日本の家計は「弱い円」を捨て「強い外貨」に乗り換えるのか。本当の円安リスクはその先に…

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2023年は春先以降、再び円安が進み、足元では140円前後の年初来高値圏で推移している。その背景にあるのは……。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

1年前の寄稿『円安、資源高…資産防衛必須の日本で「外貨建て運用」が合理的手段と言える理由』(2022年6月29日付)で、筆者は「家計部門が外貨運用に本腰を入れる展開になれば、円相場は大きく動く余地がある」とした上で、いわゆる「家計の円売り」が円相場の抱える最大の潜在リスクだと指摘した。

その後、2022年10月には152円付近まで円安・ドル高が進み、年明け1月にかけて127円まで戻したものの、本稿執筆時点では再び140円付近の年初来高値圏での取引が続いている。

このような「しつこい」円安相場の原因をどこに求めるかは識者により見方が異なるものの、筆者は昨年来一貫して、円相場を取り巻く基礎的な需給環境の変化から目を逸らすべきではないと主張してきた。

需給はざっくり言って、円を買いたい(需要)もしくは売りたい(供給)経済主体がどのくらいいるかというバランスの話なので、日本と海外の全ての経済取引を把握できる財務省の国際収支統計をベースに考えるのが基本だ。

しかし、日本の場合は、家計の金融資産構成の動きに目を向けることにも重要な意味がある。我が国の家計が抱える金融資産は2000兆円にも及ぶため、その構成に少しでも変化が起きれば、大きなインパクトになり得るからだ。

現状、家計の金融資産は97%が円建てで、55%が現預金の形で保有されている。その気になればリスクテイクに動く余地は大きく、それが外貨建ての資産に向かった場合、円相場に影響を与える展開が容易に想像できる。

下の【図表1】に示すように、2022年12月末と2000年3月末の家計の金融資産構成を比較してみると、直近も「外貨性資産」の占める割合は3.1%とまだまだ小さいものの、およそ20年前の0.9%からは伸びが感じられる。投資信託を通じた外貨投資が5.3兆円から37.1兆円へと顕著に増えたことも注目される。

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【図表1】日本の家計部門の金融資産構成の変化(2000年3月末〜22年12月末)。

出所:日本銀行「資金循環統計」から筆者試算・作成

日本の家計の金融資産が外貨建て資産に向かう可能性というのは、単なる筆者の憶測や懸念ではない。

1カ月前の日本経済新聞(2023年5月1日付)は、『外貨資産「増やした」4割 若手投資家、日本より米国株』と題し、若年層ほど外貨建て資産の比率を増やしている現状を報じている。

冒頭で紹介した過去の寄稿にもあるように、筆者はかねてよりこうした「家計の円売り」の動きこそ、円相場ひいては日本経済が抱える最大のリスクではないかと考えてきた。

前出の日経記事では、「外国企業の方が日本企業よりも期待リターンが高いから」「右肩上がりの成長が不可能となり、日本株を長期で保有するにはリスクがある」といったアンケート結果や個人投資家のコメントが紹介されており、若年層の意識が日本と海外の成長格差に向けられている現状が透けて見える

こうした「国内から海外へ」という資産運用の動きは今日始まったものではなく、過去数年の潮流と言える。

実際、投資信託経由の株式売買動向を見てみると、2015年以降じわじわと買いが積み上がっていく外国株式に対して、国内株式に対する意欲は低迷が続いており、特に2019年以降については国内株式から海外株式への持ち替えが進んでいるようにも見える【図表2】。

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【図表2】投資信託の株式売買(国内株式と外国株式、2012年3月以降の累積)。

出所:投資信託協会資料より筆者作成

「弱い円、強い外貨」が変える家計の意識

実際、日本の家計の金融資産が外貨建ての資産にシフトしていく可能性はあるのか。その点を見通す上で考えておきたいのが、「弱い円」という現実だ。

過去の寄稿『「安すぎる日本」が呼び込む外国人観光客。人手不足の悲鳴聞いても、外貨が欲しい日本経済の実情』でも論じたことだが、いま日本が海外に対して持つ購買力はこの上なく弱まっている。

半世紀ぶりの安値が続く「実質実効為替相場」(諸外国の通貨に対する日本円の価値もしくは競争力を表す「名目実効為替相場」に、外国との物価格差を加味した指標)を見ると、日本円の相対的実力の低下、つまりは海外に対する購買力の凋落(ちょうらく)ぶりがよく分かる【図表3】。

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【図表3】円の実効為替相場と長期平均の推移。紫線が「実質実効為替相場」、青細線が「名目実効為替相場」。

出所:国際決済銀行(BIS)資料より筆者作成

円の購買力が弱いからこそ、海外から輸入される財の価格が押し上げられ、毎日のように値上げが報じられる足元の状況が生まれている。

一方で、海外から日本へやってくる訪日外国人観光客(インバウンド)は、「弱い円」の裏返しである「強い外貨」を追い風に、旺盛な消費・投資意欲を発揮し続けている。

前回の寄稿でも引用した実例だが、5月18日付の日本経済新聞は「『横浜 なだ万』訪日客向けコース、日本人の倍額でも好調」と題し、有名和食店が従来日本人向けに提供していたコースの最高料金3万2100円の倍となる6万5000円のコースをインバウンド向けに用意していることを報じている。

読者の方々の中にも、家族で国内旅行を計画した際、宿泊予約サイトを見ながら「こんな高いホテル誰が泊まるのか」「どうせ外国人向けだろう」といった会話をした経験のある人は多いのではないか。

そうした会話は、要するに「弱い円」と「強い外貨」という現実に対する一種の諦(あきら)めを前提としていて、もう一歩踏み込んで言えば、日本人が「円で買えるものはもう少なくなっている」と(無意識にでも)感じている証左とも言える。

それでも、名目賃金の伸びに物価上昇を上回る勢いが出てくるようなら話は違うのだが、大きな望みは持てない。

厚生労働省が6月6日に公表した4月の実質賃金は前年比で3.0%低下し、13カ月連続で減少した。企業の賃上げは物価上昇に追いついておらず、日本人の懐事情は確実に貧しくなっている。

そうした状況が続けば、金融資産を「弱い円」ではなく「強い外貨」で持とうと考える人が増えていくのは、至って自然な流れではないだろうか

外貨建て資産へのシフトは「運用」ではなく「防衛」

日本の家計が円建ての金融資産を外貨建てに置き換えていく動きは、一見「貯蓄から投資へ」のシフトにも見えなくはない。しかし、筆者はそうした見方には違和感を覚える。

「貯蓄から投資へ」というスローガンが持つ意味合いは、資産運用を通じて保有資産を増やしていこうという「攻め」の姿勢転換のはずだ。だからこそ、成長戦略の中で議論される意味もある。

しかし、日本人の諦めに起因する「弱い円」から「強い外貨」への動きは、資産運用というより資産防衛の意味合いが強く、保有資産が減らないようにしようという「守り」の姿勢転換だ。

攻めるにせよ守るにせよ、本稿で指摘したように「弱い円」の状況が続く中で、日本人が今後も円建て資産を柱に金融資産の運用を続けていくと考えるべき根拠はどこにもない。

そうであるなら、「家計の円売り」を最も大きな円安の潜在リスクと考えざるを得ないし、少なくとも筆者は引き続きそのつもりでウォッチを続けていく考えだ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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