CO2排出量の削減手段の一つとして取引が世界的に急増している、民間主導の「カーボンクレジット」。
2030年に最大1800億ドル(約25兆円)になるとも予測され、海外ではカーボンクレジットを売買する取引所創設の動きが活発化している。日本でも大きな動きがあった。
SBIホールディングスと気候テック企業のアスエネが、新会社を設立した。
Pavel Kapysh/Shutterstock.com
証券大手のSBIホールディングスと、CO2排出量の見える化・削減ソフトウェア(SaaS)「アスゼロ」を提供するアスエネが、6月8日、カーボンクレジット・排出権取引所の開設に向けて新会社「Carbon EX」の設立を発表した。
新会社は出資金が1億円。出資比率はSBIホールディングスとアスエネが50%ずつの対等な関係だ。アスエネCEOの西和田浩平氏とSBIグループの竹田峻輔氏が共同CEOに就任し、早ければ2023年10月ごろ、遅くとも2023年中の市場開設を目指す。
CO2をオフセットする「カーボンクレジット」とは?
SBIとアスエネが設立した新会社「Carbon EX」が予定している取引所のイメージ。
提供:アスエネ
カーボンクレジットとは、温室効果ガスの排出をオフセット(相殺)するための手法の一つだ。
企業などの削減努力によって減らしたCO2排出量を「クレジット」として発行。CO2を削減したい企業は、このクレジットを購入することでその分のCO2を削減したとみなすことができる。すでに国内でもクレジットの取引自体は存在するが、種類や量が限られている上、相対で個別に売買するケースが多かった。
新会社では、森林保護やCO2回収・貯留などによって創出された国内外の多様なクレジットの売買が可能になる。CO2排出量削減を後押しすると同時に、CO2削減プロジェクトへの投資を促したい考えだ。
5年後に取扱高1000億円目指す
Carbon EXの共同CEOに就任したアスエネの西和田浩平CEO。
撮影:三ツ村崇志
「5年後に1000億円の取扱高を目指す」
Business Insider Japanの取材に対し、Carbon EXの共同CEOを務めるアスエネの西和田氏はそう意気込みを語った。
新会社では、国内外の民間の認証機関が認定したカーボンクレジット(ボランタリー・カーボンクレジット)のほか、国が運営するJ-クレジットや、非化石証書などの公的なクレジット、ESG商品などを取り扱う。
J-クレジットは信頼性が高い一方で、手続きに時間がかかったり、取引のたびに契約が必要になったりと使い勝手の悪さも指摘されてきた。新設する取引所ではUIを工夫するなど、使い勝手の向上も狙う。
さらに、発展途上国を中心にクレジットの売り手が増加している世界事情も踏まえて、日英2言語に対応したプラットフォームを構築。世界中の売り手と買い手が必要に応じてスムーズに取引できる仕組みを目指す。アスエネの既存サービス・アスゼロとの連携も視野に入れる。
自ら立ち上げないと「圧倒的に遅くなる」危機感
海外における主なカーボンクレジット取引所設立の動き。
出典:経済産業省「第5回 カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会」事務局資料より
世界銀行によると、民間カーボンクレジットの取引額は2021年に前年比48%増の14億ドル(約1950億円)を突破。2022年に微減したものの、引き続き市場の拡大が予測されている。
アメリカやシンガポールなど、海外では近年、取引所開設に向けた動きが本格化。日本でも2022年9月から2023年1月にかけて、経済産業省の委託事業として東京証券取引所でのカーボンクレジット取引所の実証事業が実施された。東京証券取引所では、2023年度中に本格的な取引所の開設を目指している。
アスエネもこの実証事業に参加していたが、Carbon EXの設立によって、先んじてカーボンクレジット取引所を開設しようとしている状況だ。
なぜそこまでして開設を急ぐのか。西和田氏によると、理由は大きく二つある。
一つは、東証による取引所の創設を待っていると世界の動きから取り残されてしまうという危機感だ。
「新事業はタイミングが非常に重要で、早すぎると誰もついてこないし、遅すぎると競合が多すぎて勝てなくなる。
ただ、(東証の市場創設を待っていると)いまの世界の流れからすると圧倒的に遅くなると感じたんです。世界が取引所設立で盛り上がり始めた黎明期のいまこそ、設立するタイミングだと考えました」(西和田氏)
アスエネはこれまで、自社サービスであるアスゼロのユーザーにクレジットを仲介し、カーボンクレジットに関する知見も蓄積してきた。しかし、取引所の運営は金融のプロの助けなしには難しい。そうしたなかで出合ったのが、SBIホールディングスだった。
西和田氏は、2022年にアスエネがシリーズBラウンドで資金調達した際に、SBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長を前にピッチを披露。取引所創設に関するビジョンを語りあったという。それが今回の新会社につながった。
「SBIさんも、排出権取引所をずっと手掛けたいと思われてきたんです。ただ、カーボンクレジットにはそこまで詳しくない。一方、我々はカーボンクレジットには詳しいけれど、金融取引所の運営経験がなく、強力なパートナーが欲しかった。
お互いに足りない部分をしっかり補完し合いながら運営できるのではないか。そうした思惑が一致し、50%ずつ出資して新会社を設立することになりました」(西和田氏)
両社としては世界の動きを踏まえ、できるだけ早期に日本に取引所を開設することを目指した後、東証の実証事業にも協力した経産省の「GXリーグ構想」賛同企業とどう連携を深めていくかを考えたほうが建設的だと判断したという。
「国内外の多様なクレジット」が不可欠
西和田氏が自ら取引所を創出しようとしたもう一つの理由は、より利便性の高い市場を構築する必要を感じたからだ。
「東京証券取引所さんは基本的に、J-クレジットしか扱わない方針を示しています。ボランタリークレジットは将来的に扱う可能性はあるものの、知見が不足しているため、まずはJ-クレジットから始めるということでした。でも、取引所としてはできるだけ多くのクレジットがあったほうが参加者にとって利便性が高いわけです。
仮想通貨(暗号資産)取引所で言うと、イーサリアムだけしか扱っていない取引所、ビットコインだけしか扱っていない取引所より、イーサリアムもビットコインも取り扱っているほうがいい。カーボンクレジットも同じです」(西和田氏)
J-クレジットや非化石証書は、日本国内で実施された排出削減プロジェクトに限定されている。そのため、海外の企業などにクレジットを売ったり、海外のクレジットを買ったりすることはできない。
Carbon EXでは、最低でもJ-クレジット、非化石証書、国内外のボランタリークレジットの3種類をはじめから取り扱う予定だ。西和田氏は「それ以外(の商品)にも広げていく予定です。そこが(東証が予定する取引所との)大きな違いだと思います」と話す。
先行者として参加者の利便性の高い取引所を整備することは、将来的なビジネスを考える上でも重要だ。
暗号資産取引所の黎明期も、規制が存在しない中でまずは先駆者となる民間企業が市場を開拓。その後、さまざまな取引所ができたことで国がルール整備を進め、現在の勢力関係に落ち着いた。西和田氏は、カーボンクレジット市場もまさに同じ様な状況になっていくのではないかと語った。
日本市場は「魅力的」
Carbon EXの取引画面のイメージ。
提供:アスエネ
Carbon EXはまず、マーケットプレイスの形でプラットフォームを開設。クレジットの取扱量が増え、売買が盛んになった段階で、証券取引所のようなイメージの本格的な取引所として運営していく想定だ。
「当初は、クレジットを売りたい人と、クレジットの購入によって削減プロジェクトに貢献したい人をつなぐマーケットプレイス、いわゆる一次流通から始めます。
ただ、それだけではなく、株式市場で行われているような二次流通、さらには先物取引やオークションができることも視野に入れています。『5年後に1000億円』という数字は、マーケットプレイスの次の段階も含めた目標です」(西和田氏)
将来的には、投資信託のように複数のプロジェクトをパッケージにして、クレジットの価格変動リスクを緩和するような商品の登場もありうるという。
「株関連で派生してるさまざまな金融市場と全く同じことが、このカーボンクレジット市場でもなされるんじゃないかと思っています」(西和田氏)
一方で、すでに一部海外で先行している取引所がある以上、「日本の取引所」が世界のプレーヤーからどれだけ魅力的に見えるのか、疑問も残る。
その点について西和田氏は、十分勝ち筋はあると話す。
「世界ではカーボンクレジットの買い手より売り手の方が多いんです。脱炭素に関して、日本は欧州と比べれば遅れているかもしれませんが、世界全体で見れば進んでいる。企業の削減意識も高く、その分クレジット需要が大きいと言えます。
例えば、アジアにはすでにシンガポールに取引所がありますが、シンガポール自体はクレジットの需要がそれほどありません。その点、需要ボリュームの大きい日本市場にアクセスできることは、海外の(カーボンクレジットの)売り手にとって非常に魅力的。日本の企業にとっても、日本語のシステムを使いたいというニーズが圧倒的に多いんです」(西和田氏)
カーボンクレジットは本当に脱炭素につながるのか?
民間カーボンクレジットをめぐってはここ1〜2年で、海外で売りに出されたクレジットの二重計上や削減効果の審査が甘いといった「グリーンウォッシュ」批判が相次いでいる。
その点について西和田氏は、
「そもそも、カーボンクレジット自体がグリーンウォッシュなわけではありません。クレジットの中でも審査が甘く削減効果を多く見積もった『ジャンククレジット』というものがあり、それを知らずに購入した企業が批判されるということが起きたんです。
Carbon EXでは、(ジャンククレジットではなく)国際的に信頼性の高い認証基準を満たしたクレジットを用意した上で、クレジットの質を買い手にわかりやすく伝えるために、『A+』や『A』といったレーティングも導入する予定です」(西和田氏)
と語った。
クレジットの活用は一般に、CO2排出量の削減努力だけではどうしても到達できない目標を達成するための、補完的な措置と位置づけられている。カーボンクレジット取引所が盛り上がることによって、「クレジットを購入すれば良い」という安易な発想が広がる懸念はないのか。
西和田氏は、優先順位としてはCO2排出量の削減努力が先であることは間違いないと断りながらも、「率直に言うと、クレジットを購入することがそこまで悪いことだとは思っていない」と明かした。
「なぜなら、カーボンクレジットを購入した資金が何に使われるかと言うと、例えばCCSやCCUSといった炭素回収・貯留技術のように、まだ経済的にペイしていないけれど有望なプロジェクトにも使われるからです。(クレジットを通して投資が集まれば)そのプロジェクトの採算が取れるようになり、さらに次のプロジェクトを立ち上げることができる。
つまり、カーボンクレジットを購入することはCO2削減プロジェクトに投資していることと変わらず、イノベーションを促せる。だから、気候変動を食い止めたいというビジョンを持つ企業がクレジット購入することは決して悪いことではないと考えています」(西和田氏)