Tada Images / Shutterstock/Khan Academy
こんにちは。パロアルトインサイトCEOの石角友愛です。今月はアメリカの教育現場でのAI活用事例についてご紹介します。
アメリカの教育業界において、ChatGPTなどの生成AIの受け入れられ方は2極化しつつあります。
教育現場でのAI活用支持派の注目の事例として、まず無料オンライン学習のプラットフォームであるKhan Academy(カーンアカデミー)の取り組みを紹介します。
教育現場でのAI活用支持派の意見
OpenAIのGPT4をAI家庭教師に組み込んだ教育チャットボット「Khanmigo」を発表したカーンアカデミーの創業者サルマン・カーン氏。
出典:Khan Academy
The New York Timesの記事によると、カリフォルニア州パロアルトに小学校を持つ独立系学校、カーン・ラボスクールの6年生たちは、二次方程式、関数のグラフ化などで質問があるときは先生に聞かずにAIチャットボットである「Khanmigo(カンミーゴ)」に聞いているということです。
カーン・ラボスクールは、無料オンライン学習のプラットフォームであるKhan Academyを設立したことで知られるサルマン・カーン(Sal Khan)氏が手がけた非営利団体の学校です。そのカーンアカデミーがOpenAIのGPT-4を使って開発したAIチャットボットがKhanmigoです。現在はベータ版のみがリリースされ、カーンアカデミーと取り組みがある学区の学校のみに提供されています。
Khanmigoはどのような機能を持っているのでしょうか。
まず、教育現場や親の目線でChatGPT活用の懸念材料になるのが「カンニングツール」として使われることですが、それを阻止する仕組みがすでに導入されています。
(1)家庭教師としての立場に徹底している
出典:Khan Academy
例えば、生徒が「12分の5×2の答えを教えて」と聞いても、Khanmigoは「自分でできるようになることが大事です!12分の5に2をかけるには何が必要だと思いますか?」と返事をするのみです。
そこで、生徒が「同じ分母が必要だと思う」とタイプすると「それはいい考えだけど、掛け算のときは足し算や引き算と違って、分母が同じでなくても大丈夫です。他に何ができると思いますか?」と問いかけます。
出典:Khan Academy
このように、すぐに答えを出さず、生徒の問題解決能力を自主的に育むための「家庭教師」としての立場に徹底した作りになっているのが特徴です。
(2)ディベート機能
出典:Khan Academy
アメリカの学校ではディベートを教えることが珍しくありません。放課後クラブなどでもディベートクラブは人気で、生徒がディベートコンテストに出ることはアメリカではとても評価される活動の一つです。
ディベートは通常、「政府は学生ローンを免除すべきか」といったような具体的なトピックを用意して、賛成と反対に別れて意見を述べていく形をとります。
Khanmigoでは、AIがディベートの対戦相手になってくれて、さまざまなトピックでディベートの練習ができるというわけです。
トピックも最新の話題が用意されており、「巨大IT企業は解体されるべきか」「SNSプラットフォームはコンテンツに対して責任を持つべきか」「ベーシックインカムは良いか悪いか」などさまざまです。
出典:Khan Academy
(3)「教師」の支援ツールとしての機能
Khanmigoには、教師の支援ツールとしての機能も充実しています。レッスンの準備をしたい教師に対し、まず「あなたは何年生の何のクラスを教えていますか。どんなレッスンを作りたいですか?」とKhanmigoが聞きます。
教師が「私は6年生の英語を教えています。ある文章に対し、趣旨を見つけて、その趣旨をサポートする情報を使いながら要約文章を記述する方法を教えたいと思います」と書くと、そのような授業の組み立て方やレッスンの概要などを作ってくれるという機能です。
他にも、プログラムのコーディングを円滑に進める機能や、創作文章を作成する支援機能など、さまざまな教科で使える機能が搭載されています。
「AI家庭教師」は教育を変えるのか
Khanmigoのような「AI家庭教師」の使用は、AI活用の注目分野と言えます。多くの学生が自主的に自分のスキルを磨き、興味のあるトピックを深く掘り下げ、自分のペースで新しい科目に取り組めるようになるため、自立型学習支援ツールとして注目されています。
生徒一人一人に、「個別指導」がつくようなイメージです。
なお、セーフティー機能として、Khanmigoには、親や教師が使用状況をモニタリングできる機能が備わっています。学生がAIに対して不適切な発言をすると、親や教師にわかるとのことです。
ChatGPTが秘めた「AI家庭教師」のポテンシャルは、既に株式市場にも影響を与えています。例えば、学生が宿題をするための家庭教師ツールを提供しているエドテック系企業大手であるChegg(チェッグ)の株価は、ChatGPTが成長の妨げになるとCEOが決算発表の場で述べたことをきっかけに、一時50%も落ちてしまいました。同時期に、オンラインで外国語を学ぶプラットフォームとして人気の企業デュオリンゴの株価も9%下落しました。
しかし、Khanmigoをはじめとする「AI家庭教師」にはまだ多くの不確実性があり、実証されていないことも事実です。ChatGPTが間違った情報をあたかも真実であるように伝えることがあるように、このような教育支援型チャットボットも、間違った情報を提示したり、不正行為を助長したりする可能性があります。
同時に、生徒がチャットボットに依存してしまう危険や、教師の役割の低下を招いたり、学校や生徒の批判的思考能力育成の機会を奪ったりしてしまう可能性があるという指摘もあります。
教育現場でのAI否定派の意見
では否定派の意見にはどのようなものがあるのでしょうか。懸念材料として挙げられるリスクの一例を以下に列挙します。
- 思考能力が身につかない
- 人間とのやりとりが減ることで社会的スキルが身につかない
- プライバシーの問題
- 技術依存型の人間が育つリスク
- 偽情報の問題
- 身近にデジタル環境がある人とない人の格差拡大
- 教師の仕事が奪われる
米Forbesの記事によると、例えばイギリスでは、エプソムカレッジの校長アンソニー・セルドン卿を中心とするスクールリーダーたちが、5月20日付けのロンドンタイムズに掲載された書簡の中で、教育現場におけるAI活用に対する危惧を表明していることが報じられています。
セルドン卿は、ボリス・ジョンソン元首相とトニー・ブレア元首相の伝記を執筆した作家としても知られる人物です。
この書簡では、AIが学生や職員にもたらす可能性の良い側面を紹介すると同時に、AIが「非常に現実的かつ現在進行形の危機」をもたらしていることについての警告も示されています。
また、学生がAIを使って授業や課題で不正をするリスクに注目が集まっていますが、AIによる子どもたちの精神衛生や教職への影響も懸念されています。
さらに、書簡には次のような言葉もしたためられていました。
「私たちは、巨大テック企業が生徒や職員、学校の利益のために、自発的な規制を設けることができるという確信がありません。そしてまた政府も、過去にそうした規制を設ける能力や意思を示したことはありませんでした」
利益を追い求めてAI開発を加速させる大企業や、それを十分に規制することができない政府の立場に疑問を投げかけるような文面にも見受けられます。
前述のアンソニー・セルドン卿はまた、「AIは、印刷機の登場以来、最大の利益を教育にとってもたらすと証明できる一方で、そのリスクはこれまで学校が直面したどんな脅威よりも深刻である」とThe New York Times紙に語ったということです。
AI活用の制度作りを早い段階から教える重要性
AIと建設的に向き合うためには政策や制度作りが不可欠ですが、すでにアメリカでは中学生がAIの政策作りを勉強しているケースもあります。
例えば、ボストンにあるエドワード・M・ケネディ米国上院研究所では先日、AIの倫理と安全性に関する学生ワークショップを開催しました。ワークショップでの課題は、AIの公平性、安全性、プライバシーを規制する模擬連邦法案を作成するというものでした。AIの潜在的な害から消費者を保護する方法について数十人の中学生が議論し、米国上院の議場を模したホールで、学生たちはAI安全法案を打ち出すための模擬公聴会を開催したということです。
このように、生成AIとの向き合い方は教育者や大人だけが考えるものでは最早なくなってきています。
全面的に禁止をするのではなく、段階的、局所的に導入しつつ効果検証を行う姿勢を崩さない、という建設的なあり方を取る必要があるのではないかと感じます。