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「わが社の従業員に、どうしたらもっと利益意識を持ってもらえるのだろう」
経営者や幹部からそんな悩みを聞くことがあります。
従業員が無駄に時間を使っている、無駄にコストを使っている。売上を上げる意識が低い……など、行動を変えてほしいとリーダーは考えています。
そこでリーダーは、全社の利益状況などを従業員に共有します。しかし従業員の行動は変わりません。全社利益では分からないのならと、事業部や部門別の利益も共有します。ところが、これでも従業員の行動は変わりません。いったいどうしたら?と頭を抱えているというわけです。
こうした悩みを聞かされるたび、私がよくアドバイスするのが「分けると分かる」というキーワードです。
例えば、リーダーだけが「分かる」状態だとしても、メンバーが「分からない」状態であれば動けません。動けないのだから成果も出ません。メンバーの状態やレベルに合わせて「分ける」ことで、ようやくメンバーにも「分かり」、分かるので正しく動けて、成果が出るわけです。
つまり、メンバーや他者に伝えるためには、この(相手に合わせて)「分ける」という技術が重要なのです。
では、具体的に何を何で「分ける」と「分かる」ようになり、メンバーが「動ける」のでしょうか? 以降で事例を2つ紹介しましょう。
キーエンス高収益率の秘密
1つめにご紹介するのは、『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』(西岡杏著)で紹介されている、「時間」で「分ける」ことでメンバーが「動ける」事例です。
キーエンスはいわゆるセンサーなど装置を扱っている製造業です。製造業といっても大半の製造を外注しているファブレスメーカーです。
キーエンスの時価総額は16兆円超。2023年3月期の営業利益は前年比19%増の約5000億円、営業利益率は54%超です。50%超というのは粗利でも高い数字ですが、粗利から一般管理費を除いた営業利益率で50%を超えているのですから驚きです。キーエンスに類似したファブレスメーカーは日本中に多々あれど、これほどの実績を誇る企業はそうそうお目にかかったことがありません。
高い営業利益率を誇るキーエンスにはさまざまな仕組みや工夫がありますが、その根幹となる仕組みの1つに「時間チャージ」があります。
時間チャージとは、全従業員に1時間あたりの利益意識を持ってもらうための仕組みで、次の式で表されます。
つまり、従業員1人ひとりが1時間あたりに生み出すべき粗利の目安ということです。
時間チャージは、新年度が始まると全社員に共有されるそうです。キーエンスの従業員は時間チャージの数字が頭の中に入っているので、常に自分の1時間の仕事がこの数字以上の付加価値を上げているかどうかを自問自答できます。また、上司はこの数字を基準にして部下の行動に対してアドバイスができます。
同書の著者である西岡杏氏は、キーエンスを取材するにあたり、取材対象者から事前にさまざまな確認があったと書いています。時間チャージを意識しているキーエンスの取材対象者は、取材時間内で最大限付加価値を高めるための行動をとったのだと想像できます。
冒頭で、全社利益や部門利益を共有しても従業員が変わってくれない組織の話をしました。従業員に会社の状況を伝えること自体は間違っていません。問題は、「全社利益」や「部門利益」では従業員1人ひとりにとってはまだまだ大きすぎて、イメージがつかない(=「分から」ない)、だから動けないことにあります。
キーエンスの時間チャージは、それをさらに細かくして、従業員1人あたりに「分け」ています。それをさらに労働時間で「分ける」のです。ここまで細かく分けることで、1時間あたりに従業員1人ひとりがどの程度の粗利を稼がなければならないかようやく「分かる」ようになり、行動できるのです。
前述のとおり、時間チャージの算出に必要なのは「前年の付加価値(粗利)」と「従業員の総労働時間」というたった2つだけ。これを把握していない企業はほとんどないでしょう。付加価値を従業員の総労働時間で割れば各社の時間チャージが簡単に計算できるのですから、どこの会社でもすぐに実践できます。
従業員に利益志向を持ってほしい企業は、この時間チャージを計算して、従業員と共有し、毎月モニタリングしてみることをお勧めします。
O課長の“魔法”で絶望的だった目標を達成
もう1つ、私がリクルートの横浜支社で求人メディアの営業課長をしていた頃のエピソードをご紹介しましょう。
ある期末でした。私が担当する組織は目標達成していたのですが、隣の課の数字が目標未達でピンチに陥っていました。
隣の課は、10人の営業担当が平均毎週100万円の売上を上げていました。つまり毎週100万円×10人=売上1000万円ということですね。
そして、期末の当時、残営業日数は2週間。つまり10営業日です。週あたりの平均売上から予測すると、2週間での売上は、1000万円/週×2週間=2000万円の売上が見込めます。
しかし、このときの残営業目標数字は4000万円でした。つまり目標達成するには、週平均売上1000万円の2倍の2000万円を、2週間連続で実現する必要があったのです。
この厳しい現実を前に、営業会議ではメンバー全員が下を向いていました。残数字の大きさから、もう無理だと思っていたのです。
ところが隣の課のO課長はあきらめませんでした。ミーティングで次のようなやりとりをすることで、メンバーに「できるかも」と魔法をかけることに成功したのです。
O課長「残数字を正確に把握したい。Aさん、いくらだろう」
Aさん「4000万円です」
O課長「残営業日数を正確に把握したい。Bさん、何週間で何日だろう」
Bさん「2週間、営業日数10日です」
O課長「われわれの営業パワーを正確に把握したい。Cさん、何人だろう」
Cさん「10人です」
O課長「1日あたりいくら売ればいいのか計算してほしい。Dさんいくらだろう」
Dさん「4000万円÷10日=400万円です」
残数字を2週間から1日当たりに「分ける」ことをしました。
O課長「1日あたりの売上が把握できた。1人あたり1日いくら売ればいいのか計算してほしい。Eさんいくらだろう」
Eさん「400万円÷10人=40万円です」
さらに、1日あたりの残数字を1日1人あたりに「分ける」ことをしました。
O課長「1日・1人あたりの売上が把握できた。1時間あたりいくら売ればいいのか計算してほしい。Fさんいくらだろう」
Fさん「40万円÷8時間=5万円です」
O課長「1時間あたり5万円」
さらに1日1人あたりの残数字を1日1人1時間あたりに「分ける」ことをしました。するとメンバーの顔つきが変わってきたのです。
Gさん「今まで週あたりの数値を意識していました。それに比べると数値が小さくて、何をしたらいいのかイメージがつきやすいです」
Hさん「これならできるかもしれません」
たまたまこの場に同席していた私は、O課長の魔法を目の当たりにしました。下を向いてあきらめかけていた営業メンバーが、顔を上げ、具体的な戦略を考えて、動き出したのです。
そして、ラッキーな商談があったこともあり、隣の課は2週間で残数字の4000万円を見事に売り上げ、目標を達成することができました。
O課長がメンバーと一緒に確認したことは、次の式で表現できます。
全員の残営業目標を1日あたりにし、さらに1日1人あたりに分け、最後は1時間あたりに分けたことで、課員はやることが分かり、動けるようになりました。
O課長が行った方法もキーエンスの事例と同様、どこの会社でもできる方法です。キーエンスとの違いは、キーエンスではこの考え方が習慣になっていたということ。一方で当時のリクルートのO課長の組織では、1時間あたりに「分ける」ことは、当たり前ではありませんでした。
だからその数値だけを課のメンバーに伝えても、うまく伝わらない可能性があったのです。そこでO課長は一工夫をしました。1時間あたりの計算をするプロセスをメンバーたちと共有することで、理解を促したのです。
1時間あたりの数値を共有することで、メンバーの1時間あたりの仕事内容を見直すきっかけにする。簡単に計算できるわりには効果が高い方法です。ぜひ参考にしてみてください。
なお、「分ける」対象は「時間」に限ったことではありません。私の記事で何度か取り上げていますが、プロセスを「分ける」という方法も有効です。あるいは、「コミュニケーション」「モチベーション」「営業活動」「集客方法」といったビッグワードも、「分けることで分かる」ことがたくさんあります。
自分やメンバーが「分からない」大きな数値や事柄が出てきた場合は、「分けることで分かる」。このキーワードをぜひ覚えておいてください。きっと役に立ちますよ。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役も兼任。新著に『「本当に役立った」マネジメントの名著64冊を1冊にまとめてみた』がある。