iStock; Insider
ChatGPTのブームが世界を駆けめぐった2023年初め、アマゾンのマネジャーたちは、AIチャットボット技術を使ってプロダクトやワークフローを改善する方法についてアイデアを出すよう社員に求めた。
こうして出されたアイデアの一部は、『生成AI ChatGPTの影響と機会分析(Generative AI-ChatGPT Impact and Opportunity Analysis)』と題された内部文書の中で共有された。Insiderが入手したコピーによると、そこにはアマゾンの幅広いチームにまたがる、ChatGPTや同種アプリの潜在的な使用事例が67件挙げられている。
これはほんの一例だが、アマゾンはこのように、ChatGPTという近年登場した中で最もホットなコンシューマー向けテクノロジーへの対応を急いでいる。そう、本来であれば、アマゾンこそがこのようなサービスをリリースすべきだったのだ。
アマゾンは1990年代に書籍のオンライン販売で、インターネット初の本格的な商業的ヒットを生み出した企業だ。キンドル(Kindle)は読書に革命をもたらした。アレクサ(Alexa)とエコー(Echo)スピーカーは音声コンピューティングを大衆化させた。そしてAWSは、今ChatGPTを成り立たせているクラウドコンピューティング業界を作り上げた。
アマゾンにとってはさらに残念なことがある。マイクロソフト(Microsoft)は、ChatGPTの生みの親であるオープンAI(OpenAI)の大株主であり、その基礎技術を自社のプロダクトやサービスの至るところに組み込んでいる。
匿名を条件にInsiderの取材に応じたあるアマゾン社員は、次のように話す。
「アマゾンは、この流れに乗り遅れることを心底恐れているんだと思います。何でもかんでも『ChatGPT』ですからね。とにかく急いでいるように感じます」
表向きでは、アマゾンは平静を装っている。しかし動きは素早い。同社の担当者はInsiderの問い合わせにメールで回答し、アマゾンは25年以上前から機械学習とAIを「事実上すべての事業」に使ってきたとしている。
「アマゾンは、AIに関するあらゆる意味のある指標において業界をリードしており、当社のAWS機械学習ビジネスはあらゆるクラウドの中で最も多くの顧客、パートナー、そして可能性を有しています。
まだごく初期段階ですが、私たちはすべての事業において生成AIに投資しており、当社がすでに提供している、あるいは近い将来顧客に提供するために取り組んでいる独自の能力を多く持っています」(アマゾンの広報担当者)
社内では、アマゾンには何が足りないのか、対応するために活用できるリソースは何かといった、率直な議論が交わされている。
Insiderがコピーを確認したChatGPT専用の社内フォーラムには、別の社員がこんな書き込みをしている。
「アマゾンは、ChatGPTのように言語モデルを用いてコンテンツを生成・分析するプロダクトを提供しています。しかし、ChatGPTとまったく同じ外観を持ち、動作するプロダクトは一般向けにも社内用途でも持っていません」
同社は、AIチャットボットブームに乗じる手立てを猛烈な勢いで探求している。生産性を高めるアイデアのクラウドソーシング、生成AIを活用した新しいプロジェクトの立ち上げ、既存のクラウドサービスを活用した営業トークポイントの共有などなどだ。
社員たちは、アマゾンのクリエイティブ・プロセスの中核にChatGPTを組み込むことを提案している。アマゾンではプロダクト開発に着手する前に、そのプロダクトについて説明する6ページ建ての仮想のプレスリリースとFAQを作成するよう開発者に求めている。この文書を作成するときにChatGPTの力を借りればいいのではないか、と社員は最近提案している。
手作業の必要性を減らす
『生成AI ChatGPTの影響と機会分析』の中にはこのほかにも、ソフトウェアのコードとマーケティング資料の自動生成から、より良いカスタマーサポートの提供まで、幅広いアイデアが取り上げられている。
営業チームのメンバーは、アマゾンと競合他社の財務報告書を素早く精査し、戦略目標を見つけるために使えると述べている。また、ChatGPTは「顧客がプロダクトについて本当はどう感じているかを読み解く」ことができるため、顧客の感情分析にも役立つという。
カスタマーサポートの担当者は、ChatGPTを使って「コンバージョンや満足度の向上につながりやすい、テイラーメイドの回答」を顧客に提供できるのではないかと考えている。マーケットプレイスに関する出品者の問い合わせにより適切に対応したり、ベストセラー商品の予測や「動画コンテンツがヒットする理由」を探ることもできるという。
AWSの場合は、顧客のクラウドサービス利用に関するコストを自動計算することもできる。生鮮食料品チームは、ChatGPTを使ってレシピに基づいた買い物リストを提供できるようになることを望んでいるという。
ChatGPTは「トラブルシューティングを支援」し、「手作業の必要性を減らすことで、長期的にわれわれの生産性を向上させる」ことができると、文書では説明している。
ただもちろん、アマゾンが顧客と直接接点を持つ主要なプロダクトでChatGPTに頼ることはまずないだろう。アマゾンは、大規模なAIモデルを独自にトレーニングできる数少ない企業であり、すでにそういったAIモデルもいくつか構築している。それに、AWSは他の企業が独自のモデルを作成するのを支援するための重要なクラウドパートナーでもある。
アマゾンの弁護士は以前、社員に対し、業務時間中のChatGPTの使用は慎重にするよう警告している。AIチャットボットの使用自体は許可されているが、スタッフは社内メールやソースコードなど、機密情報をChatGPTと共有することは禁じられている。ChatGPTの技術を利用したマイクロソフトの新しい検索エンジン「Bing」にも同様のルールが適用されると、内部文書には書かれている。
なお、Insiderが取材したアマゾンの管理職たちによると、社員は職場でChatGPTを使うことを控えるよう強く指示されており、チームメンバーが職場のコンピューターでチャットボットを使うとリアルタイムでアラートが飛んでくると話した。
アマゾンのEC画面にChatGPT風検索バー?
『生成AI ChatGPTの影響と機会分析』に記載されているアイデアのうち、実際のプロジェクトになるものがどの程度あるのかは不明だ。しかし、すでにいくつかのプロジェクトが進行しているようだ。少なくとも11の社内プロジェクトがプロトタイピングの段階に至っていると文書に書かれている。
そのうちの一つが、アマゾンの買い物客向けのChatGPT型検索バーだ。同文書には次のように書かれている。
「ユーザーが、オンラインで商品を購入するよう誘導するための会話型インターフェースを構築する。
このアシスタントは、ブランドごとに長所と短所を説明し、ユーザーレビューを引用して要約するほか、パーソナライズされた製品購入ガイドや体験を提供することができる」
その後アマゾンは、ChatGPTのような機能を持つ検索バーの大幅な改修を匂わせるような求人情報を掲載しているとブルームバーグ(Bloomberg)が以前報じている。
ある人物は、ChatGPTのような機能を使ったセキュリティ自動化ツールが企画段階にあると書いていた。また、AWS関連の質問に素早く回答できるエンジニアリングツールも、まもなくプロトタイピングの段階に入ると書かれていた。
ChatGPTはアマゾンが提供する類似の機械学習サービスより先進的だと言う社員もいた。ある人物は、自然言語処理サービスであるアマゾン・コンプリヘンド(Amazon Comprehend)は、調査データをより意味のあるインサイトに変えるという作業において、ChatGPTと比較して「非常に面倒」だと感じると書いている。
また、チャットボット構築支援ツールである「アマゾン・レックス(Amazon Lex)」は、他のサービスと比較して「一般的」で「つまらない」と感じることがある、というコメントも寄せられていた。
社内ハッカソンもテーマは生成AI
アマゾンは、社員からアイデアを募るために他の手段も使っている。Insiderが閲覧した社内メールによると、「リ:ジェネレート(re:Generate)」と題された社内ハッカソンが今年開催され、およそ140人が参加したという。
「話題沸騰中の生成AIをテーマにも盛り込みます。生成AIを最もうまく活用したプロジェクトには特別賞を設けます」とメールには書かれていた。
なお、ハッカソンで「生成AIのベストな使い方」賞を受賞したアイデアは、大規模言語モデルを使って、アレクサのセットアップ方法を改善するスマートアシスタントだったという。
現在の手動セットアップは「複雑でエラーが起きやすい」が、これに代わる新しいアシスタントは、Wi-Fi接続や照明をアレクサで操作できるようにする設定に関する質問に対し、「関連する内容についての小さな段落」で答えられるようになるという。ハッカソンで出たアイデアが実際の製品になるとは限らないため、アマゾンがこの機能の製品化に着手しているかどうかは不明だ。
アマゾンは最近、新しいAI構築プラットフォーム「ベッドロック(Bedrock)」と、独自の基盤モデル「タイタン(Titan)」を発表している。また、Insiderの既報の通り、アップデートされたアレクサ音声アシスタントや「Burnham(バーナム)」というコードネームが付けられた新しい家庭用ロボットプロジェクトなど、ChatGPTのような機能を持つ消費者向けアプリを複数開発しているところだ。
社員たちはChatGPTや生成AIにアマゾンがどう対応するかを興味深く見守っており、全社集会では頻繁にこの話題が出る。
3月に行われたクラウド部門の社内スタッフミーティングでは、AWSのアダム・セリプスキー(Adam Selipsky)CEOに対し、アマゾンはChatGPTにどう対応するのか、AWSはどんな計画をもってこの新しいパラダイムを受け入れるのか、社員から質問が出た。Insiderが入手した会議の録音音源によると、セリプスキーは具体的な返答は避け、「AWSだけでなく、アマゾン全体で多くのことが起きている」と述べたという。
アマゾンのアンディ・ジャシーCEO。
Mike Blake/Reuters
3月に行われた別の全社会議では、アンディ・ジャシー(Andy Jassy)CEOに対しても同様の質問が飛んだ。ジャシーは、アマゾンには機械学習とAIに関しては深い専門知識があると強調したが、最新の生成AIアプリによってその専門知識が「さらに身近に」「さらに使いやすい」ものになったとも指摘した。加えてジャシーは、アマゾンの最高幹部(通称「Sチーム」)はそのことに「非常に興奮している」と述べ、生成AIは「アマゾンにとって重要な注力分野だ」と語った。
録音音源の中で、ジャシーは次のように語っている。
「覚えておいてください。皆さんが従事している事業や顧客体験一つひとつにおいて、今後、顧客体験を促進する重要な部分に革新的な生成AIモデルが登場することになるでしょう」