【佐藤優】過労死ラインを超えても働く妻が心配でならない。「自分のことは自分が一番分かってる」にどう返せばいい?

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イラスト:iziz

シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。

いつも、お悩み哲学相談を楽しく拝見しています。私は妻の働き方について悩んでおり、相談させて下さい。わが家には現在、小学生の子どもが2人います。私も妻も、霞が関で国家公務員として10年以上働いている共働きです。

同業ではあるものの働く環境は対照的で、私はテレワークできる環境であることから、平日の子どもたちの習い事の送り迎えを含めて対応してきました。

一方、妻の働き方は過労死の危険すら感じているところです。私としても「休暇はとれないか」、「せめてテレワークをしてくれ」とお願いしているところですが、当の本人は「自分のことは自分がよく分かっているから大丈夫だ」と言い張るばかりです。

とくに今年に入り、国会関係の業務が発生したり、年に数回しか行われてこなかった大きな会議を毎月開催(ときには月に複数回)することになったりした結果、4月の残業時間は80時間を超えました。5月は中旬時点で、すでに80時間を超えています。

現状は、私の母にも手伝ってもらうことで、わが家の中は支障なく回っており、なんとか乗り切ることもできなくはありません。しかし、このままの働き方を妻が続け、体を壊したり、最悪過労死してしまったりすることすら考えられると思います。何ら対処できない自分に対して、罪悪感にも似た焦りを募らせています。

佐藤優さんが私のような立場だったら、妻に対してできることは何だと考えますか。そして、妻に対してどんな言葉をかけますか。

(匿名希望、30代後半、国家公務員、男性)

※お悩みが長文だったため、記事では要約させていただいております

残業300時間を超えていた外務省時代

シマオ:5月は中旬時点で80時間……いわゆる「過労死ライン」が月80時間ですから、これはかなりの残業時間ですよね。相談者さんが心配なのも頷けます。佐藤さんも国家公務員時代は大変な長時間労働をこなされていた訳ですよね。

佐藤さん:そうですね。私の外務省時代の経験でも、日露首脳会談がある時は準備などで月300時間の残業が続きました。

シマオ: 300時間……(絶句)。どうやったらそんな数字になるんですか?

佐藤さん:月30日として、土日も休まず出勤し、毎日10時間残業すると300時間になります。18時が終業時間とすると、そこから10時間ですから毎日朝4時まで仕事。ですから職場にほぼ泊まり込んでいるような感覚です。

シマオ:か、完全にブラックじゃないですか!

佐藤さん:はい、労働基準法的には完全にアウトですね。ただ、シマオくんは知っているか分かりませんが、国家公務員には労働基準法は適用されません。

シマオ:え、そうなんですか!? 知りませんでした……。

佐藤さん:特に私が外務省にいた頃は今のような過労死の問題が厳しく取り上げられる時代ではありませんでした。良くも悪くも何でもありの時代です。これくらい働かないと仕事で十分な成果を出せなかったのです。

シマオ:なるほど……。だた、2019年の「働き方改革」なんかもあって、残業時間の捉え方はずいぶん変わってきましたよね。

佐藤さん:そうですね。民間企業においては、そもそも法定労働時間の1日8時間、1週40時間を超えて労働させる場合には労使が法律に基づいて協定を結ばなければいけません。それによると時間外労働は月45時間、年360時間が上限とされています。

シマオ:いわゆる36(サブロク)協定というやつですね。

佐藤さん:そうです。ただし、例外として労使間で「特別条項付き」という協定を結べば、2倍の年720時間まで上限を延ばすことができます。ただし、月45時間を超えていいのは年6カ月まで。しかも単月では100時間を超えてはいけないし、その間の平均の労働時間が80時間以下でなければいけません。

シマオ:僕も会社員ながら、そこまで詳しくは把握していませんでした……。かなり細かく定められているんですね。

佐藤さん:いまや労働基準法適用外の霞が関でも、さすがに私がいた時代のような無茶苦茶な時間外労働はさせないと思います。

現実は「働き方改革」が難しい職種もある

佐藤さん:ただし高度専門職となると、どうしても時間外労働が発生するものです。それは官公庁でも民間企業でも変わりませんし、80時間を超えるケースは往々にあるでしょう。そもそも36協定にしても「働き方改革」にしても、いわゆるマニュアル職をベースにして作られたものだと考えます。

シマオ:なるほど。9時5時できっかり作業を終えることができない種類の仕事ってありますからね。

佐藤さん:本社が海外にある外資系企業の社員や、実験や検査が深夜にまで及ぶ研究職などはまさにそうでしょう。

私は外交官時代、ロシアを担当していましたが、モスクワと東京では6時間の時差があります。日本の深夜2時から朝の4時が、向こうでは夜8時から10時になる。結構重要な情報がその時間になってから入ってくるんです。

とても寝てはいられないのでずっと仕事を続ける。だから残業時間も300時間とかになってしまう訳です。当時はフレックスタイム制などなかったですから。

シマオ:そういうものに一律に「働き方改革」を進めるのは難しいところがあるということですね。ただ、匿名希望さんの悩みも分かる気がします。お子さんもいらっしゃるとのことで、このハードな働き方が心配になるのは無理もないのではないでしょうか。

佐藤さん:それはその通りだと思います。夫婦として、家族として、お互いがどのように働くのか。率直に意見を交換して、その上で折り合い、解決しなければいけない問題だと思います。

シマオ:そうですよね。その点、匿名希望さんもパートナーに意見は言っているようです。でも、「テレワークにしてほしい」とか「休暇は取ってほしい」と言っても、「自分のことは自分がよく知っている」と返されてしまうと。

佐藤さん:パートナーが匿名希望さんと同じく30代後半なのだとしたら、その姿勢なのも理解はできます。というのも、事務官であればこのぐらいの年齢のときが一番忙しく、競争も激しいんです。同時に仕事が面白くなる時期でもあります。キャリアや出世を志向する限り、休暇を取ったり、テレワークしたりと、それに水を差すような方向に頭が行かないというのはあるでしょうね。

シマオ:これだけ仕事が忙しいというのは、やはり周囲から戦力として認められているということもあるのでしょうか?

佐藤さん:そう思いますよ。能力や適性がないとなれば、かなり早い段階でラインから外されるのが官僚の世界ですから。そういう意味で、相談者さんにはあと数年、具体的な年数で言うなら5年は待ってほしいです。そうすれば、自然と状況は好転するはずですよ。

シマオ:どうしてでしょうか?

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