beeboys / Shutterstock.com
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
5月に第1四半期決算を発表した楽天ですが、その決算説明資料に掲載された楽天モバイルの収益化イメージのグラフが「ふわっとしすぎ」などとSNSで話題になりました。これを見た入山先生は「決算説明資料としては失格」と一刀両断。では、業績が低迷する中でも投資家の信頼を勝ち得るには、どんな情報発信が必要なのでしょうか?
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:22分39秒)※クリックすると音声が流れます
楽天モバイルの謎のグラフ、クックパッドのポエム
こんにちは、入山章栄です。
企業にとって決算発表というのは、投資家との対話の重要な機会。業績がいい会社はそのまま発表すればいいけれど、問題はそうでない会社が発表に向き合う姿勢です。
BIJ編集部・常盤
先日、楽天の四半期決算発表があり、その資料の中のグラフがちょっとした話題になっていました。楽天モバイルの収益化イメージをグラフにしたものですが、縦軸も横軸もなく、ただ「今後、営業利益は増えていくでしょう」という右肩上がりの矢印が描かれているだけ。SNSでも突っ込まれていましたが、入山先生もご覧になりましたか?
(出所)楽天グループ「2023年度第1四半期決算説明会 CEOグループ戦略」p.87より。
はい、見ました。偉そうで申し訳ないけれど、ちょっと厳しいことを言うと、このグラフは決算説明資料として失格だと思います。
楽天モバイルがいま厳しい状況にあるのは間違いありません。同社のみなさんががんばっているのを承知の上であえて言わせてもらえば、いまこの事業はあまりにも勝ち筋が見えない。もはや事業を売却しようとしても買い手も見つけるのが難しいと思うので、撤退の道筋も見えにくい。個人的な意見ですが、三木谷さんがどこかで白旗を揚げて清算するしかないのかもしれない、とも思っています。
BIJ編集部・常盤
会社というのは業績がいいときばかりではないので、こういう厳しい局面での情報発信の仕方は難しいですよね。以前BI Premiumの記事でも取り上げたクックパッドです。クックパッドは最近も追加の人員削減を発表するなど、近年業績が思わしくありません。同社の決算説明資料には数ページにわたってビジョンが綴られていますが、「これはただの『ポエム』だ」という批判も聞かれます。
業績不振の企業が決算説明をするときのゴールが、投資家に「つらいのは分かった。じゃあ応援するよ」と言ってもらうことだとしたら、そのためにはどのような情報発信をするのがいいのでしょうか?
これはすごく大事なポイントですね。会社の業績はいいときも悪いときもあるのが当たり前です。そして悪いときに大事なのは、「いかに自分たちが客観的に状況を把握しているか」を投資家に伝えることだと僕は思います。しかし上記の楽天の謎のグラフは、明らかに状況をごまかそうとしている印象を与えてしまいます。
図表や数字というのは、ごまかそうとすれば、いくらでもごまかせてしまうものです。例えばよくあるのが、「今年の売上はこんなに伸びています」と強調するために、棒グラフの縦軸の金額の目盛りを細かく刻んで、去年との差をクローズアップすること。そうすれば成長が著しいように見えますからね。
筆者・編集部作成
僕はもともと研究者ですが、大学院の修業時代、このようなごまかしは「学者として最も恥ずべきことだ」と叩き込まれました。ただ学問の世界はそうでも、ビジネスの世界では、こんな印象操作をする会社も少なくありません。
しかしその一瞬だけはごまかせても、どうせ専門家がしっかり見ればすぐにバレるし、なによりいまはSNSの時代なので悪評がすぐに伝わってしまう。今回の楽天の資料も、周囲から突っ込まれるのは当然といえるでしょう。
「ポエム」と「現実」の橋渡しが大切
ごまかしがよくない理由はまだあります。それは事実をうやむやにしているうちに、自分自身ですら現実を見られなくなってくる可能性です。
例えば、何を隠そう、恥ずかしながらまさにいまの僕がそうなのです。
実は僕は「最近太ってきたな」と薄々気づいている。でも具体的な数値を直視するのはイヤなので、「たぶんいまの体重は83~84キロくらいだろう。できればここから78キロくらいにしたいな」と思っています。しかし思っているだけでは意味がなくて、本当はちゃんと体重計に乗って、客観的に自分を観察することから始めないといけないんですよね。
BIJ編集部・常盤
先生は毎日体重計に乗っていないんですね。私は乗ってますよ。
恥ずかしながらそうなんです。でも先日、ついに量ってみたら、なんと88キロになっていた(笑)。つまり僕も自分を客観的に見つめられないという意味では、楽天のことを偉そうになんて全然言えないのです。ですから自戒を込めて言うのですが、やはり「客観的に事実を見つめ続ける」のがあらゆる改善の第一歩なんです。
BIJ編集部・常盤
クックパッドの「ポエム」についてはいかがですか。
実は、ポエムは大事なんですよ。ポエムというと表現だから誤解を招くかもしれませんが、別の言葉で言えば「ビジョン」と「ストーリー」ですよね。周囲のステークホルダーへの説明で、ビジョンとストーリーは絶対に必要です。なぜなら「わが社はこういうことで世の中に貢献していきたいんだ」という未来へのまなざしを示したストーリーがないと、周囲は「腹落ち」しないから。これは経営学のセンスメイキング理論で説明できる、と何度もこの連載では述べてきましたよね。
ただしポエムだけではダメなんです。現状の客観的な分析とポエムとの接続があるかどうか、がとても重要です。
BIJ編集部・常盤
なるほど。そこのブリッジがちゃんとできているかどうかですね。そういう意味では、クックパッドの決算説明資料はそこがあまり明確ではありません。「新規事業をやめます」とは言っているけれど、「そのあとどうするか」がほとんど書かれておらず曖昧です。
そういうことは、今の日本の会社には珍しくありません。繰り返しですが、ビジョンを描いたりストーリーを語ったりするのは、とてもいいことだと僕は思う。もちろんそのビジョンがすぐに数字に置き換わることはないけれど、「こんなふうにしたら、ほら、このビジョンの実現も夢じゃないでしょう」という接続を数字も含めて示すことが、実現への第一歩ですから。
また僕の例で考えてみましょう。「最終的には75キロくらいまで体重を落として、昔はいていたジーンズがはけるようになりたい」という将来ビジョンを僕が持っていて、そのための費用を投資家から募ったとしましょう。
それなのに投資家から、「ところで入山先生、いま何キロなんですか?」と聞かれ、「いやぁ、実は体重を量ってなくて……」では話にならないですよね。体重を客観的に把握して初めて、僕と投資家の間で、次のようなやりとりが交わされることになるわけです。
投資家「入山先生、どうやってあと13キロ痩せるんですか」
入山「これからは糖質と脂質を控えめにします」
投資家「入山先生はいままでもそう言ってきたけれど、相変わらずラーメンもスナック菓子も食べていますよね」
入山「はい、ごもっともです。でもこれからは違います。ちゃんと食べたものやカロリーを記録するアプリを使います」
投資家「でも先生は前にも、その手のアプリを入れていましたよね。でも入力を面倒くさがって、結局使いませんでしたよね」
入山「すみません、じゃあそれに加えて、今度はライザップに入ります」
投資家「でもライザップに入会しても、先生のことですから、なんだかんだ言い訳して行かないでしょう」
入山「うーん、そうしたら奥さんか秘書さんにお尻を叩いてもらいます。2人は僕を監督する役目なので、彼女たちがお尻を叩いたら僕は行くはずです」
投資家「奥さん秘書さんとの連絡の連携は十分ですか」
入山「はい、LINEで毎日やりとりしています」
投資家「分かりました。ではそのうち奥さんと秘書さんから入山先生へのコミュニケーション方法をヒアリングとアドバイスするかもしれません。ぜひ定期的に連携してライザップに通ってくださいね」
入山「はい、分かりました」
というように、対話を通じて対策を練っていく。これが経営者と投資家の健全な対話なんですよ。
BIJ編集部・常盤
入山先生のダイエットの話にたとえると、めちゃめちゃよく分かりますね(笑)。
ここからは憶測ですが、もしかしたら三木谷さんには、このような対話をできる相手がいないのかもしれませんね。「どうするんですか」と詰め寄られるのはもちろんつらいけれど、質問に答えることで考えを言語化していくと「なるほど、こうすればいいんだな」というストーリーが出てくるものなんです。
BIJ編集部・常盤
いずれにせよ、同社の次の決算に注目ですね。ついでに入山先生の体重の変化にも注目していますよ(笑)。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。