透明書店共同創業者の岡田悠氏、岩見俊介氏、AIエンジニアの木佐森慶一氏。
撮影:杉本健太郎
ECの普及に伴い、次々と書店がなくなっていく街の本屋さん「冬の時代」に、24時間営業で売り上げ10%増を達成した書店がある。出版取次大手トーハングループの山下書店世田谷店は2023年3月から24時間営業、19時以降の無人営業を始めた。
さらにクラウド会計ソフトのfreeeはこの4月、蔵前に「透明書店」をオープン。ChatGPT(チャットGPT)を使ったAI店員による接客を売りに異業界から書店業に参入した。
こうした新たな取り組みは、街の本屋さん生き残りの鍵となるのか。各書店を取材した。
住宅街でも「夜の書店」はニーズがある
24時間営業の山下書店世田谷店。最寄り駅は東急世田谷線の松陰神社前駅。
撮影:杉本健太郎
首都圏に山下書店を5店舗展開するトーハンは、「もともと夜間を有効活用したい思いはあったが、人件費の面から難しかった」(トーハン・大塚正志氏)という。コスト削減などの取り組みにも限界を感じていた2022年3月に、小売店向けDXソリューションを提供するNebraskaから「MUJIN書店」の売り込みが来たという。
「MUJIN書店」はLINE認証での入店システムと、電子決済のセルフレジをパッケージした書店の無人営業を可能にするソリューションだ。導入まで1年をかけ、2023年3月から夜19時以降の無人営業を実証実験としてスタートした。
19時以降はサイネージに表示されているQRコードを読み取って入店する。山下書店公式アカウントを友だち登録する必要がある。
撮影:杉本健太郎
無人営業に伴い、防犯カメラを大幅に増設しセキュリティを高めた。幸い今のところ万引きなどの被害は確認していないという。
実証実験では手応えを感じている。導入後の4月の売り上げは前年比で10%アップし、入店に必要なLINEの公式アカウント友達登録数は1800まで増えた。
QRコードを読み取り。
撮影:杉本健太郎
スマホでこのように表示されれば入店できる。
撮影:杉本健太郎
既に他の書店からも導入に関する問い合わせが
実証実験は7月末までの予定だが、結果次第では山下書店だけでなく、「取引先の他の書店にもノウハウを提供したい」と大塚氏は話す。すでに多数の問い合わせが来ているという。
私も実際に無人営業になってからの山下書店を訪れてみたが、誰もいない夜の書店に自分だけがいるのはとても不思議で魅力的な時間だった。誰の目も気にすることなくじっくり本を選べるのはとても贅沢な体験だ。
19時以降はセルフレジで、決済はキャッシュレスのみになる。現金を置かないのは防犯と機材トラブル予防のため。
撮影:杉本健太郎
こちらもQRコードの読み取りが必要。
撮影:杉本健太郎
しばらく山下書店に滞在してみると、親子が複数来店したのが印象的だった。24時間営業なら、子どもが本を欲しがった時に土日まで待たなくても、仕事から帰った後に連れていける。
freeeが手がける「透明書店」、AI店員も登場
透明書店のロゴになっているAIクラゲ。
提供:freee
異業界から書店業に参入した注目の事例もある。
副業をしている人やフリーランスにおなじみのクラウド会計ソフト「freee」を手掛けるフィンテック企業のfreeeが設立したグループ会社「透明書店」が、この4月に東京・蔵前に書店をオープンした。
正直な話、「freeeが書店をオープンする」と聞いた時、私は思わず自分の耳を疑った。あまりにもイメージがかけ離れていたからだ。
透明書店共同創業者の岩見俊介氏に率直に疑問をぶつけると、
「書店を選んだ理由は、個性的な『独立系書店』が世界的に増えているから。 他の書店と差別化できるし、スモールビジネスの良さを出しやすい。実際に在庫を抱え、モノを扱う仕事はデジタルで完結するfreeeと真逆だから良いと思った。紙のスリップで在庫管理したり、注文にFAXを使うアナログな世界なので、変革を起こす余地があると思った」
と理由を語ってくれた。
透明書店の特徴の一つはAIの活用だ。
店頭に設置されているAIクラゲ。対話することで店内のオススメ本を教えてくれる。
撮影:杉本健太郎
ChatGPTを搭載したクラゲのAIとの対話によって、オススメ本がレコメンドされる。
オープンから1カ月経っての反響を尋ねると、「思ったよりお客さんが“生き物”としてAIクラゲに接している。AIクラゲとのやりとりそのものを楽しんでいる」(岩見氏)ようだ。子どもがAIクラゲと遊ぶような光景も見られるという。
ゆくゆくは「AIクラゲを副店長のような存在にしていきたい」(岩見氏)そうで、「店長にとってもお客さんにとっても頼れる相棒のような存在にして、経営の相談もできるようにしたい」(岩見氏)という野望がある。
気になる売り上げと集客は「今のところ想定通り」(岩見氏)。来店するのは20~50代の男女が半々。家族連れが来ることもあるため、絵本コーナーを作ったという。
経営状態もさらけだす、新しいアプローチ
コンセプトの「透明」は外観にも表れている。
提供:freee
透明書店の「透明」という名前には、経営状況を透明にするというコンセプトが込められている。
30分ごとの売り上げをAIクラゲの元気度で可視化。本が売れるとクラゲが元気になっていき、本が売れてないとクラゲが弱っていく。AIクラゲは感情豊かで、来店者が思わず「クラゲを元気にするために本を買ってあげよう」という気分になることを狙う。
ネット書店にも本のレコメンド機能はあるものの、そこに「対話」という作業はない。生きているような「キャラクター」がこちらに語りかけてくる体験によって、購買モチベーションが全く違ってくると感じた。