AI動画作成のスタートアップ、シンセシアの共同創業者。同社のバリュエーションは約10億ドル(約1400億円)と見積もられている。
Synthesia
ウォーレン・バフェット(Warren Buffett)はAIを原子爆弾の発明になぞらえているが、ベンチャーキャピタリスト(VC)たちはAI分野への参入を望んでいる。
OpenAIのChatGPTが史上最速で成長したインターネットアプリとなって以来、VCたちはAIブームで収益を上げられる可能性があるスタートアップを探し当てようとピボットを試みている。
投資家同士がわれ先にと競い合っているため、スタートアップが収益の道筋を示せていないに等しい状態であっても、バリュエーションは上昇する傾向にある。このことは、2022年11月にChatGPTが公開されて以降、OpenAIのライバルと目される企業が相次いで大規模な資金調達を実現していることからも明らかだ。目下、投資家たちがOpenAIにつけている評価額は約270億ドル(約3兆7800億円、1ドル=140円換算)にのぼる。
ロンドンのVCファンド、ブロッサム・キャピタル(Blossom Capital)のパートナーであるイムラン・ゴリー(Imran Ghory)は、このラッシュについて次のように語る。
「プレミアムが出ていますが、納得できる部分とそうでない部分があります。
資金調達の際に誇大宣伝がなされている場合は、『果たして収益につながるのか』という点が問題です。確かに爆速で成長している企業もあって、実際に需要があるものを解決しているならプレミアムはある程度納得がいきます。しかしどの程度のプレミアムが適正なのかという点については議論の余地があります」
どんな企業が注目されているのか
OpenAIの元社員たちが創業したアメリカ発の企業アンスロピック(Anthropic)は、電子メールを書くなどの作業を行うバーチャルアシスタントを作ることができる、AIの自己学習のためのアルゴリズムを開発している。
同社は最近、41億ドル(約5700億円)のバリュエーションで4億5000万ドル(約630億円)の資金調達をしたと発表した。
そのほか、アデプト(Adept)、インフレクションAI(Inflection AI)、パインコーン(Pinecone)、ランウェイ(Runway)といったアメリカの生成AIスタートアップが、ここ数カ月で大規模な資金調達を実現している。
欧州では、グーグルのディープマインド(DeepMind)やメタ(Meta)出身のリサーチサイエンティストたちが設立した、フランス発のミストラル(Mistral)が資金調達に向けた話し合いを行っている。この企業はほとんど知られていないが、同社が欧州版OpenAIになると期待する投資家たちが押しかけている。
AI動画作成のシンセシア(Synthesia)は2017年に設立され、バリュエーションは今や10億ドル(約1400億円)になると見られている。テキスト読み上げのイレブンラボ(ElevenLabs)は2022年に創業したばかりだが、バリュエーションは1億ドル(約140億円)とされ、すでに資金調達が決まっている。
ドイツのAIスタートアップ、アレフアルファ(Aleph Alpha)は、大規模言語モデルの制作や自然言語処理の開発も行っており、大型の資金調達の話が進んでいる。
“冬の時代”でもAI分野からはユニコーン誕生
2022年通年で見ると、AIスタートアップの資金調達はわずかに後退した。これはテック業界全体で低迷する資金調達事情に引っ張られてのことだ。
しかし2022年11月にChatGPTが表舞台に登場すると、資金調達は回復の兆しを見せた。ディールルーム(Dealroom)のデータによると、スタートアップが2023年第1四半期に調達した額は249億ドル(約3兆4900億円)と、前年同期の234億ドル(約3兆2800億円)を上回った。
ピッチブック(Pitchbook)によると、アーリーステージにある生成AIスタートアップに特化したVC投資額は、2023年第1四半期に17億ドル(約2400億円)を突破した。
アルビオンVC(AlbionVC)のパートナーであるデイビッド・グリム(David Grimm)は、「『これから生成AIにつぎ込むぞ』なんて1年前には誰も言っていなかった」と言い、アーリーステージのAIスタートアップは、確立された他の分野より魅力的に見えると付け加えた。
エア・ストリート・キャピタル(Air Street Capital)のパートナーであるネイサン・ベネイク(Nathan Benaich)によると、経済が低迷するなか、投資家たちは「クラウドプロバイダーのようなサービスを提供することになるとの見方から」、OpenAIやアンスロピックといったトッププレイヤーに投資しようとしているという。
AIが人類を滅亡させることを懸念
ベネイクは、「過熱するディール活動」のなかAIスタートアップへの投資戦略は今も進化しているが、VCは汎用的なユースケースよりも特定分野にAIを応用する取り組みに賭け始めていると指摘する。
欧州のスタートアップは、資金確保において米国のライバルの後塵を拝しているが、防衛、国家安全保障、技術的主権など、企業が不足している分野に注力することで大きなチャンスを見出せるかもしれないとベネイクは言う。
AI研究における欧州の能力は米国を上回っており、スタンフォード大学の報告によると、2010年から2021年の間にAI専門学術誌に掲載された論文は、米国の10%に対し、欧州とイギリスの研究者によるものが15%だった。しかし、大陸におけるより広範なAI人材のプールに関しては欧州は米国に後れをとっており、リンクトイン(LinkedIn)の報告によると、米国はAIスキルを持つ専門家を欧州の2倍以上雇用している。
普段は楽観的なVCたちが、AIのリスクについて思いをめぐらせている。ジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)などこの分野の第一人者の多くが、AIが人類に脅威をもたらすおそれがあると警告している。
アルビオンVCのグリムは次のように言う。
「人類を滅亡させるようなAIに投資したい人などいません。それは、すべての投資家が懸念しなければならないことです」