアフガニスタンや香港、ウクライナなどから移民が増えているようだが、そうした人々のうちどの程度が、かつてEUからの出稼ぎ労働者によって支えられていた建設業や電気工事業に従事できるか、定かではない。
EVシフト自体は不変も曲がり角を迎えたEVの普及
EVシフト自体は世界的なメガトレンドだ。そのけん引役を自称するヨーロッパの場合、EUのみならず、イギリスも、EVの普及に野心を燃やしている。EVの普及に徐々にブレーキがかかること、さらなる普及のためには充電ポイントなどインフラの整備が必要であることは、EUもイギリスも、予め想定していたことであるはずだ。
最大の誤算は、ロシアのウクライナ侵攻にあったといえる。
これでエネルギーショックが発生し電気代が高騰した。またヨーロッパ各国が、脱ロシアと脱炭素の観点からロシア産天然ガスの利用を削減し、再エネシフトを加速させたことで、ヨーロッパ各国の電気代はウクライナ侵攻前の水準に低下する展望が描きにくくなった。
EVを普及させるため、EUはバッテリーメーカーや完成車メーカーに対して巨額の支援を進めている。それに比べると、イギリスの産業界に対するEVシフト支援策の規模は小さい。 ハンディを覆して、EUと袂を分かったイギリスがEUよりも速いピッチでEVの普及を進めることができるだろうか。引き続き動向を注目していきたい。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です