ジェネレーティブ(生成)AI分野で開発競争が激化するにつれ、人材争奪戦も過熱。主要な企業は関連人材をどんな待遇で確保しているのだろうか。
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大手テック企業は今、どこもかしこも投資家から厳しいコスト削減を迫られている。
デジタル広告市場の伸び悩み、コロナ禍での大量採用がもたらした人件費増、記録的な物価と金利の上昇を受けた経済成長率の鈍化がその要因だ。
しかし、人工知能(AI)だけは例外で、テック企業各社はコスト削減どころか、この分野への投資を急激に積み増しつつある。
テック企業は手元で財布の紐(ひも)を締めつつも、急成長を遂げるジェネレーティブ(生成)AI市場で勝ち抜く「次の一手」を繰り出そうと、試行錯誤を続けている。
また、生成AI市場の過熱に伴い、対話型AI「ChatGPT(チャットジーピーティー)」を世に送り出した米AI開発企業OpenAI(オープンエーアイ)と、グーグルをはじめとする大手テック企業の間では、人材争奪戦が激化しつつある。
昨年から今年にかけて大手テック各社が大規模な人員整理を実施した影響で、エンジニア採用は「売り手市場」から「買い手市場」に変わったにもかかわらず、AI関連の専門スキルを持つ優秀なエンジニアにだけは引き続き、あるいはこれまで以上に意のままに、高額の報酬を得る機会が用意されている。
最先端のAI開発に対応できるエンジニアはいま、ジョブマーケットにおける自らの圧倒的な優位性を認識していることだろう。
さて、大手テック企業やその競合相手であるOpenAIは、AIエンジニアに実際どれだけの報酬を支払っているのだろうか。
以下では、エンジニア本人からの提供情報に基づくジョブレベルおよび報酬比較サイト「Levels.fyi(レベルズ・エフ・ワイ・アイ)」の報酬データと、業界関係者へのヒアリングをもとにInsider編集部が推計した各社の報酬額を紹介したい。
グーグル:駆け出しでも1820万〜3920万円
開発者向け年次カンファレンス「Google I/O 2023」で登壇するアルファベット(Alphabet)のサンダー・ピチャイCEO。
Levels.fyiの直近のデータによると、グーグル(Google)のAIエンジニアの年収中央値は25万4701ドル(約3566万円、1ドル140円換算、以下同)。株式報酬を除く基本報酬だけでも20万ドル近くになる。
グーグルのエンジニアのジョブレベルはレベル3からスタートするが、その「駆け出し」レベルでも年間報酬総額は13万〜28万ドルになると推計される。
シニアレベルのエンジニアになると、株式報酬を含めて最低30万ドル、最高70万ドル(約9800万円)以上の報酬が期待できる。
あるAIエンジニアがInsider編集部に語ったところでは、最近グーグルからレベル6のポジションで基本報酬26万5000ドル、株式報酬と目標達成ボーナスが27万ドル、合計53万5000ドル(約7490万円)のオファーを受けたという。
グーグルは今年1月に1万2000人規模のレイオフを発表する以前から、ほとんどの新規採用を凍結してきたものの、AIエンジニアは別枠で採用を継続するとしており、実際、現在もAI関連業務の経験を必要とする数百のポジションを採用ページに掲載している。
マイクロソフト:プリンシパルで年収5600万円以上
マイクロソフト(Microsoft)のサティア・ナデラCEO。
Sean Gallup/Getty Images
今年初めにOpenAIに数十億ドル規模の投資を行ったマイクロソフト(Microsoft)も、AIエンジニア争奪戦の最前線で奮闘する。
Levels.fyiのデータによれば、マイクロソフトはプリンシパルクラスのエンジニアに年間40万ドル(約5600万円)以上の報酬を提供している。
それより下のレベル5エンジニアで職務経験が8年の場合、年収の範囲は13万〜25万ドル(約1820万〜3500万円)で、これはLevels.fyiへの投稿からも裏付けられている。基本報酬は20万ドル近くになることが多く、さらに数万ドルの株式報酬が上乗せされる。
マイクロソフトは、AIを専門とする数百人のエンジニアを募集しており、多くの職種では生成AIの開発経験があることが望ましいと明記されている。
アップル:スタートラインは2800万〜3500万円
年次開発者会議「WWDC 2023」でプレゼンテーションするアップルのティム・クックCEO。
Justin Sullivan/Getty Images
アップル(Apple)は生成AIに関してほぼ沈黙を守っている。
しかし、同社は音声アシスタント「Siri(シリ)」や写真アプリなど多くの製品にAIを搭載してきた。
年次開発者会議「WWDC 2023」では、ChatGPTなど対話型AIの基盤技術である「Transformer(トランスフォーマー、自然言語処理のための深層学習モデル)」を活用したiOSのオートコレクト(自動修正)機能のアップデートも発表している。
グーグルと同様、アップルでもエンジニアのジョブレベルはレベル3から始まる。同社AIチームのレベル3のエンジニアは基本給が年間約16万ドル(約2240万円)、総報酬は約20万〜25万ドル(2800万〜3500万円)を期待できる。
Levels.fyiのデータによれば、レベル4と5のエンジニアの年間報酬は33万〜50万ドル(約4620万〜7000万円)に達する。基本給は20万ドル台前半、株式報酬は10万ドルを超えることが少なくないと報告している。
同サイトへの最近の投稿によると、レベル4の機械学習エンジニアがアップルから受けた条件提示は、基本給23万5000ドル、株式報酬とボーナスが27万ドルで、計50万5000ドルだった。
アップルの求人サイトには、AIおよび機械学習に関連する100以上のポジションが掲載されている。
メタ:シニアエンジニアの最高年収は2億8000万円
米連邦議会の公聴会で証言するメタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグCEO。
Erin Scott/Reuters
メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)のソフトウェアエンジニアは、エントリーレベルのレベル3から始まり、最上級はレベル8となる。
Levels.fyiのデータによると、AI・機械学習エンジニアに対する最近のオファーはレベル4以上から始まり、報酬の中央値は36万477ドル(約5046万円)となっている。
レベル4のリサーチサイエンティストに対する直近の提示条件は、基本給17万ドル、株式報酬8万ドル、目標達成ボーナス1万5000ドルなど、総酬総26万5000ドル(約3710万円)だった。
メタの報酬体系に詳しい関係者によると、シニアレベルの機械学習エンジニアはレベル6の50万ドル(約7000万円)から、経験年数が最も長いレベル7と8のエンジニアでは150万〜200万ドル(約2億1000万〜2億8000万円)という高額報酬を期待できる。ただし、このレベルに達するエンジニアはごく一部にすぎない。
メタの報酬パッケージは株式報酬の比率が高いのが特徴で、シニアレベルのエンジニアの現金報酬は一般的に30万〜40万ドル程度、残りは一定期間の譲渡制限が付いた株式で支給される。
メタの求人サイトには、AIチームの200以上の募集職種が掲載されており、その多くは生成AIに関連するものだ。
例えば、AI専門のデータサイエンティストで最低4年の職務経験を持つ人材では、株式報酬や福利厚生を除く年収の範囲が13万4000〜19万4000ドル(約1876万〜2716万円)となっている。
アマゾン:トップレベルの報酬は競合他社に見劣り
アマゾン(Amazon)のアンディ・ジャシーCEO。
Michael Buckner/Variety via Getty Images
アマゾン(Amazon)は、スマートアシスタント「アレクサ(Alexa)」を筆頭に、機械学習を利用した製品の開発を長年続けてきた。
しかし、マイクロソフトやグーグルに匹敵するような生成AI戦略は現時点では明らかにされていない。
その代わりに、同社クラウド部門のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を通じて、他社の大規模言語モデルを利用できるようにしている。
同社はOpenAIに対抗するため、独自の大規模言語モデル開発を進めているが、まだ完成度は低いとブルームバーグ(5月24日付)は報じている。
アマゾンのエンジニアもメタと同じように、株式報酬の比重が大きい。Levels.fyiに掲載されている報酬条件を見ると、機械学習とAIを専門とするエンジニアは、基本報酬約20万ドル、株式約12万ドルで総報酬が最大30万ドル(約4200万円)程度というのがモデルケースだ。
アマゾンのアレクサ部門で働くある現役従業員はInsider編集部の取材に対し、修士号を取得して入社したAI人材はレベル4の機械学習エンジニアまたはデータサイエンティストとしてスタートし、年収は約18万ドル(約2520万円)になると語った。
博士号取得者の年収は一般的に、25万〜30万ドル(約3500万〜4200万円)からスタートする。最高レベルのエンジニアは35万〜50万ドル(4900万〜7000万円)と間違いなく高額だが、競合他社に比べるとやや見劣りする。
競合他社との人材確保競争を勝ち抜く必要があることを考えると、アマゾンは今後報酬を引き上げなければならないかもしれない。
なお、ここで例に挙げた報酬額は、アマゾンが大量解雇に着手する前の2022年の数字なので注意されたい。
エヌビディア:AIエンジニアの報酬中央値は3990万円
エヌビディア(Nvidia)のジェンスン・フアンCEO。革ジャンがトレードマーク。
Mandel Ngan/AFP/Getty Images
米画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)は生成AIブームを追い風に株価が急上昇。5月下旬に時価総額1兆ドルの大台を超えた(競合するインテルの時価総額は1280億ドル)。
エヌビディアの求人サイトとLevels.fyiから集計したデータによると、AIと機械学習を専門とするエヌビディアのソフトウェアエンジニアは、基本給と株式報酬を合わせた総報酬の中央値が28万5000ドル(3990万円)となっている。
現金と株式報酬の組み合わせはさまざまだが、現金の比重が大きく、基本給の中央値は20万ドル台前半となっている。
エヌビディアの時価総額は売上高の4倍近くに膨らんでおり、株価収益率(株価が1株当たり純利益の何倍まで買われているかを示す指標)は200倍を超えている。投資家の期待に応え、高い株価を維持するためには、引き続きAI関連の需要を取り込んでいく必要がある。
エヌビディアの求人サイトには、機械学習に関する150近くの募集職種が掲載されている。
OpenAI:株式報酬重視の高待遇で人材を引き抜き
OpenAI(オープンエーアイ)のサミュエル・アルトマンCEO。
Win McNamee/Getty Images
OpenAIは株式報酬を重視しており、現役従業員の証言によれば、新入社員でも現金報酬の2〜3倍の株式ユニット(一定期間経過後に自社株が付与される仕組み)を提示されることがあるという。Levels.fyiのデータもそれを裏付ける。
Levels.fyi以外の転職情報サイトに掲載されている報酬パッケージにも株式重視の傾向が反映されていて、多くのエンジニアが30万ドル(約4200万円)程度の現金報酬に加え、50万〜70万ドル(7000万〜9800万円)の株式報酬を受け取っているようだ。
ジョブレベルがレベル6、7年の職務経験を持つあるエンジニアは、基本給が37万ドル(約5180万円)で、株式報酬は100万ドル(1億4000万円)近いと、Levels.fyiに投稿している。
OpenAIはグーグルや他のテック企業大手から経験豊富な人材を引き抜いており、手厚い報酬は人材獲得戦略の一環と考えられる。
同社は非公開企業だが、マイクロソフトからの「複数年にわたって数十億ドル」(今年1月23日発表)の追加投資を含めれば、すでに100億ドル超の資金調達に成功していることになる。
OpenAIのウェブサイトには、40以上の募集職種が掲載されている。
リサーチエンジニア(研究職)の場合、基本報酬は20万〜37万ドル(約2800万〜5180万円)、さらに別途、株式報酬と手当の支給が期待できる。ほとんどの企業と同じように、同社も従業員に支給する株式の種類(普通株か種類株かなど)を公表していない。
OpenAIの未公開株に対する需要は依然として旺盛で、4月にはアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)やセコイア・キャピタル(Sequoia Capital)などベンチャーキャピタルを対象とした株式の売り出しを行い、4億9500万ドル(約690億円)を調達した。