生成AIが人のクリエイティビティを高める。アドビがAIを「副操縦士」と捉える理由

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「私たちの生活を変えるかもしれない」。そのような期待感の反面、あまりに急激な進化と革新性から危惧する声さえ上がっている「ジェネレーティブ(生成)AI」。画像や文章、楽曲、プログラムコードなどを自動生成するAIである。いまや話題に上らない日はないほど注目を浴びており、ことビジネスにおいては、そのインパクトを認識し、活用のシナリオを描く必要があるだろう。

クリエイター向けのツールという認識も根強いAdobe(アドビ)がどのようなAI戦略を考えているのかを紐解いてみると、非クリエイターにとっての活用の糸口も見えてきた。

著作権侵害のリスクに対応した画像生成AI「Adobe Firefly」

祖谷考克氏

アドビのDXインターナショナルマーケティング本部 本部長で、かつてはアドビ デジタルストラテジーグループを立ち上げ、経営視点からの中期的なデジタル変革の戦略策定を支援してきた祖谷考克(そたに・たかよし)氏。

海外と比較すると生成AIのビジネス活用がなかなか進まない日本。その理由を祖谷氏は、こう考える。

「文章生成AIは、業務情報をインプットすることによる情報漏洩の懸念などから慎重になっていると思います。画像生成AIは、著作権侵害リスクへの懸念が大きい。どういった画像をラーニングデータに使っているか分からず、ダイレクトにクリエイターや企業の知的財産を侵害する可能性があります。企業が商用利用をする際、これは大きなリスクです」(祖谷氏)

つまり、生成AI、特に画像生成AIを活用するには、ラーニングデータの信頼性が欠かせないのだ。アドビでも画像生成AI「Adobe Firefly(アドビ ファイアフライ)」のベータ版を一般開放したばかりだが、その信頼性はどのように担保しているのだろうか。その問いに祖谷氏は、「Adobe Stock」の存在を挙げた。

「Adobe Stock」とは、ストックフォトサービスだ。高品質なロイヤリティフリーの写真、ビデオ、イラスト、ベクター、3D、テンプレートを厳選しており、デザイナーや企業、教育機関、官公庁向けに提供。あらゆるクリエイティブプロジェクトに利用できる。

Adobe Summit 2023

Cap)2023年3月21日から23日までの3日間アメリカ・ラスベガスで開催された「Adobe Summit 2023」でも「Adobe Firefly」は大々的に紹介された。

撮影:小林優多郎

「『Adobe Firefly』は、『Adobe Stock』をベースに、オープンライセンスやパブリックドメイン(著作権の期限が切れている状態)のコンテンツなどをラーニングデータとして使っています。つまり、生成されたコンテンツが著作権を侵害する可能性が極めて低いということ。加えて、ポリティカル・コレクトネス(偏見や差別を含まない中立な表現)への配慮も行っており、暴力的、差別的なテキストを入力した場合は作画を拒否するようにプログラムされています」(祖谷氏)

著作権やポリティカル・コレクトネスに配慮することで、ビジネスシーンでも使いやすい生成AIとなった「Adobe Firefly」。一見、クリエイターに向けたソリューションだと思われがちだが、それだけに留まらない。特に実力を発揮しそうなのが、マーケティング領域だという。

生成AIがもたらす変化1)パーソナライズされたコンテンツの大量作成

提供:アドビ

アドビの調査(※)によると、デジタルマーケティングの隆盛により、過去2年で企業が作成するコンテンツのニーズは2倍になった。しかし、この先2年で、そのニーズはさらに5倍に増える予想だ。祖谷氏は、「ある調査では、1人が1日に消費するコンテンツの平均時間は8時間にも及びます」と語る。当然、迅速かつ大量にコンテンツを制作する必要が出てくるが、「Adobe Firefly」を始めとした生成AIは、この課題を解決する一助になるという。

※Adobe CSC Global Research

「例えば、ユーザーが住んでいるエリアによってバナー(広告や宣伝のためにWeb上で使われる画像)の背景を変えたい場合、都市部なのか郊外なのかといった、それぞれの地域性を活かした背景を『Adobe Firefly』で一気に制作することができます。また、文章生成AIを活用すれば、地域性に応じたキャッチコピー制作も可能。クリエイターに依頼、確認、修正するといったプロセスを短縮でき、ユーザーのニーズに合わせて迅速に届けることができるようになります」(祖谷氏)

すでに海外では、サイトを訪れたユーザーに対して、パーソナライズされたコンテンツを提供する取り組みは当たり前だ。数多くのコンテンツが必要なれば、それだけ制作に手間や時間がかかるが、生成AIを活用することで課題を解消。マーケターはより顧客に対してどういったサービスを提供するべきか考えることに時間とリソースをかけ始めているという。

生成AIを活用することで、マーケターもクリエイターも本来、自分たちがやるべき価値の創造にフォーカスができ、結果的にユーザーにより良い体験を提供できるようになります。その結果、企業とユーザーの関係性も良くなり、売上も上がる。そういったWin-Winな状況を作る上で、生成AIは大きな可能性を秘めていると思います」(祖谷氏)

海外の大手動画配信サービスなどは、日本国内でも同じ思想でパーソナライズされたデジタルコンテンツを提供している。祖谷氏は「そのレベルの便利さが当たり前になってくると、ユーザーの期待値は当然、高まります。日本のブランドと海外のブランドが提供する体験価値に乖離が生まれてくるリスクをしっかり捉える必要がある」と警鐘を鳴らす。しかし、残念ながら、海外との日本の差は歴然だ。

「海外のマーケターが日本の取り組みを聞くと、10年ぐらい前にやったことだよね、という反応を示します。海外ではテクノロジーを活用したパーソナライゼーションが進んでおり、デジタルとリアルを統合して、1つのユニークIDをユーザーに振り分けてあらゆる接点で顧客体験を管理しているブランドがどんどん現れてきています。日本では、そのレベルの顧客体験管理を実現できているブランドはまだまだ少ないのが現状です。」(祖谷氏)

生成AIがもたらす変化2)コンテンツサプライチェーン革命

マーケティング、特にコンテンツを使ったデジタルマーケティングで遅れをとっている日本だが、遅れを取り戻す絶好のチャンスになるかもしれない。だが課題がある。

「マーケティングにおけるコンテンツ活用において必要なプロセス、つまり計画、制作、配信、分析において、異なるソフトやアプリ、ツールを使い分け、属人的に対応しているのが現状で、ここを改善しないとこれから高まるコンテンツ需要に対応することは非常に困難といえます」(祖谷氏)

マーケティングに必要な計画、制作、配信、分析は、「コンテンツサプライチェーン」と呼ばれる。前述した「Adobe Firefly」の活用は、制作部分の話だ。マーケティング全体をアップデートさせるには、このコンテンツサプライチェーンが重要になる。

「コンテンツサプライチェーンといっても、難しいことではありません。メーカーが製造する製品にもサプライチェーンがあるように、コンテンツでもそれぞれに段階があり、全体の最適化が必要になります。しかし、日本のコンテンツサプライチェーンは、メーカーのサプライチェーンマネジメントと違い最適化されていません。今後、マーケティングのパーソナライズに伴い多くのコンテンツが求められるなか、今のままだと破綻してしまうでしょう」(祖谷氏)

提供:アドビ

そういった事態に陥らないため、アドビは生成AIも活用しながら、各段階で発生する業務を手助けして、全体を最適化するソリューションを提供している。

生成AIがもたらす変化3)副操縦士として人のクリエイティビティを高める

コンテンツサプライチェーンに大きな革新を起こそうとしている生成AI。あるマーケターは祖谷氏に、「生成AIがこのまま進化を遂げた将来、マーケターの仕事はどうなるのだろうか。AIに置き換えられるのではないか……」と不安を吐露したという。しかし、祖谷氏はこう考える。

「アドビは、AIをクリエイターやマーケターをサポートする役割、いわば副操縦士と捉えています。生成AIは人に置き換わるものではなく、人そのものが持つクリエイティビティや知性をアンプリファイ(増幅)させて可能性を広げてくれるという認識。副操縦士として、我々が行きたいところに向かえるようにサポートしてくれる存在だと思います。例えば、マーケターでいえば、大きなキャンペーンなどゼロから生み出さなくてはいけないとき、人は価値の創造にしっかりと時間を取るべき。その時間を作り出してくれるのが、生成AIではないでしょうか」(祖谷氏)

「人」に重きを置き、その創造性を引き出すサポートを目指すアドビ。そのために最先端テクノロジーを提供し続けているが、もう一つ、自らに課している役割がある。それは、「コミュニティ」の形成だ。さまざまなマーケターやクリエイターにソリューションを提供しているアドビだからできることだろう。

「アドビはユーザーのコミュニティを大事に育てて、支援していきたいと考えています。その中の一つの取り組みとして、従来の製品ごとのコミュニティに加え、企業のマーケターやマネジメントとして同じ悩みを持っている方同士が話をできて、顧客体験で企業の成長を牽引する場所として、『Adobe User Group』を発足させました。また、学びや気付きを与えるサイト『みんなのデジタルエンゲージ』では、全てに人に向けて情報を発信しています。いずれは、海外の企業を驚かせるような顧客体験を一緒に作れればいいですね」(祖谷氏)

祖谷氏は、「まず生成AIに触って欲しい」と力を込める。「Adobe Firefly」はβ版を公開しており、申請すれば無料で使用することができる。

「触れてみれば、肌感覚として理解が深まります。その上で、自分たちの仕事やマーケティングにはどう使えるのか、どういったサービスにつながるのか、やりたいことをどう実現できるのかを考えてほしい。自分の夢、理想を叶えるために、生成AIを副操縦士として隣に座らせて目的地を目指してください」(祖谷氏)

生成AIは、日本のマーケティングをアップデートさせ、より高い顧客体験管理を実現する大きなきっかけになるかもしれない。この潮流に乗り遅れないためにも、まずは自らの目で見て、触り、試してみる必要があるだろう。


Adobe Fireflyの詳細についてはこちら

Adobeが展開するnote「みんなのデジタルエンゲージ」についてはこちら

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