イーロン・マスク氏が3年半ぶりに中国を訪れた。
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長いゼロコロナ政策が終わり、グローバルの大物経営者が続々と中国入りしている。5月末には中国で絶大な人気を誇るテスラのイーロン・マスクCEOがプライベートジェットで中国に入った。2日弱の間に中国高官と次々会談し、上海工場を視察。車載電池世界首位の寧徳時代新能源科技(CATL)トップとも夕食を共にしたようだ。
米中関係が悪化する中でのマスク氏の弾丸上海訪問は投資家の安心材料になり、テスラの株価は2営業日連続で続伸、滞在中にマスク氏が資産額で世界トップに返り咲くというおまけまでついた。
コロナ禍前は頻繁に訪中
最近のマスク氏はTwitterをあれこれいじっている気まぐれな人というイメージだが、、Twitterが使えない中国では相変わらず革新的な事業にチャレンジし、中国を重視する起業家として憧れの対象だ。音声メディアのClubhouseでマスク氏がスピーカーとして参戦したときは、中国からアクセスが殺到しサーバーダウンが起きたほどだ。
中国通の起業家としては以前はFacebookのマーク・ザッカーバーグCEOが知られていたが、メタバースに関心が移ったのか最近は影が薄く、「人気度」ではマスク氏の一人勝ちとなっている。
マスク氏はコロナ前は頻繁に中国を訪れていた。
EVと車載電池を一貫生産する上海工場の着工直後の2019年1月に李克強首相(当時)と会談。マスク氏が「私はとても中国を愛している」と述べると、李首相が「あなたに中国のグリーンカード(永住権)を出してもいいですよ」と返すほどの蜜月ぶりだった。
同年8月には上海で開かれた世界人工知能(AI)大会に登壇し、中国市場の重要性を強調した。当時はトランプ米大統領が製造業の米国回帰を進めていたが、距離を置いた形だ。この大会ではアリババ創業者のジャック・マー氏とも対談している。
そして2020年1月に上海工場の起工式に出席。生産の現地化によって価格を大きく下げたテスラ車の出荷が可能になり、テスラの株価上昇と中国でのEVブームが加速した。今ではテスラ車の3台に1台が中国で売れている。だが、上海工場稼働直後に新型コロナウイルスの流行が始まり、マスク氏は以降3年間訪中できずにいた。
上海工場には1時間滞在
夜に北京を発ったマスク氏は深夜に上海工場を訪問。約100人の従業員にドリンクなどを振る舞ったという。
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マスク氏は5月30日午後3時、プライベートジェットで北京に到着した。ロイターの3月の報道では、マスク氏は4月の訪問を計画し李首相との面会を望んでいるとのことだったが、李首相が3月の全国人民代表大会(全人代)で退任し、かなわなかった。今回の訪中ではまず秦剛外交部長(閣僚に相当)と会談し、対中関係を維持する重要性を強調した。
夜はCATLの曽毓群社長と夕食をとったようだ。公式発表はされていないが、たまたまその場に居合わせた人物が、2人の写真をSNSに投稿し、拡散した。
翌31日には金壮龍工業情報化部部長、王文涛商務部長と面会。報道によると丁薛祥筆頭副首相とも会談した。
同日夜に上海に移動し、深夜上海工場を訪問したことを、テスラ中国の幹部がマスク氏と従業員の集合写真をSNSに投稿し、報告した。ブルームバーグの報道によると、マスク氏は約100人の従業員に軽食やドリンクを提供し、1時間ほど工場に滞在したという。翌朝は上海市のトップと面会し、午前11時にプライベートジェットで上海を離れ、米国に戻った。
中国滞在わずか40時間。3年間の空白を埋めるべく、会うべき人に一気に会って慌ただしく去って行った。
SNSで拡散したCATLトップとの面会
メディアの注目は、SNSで明らかになったCATLの曽毓群氏との面会、そして上海工場での滞在の内容に集中している。
CATLはテスラに電池を供給する重要サプライヤーだが、テスラは自社で新型電池の「4680型バッテリーセル」開発を進めており、CATLが量産を始めた「麒麟」と競合関係にもなる。
テスラは上海で今年7~9月期に大型蓄電池「メガパック」工場を着工すると発表している。同社は蓄電システムをEVと並ぶ主要事業と位置づけており、米国以外に蓄電池工場を建設するのは初めてだ。同工場は世界への輸出拠点と位置づけられ、CATLからリン酸鉄リチウム電池を調達すると過去に報道されており、マスク氏と曽氏はこの件を巡って商談を行ったと見られている。
また、CATLは北米に50億ドル(約7000億円、1ドル=140円換算)を投じて年間80ギガワット時の電池を生産できる工場建設を目指していると3月に報じられた。同工場での何らかの協業に向けた話し合いが行われた可能性もある。
上海工場視察の最大の目的は、リニューアル版Model 3の確認と見られている。マスク氏の訪中に先立つ5月中旬、ブルームバーグはテスラの上海工場が全長が従来バージョンよりもやや長く、外観がさらにスポーティーになるリニューアル版Model 3の試作を進めていると報道した。
資産額トップに返り咲き
プライベートジェットに乗り込むマスク氏。中国滞在は40時間だった。
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マスク氏が中国に滞在していた期間、テスラの株価は2営業日連続で上昇し、時価総額が約338億ドル(約4兆7000億円)増えた。この間にマスク氏の資産額も膨らみ、仏高級ブランドLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)のベルナール・アルノー会長を抜いて世界トップに返り咲いた。
テスラの世界生産に占める上海工場の割合は2022年に半分超を占めた。上海市によると、上海工場の部品の国内調達率は95%を超え、サプライヤーも合わせると10万人の雇用を創出している。上海工場の従業員だけでも2万4000人おり、大型蓄電池工場ができると経済への影響力はさらに高まる。
米中関係の悪化をよそに、マスク氏は中国の閣僚と次々に会談し、中国に投資を続けることを明言した。CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指す目標を打ち立てる中国政府は経済成長、EVの技術革新、脱炭素、そして米中関係の改善などあらゆる面でテスラに大きな期待を寄せている。
今回の訪中でテスラと中国政府の二人三脚ぶりが確認できたことは、中国のEV業界とテスラの投資家の双方にとって安心材料だったようだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。