6月16日から公開される大ヒット映画の続編『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。
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ここ数年、興行収入100億円を突破するアニメ映画作品が続々と生まれている。
直近1年間に公開したものだけでも『ONE PIECE FILM RED』『すずめの戸締まり』『THE FIRST SLAM DUNK』『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』などがある。
そして、6月16日からは、世界中で大ヒット中の話題作『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が日本でも公開される。
全米4313館で公開され、週末3日間(6月2〜4日)で興行収入1億2050万ドル(約169億円)を記録。オープニング初日成績では『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を超え、全世界のオープニング累計興行収入は5日付で2億860万ドル(約292億円)を突破。大ヒットとなっている。
『アクロス・ザ・スパイダーバース』は2018年に公開され、アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した『スパイダーマン:スパイダーバース』の続編だ。
グラフィティ・アートのようなタッチのスパイダーマンも登場する。
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例年、ディズニーかピクサーの作品が受賞してきた長編アニメーション賞をソニー・ピクチャーズ・アニメーション作品が受賞したのは異例のことだった。それだけ『スパイダーバース』がアニメ界、映画界に与えたインパクトは大きかったのである。
この記事では『スパイダーバース』がいかに革新的な作品だったか、そして16日から公開される続編『アクロス・ザ・スパイダーバース』は前作を上回る衝撃を観客に与えるであろうことを解説したい。
アニメ映画の歴史上、『スパイダーバース』以前・以後と言ってもよいくらいの革命が起きていたのだ。現在も大ヒット中の『THE FIRST SLAM DUNK』も『スパイダーバース』がなければ生まれていなかったかもしれない。
2Dと3DCGの良さをハイブリッドした“見たことのない映像”
あえて手描き風のタッチが強調されているが、これもCGだ。
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『スパイダーバース』が起こした革命。それはずばり「2D風の3DCG表現の確立」である。
それまで海外アニメはディズニー、ピクサーを中心にCG表現の進化を追求してきた。一方、日本アニメは一部でCGを用いることはあるが、あくまで主流は2D表現である。フルCGで制作されたアニメ作品も存在するが、残念ながら世の中に与えたインパクトは大きいとは言えなかった。
ディズニー、ピクサー作品が「髪の毛1本1本の描写まできめ細かく」「水の表現をまるで本物のように」リアル志向で進化させていくなか、日本アニメは大胆な省略やけれん味溢れる演出を武器にしてきた。どちらが良いという話ではなく、表現技法が違うのである。
そんななか、2018年に登場した『スパイダーバース』は2DとCGをハイブリッドした“見たことのない映像表現”で観客を驚かせた。
映画『スパイダーマン:スパイダーバース』メイキング映像<革新的アニメーション>
CGなら2Dでは難しい激しい動きを表現することができる。ビルの間を飛び回るスパイダーマンのアクションを表現するにはピッタリだ。しかし、『スパイダーバース』はそのCGの上にまるでアメコミのような2Dの絵が重ねられていたのである。
一言で言えば「動くアメコミ」だ。マンガタッチの絵がCGで滑らかに動く様子は確実に映像表現の新時代を感じさせるものだった。そして、日本のアニメ業界では「セルルック」と呼ばれるこの表現手法を日本でも興行的に成功させたのが『THE FIRST SLAM DUNK』だと私は考えている。
スラムダンク「原作マンガの絵をそのまま3DCGで動かす」
『THE FIRST SLAM DUNK』は公開半年で動員1000万人、興収140億円を突破した。
提供:東映
『THE FIRST SLAM DUNK』を観た多くの人が「原作マンガの絵がそのまま動いている」という感想を抱いたのではないだろうか。
それもそのはずで、『THE FIRST SLAM DUNK』は一度CGで作成された作画に原作者であり監督でもある井上雄彦自身が手描きで手を加えているのである。
『THE FIRST SLAM DUNK』はCGを使わなければ生まれなかった作品だろう。井上雄彦がこだわった常に複数の登場人物が動き回るリアルなバスケ描写を2Dで行うことは困難だったはずだ。
実際、2Dで作成された1990年代放送のテレビアニメ「スラムダンク」のバスケ描写は日本アニメ特有の大胆な省略と脚色で成り立っており、縦28mのはずのコートを何十秒も全力疾走するような「けれん」が見られる。
井上雄彦が求めるリアルなバスケ描写を実現するためにはCGを使うしかなかった。しかし、日本では未だにCGに対する拒否感は根強い。そこで出した答えが『スパイダーバース』と同じく「2Dに見えるCG」だったのではないだろうか。
ドラゴンボールもディズニー新作も「2Dルックの3DCG」に
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けた東映アニメーションは同じく2022年に『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』も世に送り出しているが、こちらもドラゴンボール初のフルCG作品であり、鳥山明の絵がそのまま動いているような「2DルックのCG」だった。
映画『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』公開後PV
2018年に『スパイダーバース』が公開されてから4年後に公開された、日本を代表するマンガ原作のアニメ映画が2本とも「2DルックのCG」だった。制作陣が『スパイダーバース』に影響を受けたと思うのは私の邪推だろうか。
さらに2023年8月18日に公開予定の鳥山明原作映画『SANDLAND』も2D風CGを用いていることが予告編から確認できる。
映画『SAND LAND(サンドランド)』60秒予告【2023年8月18日(金)公開】
『スパイダーバース』はアニメ界の王ディズニーにも影響を与えている可能性が出てきた。
2023年12月15日に公開を予定しているディズニー100周年記念作品『ウィッシュ』は、これまでのディズニー作品とは明らかに絵のルックが異なっている。ここでも2DとCGのハイブリッドのような映像が用いられているのである。
「ウィッシュ」特報|全世界待望の映像初解禁!12月15日(金)劇場公開
CGの動きの滑らかさと2Dの絵画的表現を両立することができる——『スパイダーバース』はアニメ表現の新たな扉を開いたのだ。恐らく、海外のクリエイターも日本のクリエイターも大きな影響を受けている。これは、日本アニメと海外アニメの境界線がなくなってきているという見方もできるのではないだろうか。「3Dアニメは苦手だから見ない」といった観客を取り込むこともできる。
『アクロス・ザ・スパイダーバース』は動く現代アートだ
ヒロイン「スパイダー・グウェン」のバースの背景は水彩画のような色調だ。
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6月16日から公開される『アクロス・ザ・スパイダーバース』は前作から正当進化を遂げた傑作だ。「見たことのない映像」を見るのが映画の快楽の一つであるとするなら、この映画は間違いなくその欲求を満たしてくれる。
『アクロス・ザ・スパイダーバース』は流行りのマルチバース(現実世界とは別に、複数の平行する世界や宇宙が存在するという説)ものだが、バースごとに絵のタッチが変わり、異なるバースのスパイダーマンたちが大集合している場面では、めまいを覚えるようなカオスを体験できる。
個人的にはヒロインであるグウェン・ステイシーの存在するバースがお気に入りだ。まるで世界そのものが現代アートのような雰囲気で、登場人物の心情によって移り変わる背景は美しい。
マンハッタンとムンバイを掛け合わせたムンバッタン出身のスパイダー・インディア。コンセプトアートがそのまま動いているようだ。
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アクションの進化もすさまじい。実写版スパイダーマンシリーズを含めても間違いなく一番“動いて”いる。
ときに絵画作品のように、ときにアメコミのように、そして実写をも取り込む変幻自在の本作は間違いなく映像表現の最先端だ。
最後に残念なお知らせが一つ。この作品は3部作の2作目であり、完結編である『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』の公開は2024年まで待たなければならない。それまで何回も『スパイダーバース』と『アクロス・ザ・スパイダーバース』を観て予習・復習しておこう。