氷上で日光浴を楽しむ人たち(ヘルシンキ)。
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「どんなときに幸せを感じるんですか?」と尋ねると、フランク・マルテラ(Frank Martela)は携帯電話を取り出して、色鮮やかな子ども用自転車が並んだ写真を見せてくれた。
「末っ子を幼稚園に送っているときに、小さな自転車が何百台も外に停めてあるのを見たんです」と彼は言った。
7歳児たちの中には、一人で登下校したり、遊びに出かけたりする子もいる。
フィンランドの首都ヘルシンキから20キロほど離れた都市エスポー。その街にあるアールト大学で哲学者として研究にいそしむマルテラは、3人の子どもたちがのびのびと過ごせるこの環境を貴重なものと感じている。
「幼い子どもたちでも、自分が行きたいところに行ける。フィンランド人にとってはごく当たり前のことです。他の国の事情を知らなければ、これが特別なことだとは思いもしないでしょう」(マルテラ)
マルテラは、子ども用自転車が並んだ写真を私に見せてくれた。
Frank Martela
フィンランドが6年連続で「世界幸福度ランキング」の1位にランクインしている理由の一つは、この国における社会的信頼の高さかもしれない。毎年このランキングを発表している世界幸福度報告(World Happiness Report)によると、ほとんどのフィンランド人は、財布を落としてもそれが返ってくると考えているという。
「ヘルシンキでは、赤ちゃんを外に置いていくのも当たり前。もちろん、ベビーモニターを付けて、できれば窓際に置いて、買い物したりコーヒーを飲んだりしているときにベビーカーが見えるようにはしますけれど」
そう語るのは、社会心理学者でフィンランドの幸福についての専門家であり、25歳でフィンランドに移住したジェニファー・デ・パオラ(Jennifer De Paola)だ(ヘルシンキのカフェでインタビューしたとき、彼女の生後7カ月の赤ちゃんは傍らでお昼寝中だった)。
フィンランドはワークライフバランスを重視する国としても知られている。実際、午後5時過ぎにヘルシンキのオフィス街でフィンランド政府観光局「Visit Finland」のヘリ・ヒメネス(Heli Jimenez)と会った時、周辺に人影はまばらだった。この時間にはもうみな退勤しているのだ。
フィンランド人は、他の国の人たちが自然の中で火を起こす方法などの「簡単なスキル」を身につけていないことに驚いている、とヒメネスは言う。フィンランド人は子どもを解放し、隣人を信頼し、自然と交わり、定時で仕事を終えるのだ。
しかし、彼らに世界幸福度報告についてどう思うかと尋ねると、意外な答えが返ってくる。ヘルシンキのコーヒーショップで取材に応じてくれたメンタルヘルス支援者(アドボケイツ)のメリ・ラリヴァーラ(Meri Larivaara)は次のように話す。
「私たちはいつも、まだ自分たちが1位なのかって驚いていますよ。なんでこんなことになるのかと毎年議論が起こります」
実際、私が話した地元の人たちはこの調査にうんざりしており、自分たちが幸せだと世界的に認識されていることに苛立ちさえ感じていた。報告書のことに触れると、首を傾げ、ため息をつく。
あるインテリアデザイナーは、私に名前を告げずにこう言った。「私たちは、この調査には賛成できません。現実はそんなんじゃありませんよ」
フィンランド人を表現するのにもっと適した言葉は「充足(content)」だとヒメネスは言う。「だって私たちは、自分たちの生活に満足していますからね」
「幸せ」というより「生活に満足している」
問題の一端は調査にある。この調査は、国連の持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)によって発表されるが、執筆しているのは独立した専門家チームだ。
ランキングデータは、世界的な調査機関であるギャラップ世界世論調査(Gallup World Poll)から引用されたもので、自分にとってあり得そうな最高の人生と最悪の人生を測る想像上のはしごで、自分の人生を10段階で評価してもらうというものだ。
「参加者に尋ねた質問は、現在の自分の生活にどれだけ満足しているかというものです。ですから、幸せについては言及されていません。幸せは、感情やその伝え方との関係の方が深いものです」(デ・パオラ)
彼女はそう言ってSNS上の言葉のつながりを研究した自身の研究を示しながら、こう続ける。
「だから笑顔、元気のよさ、楽しいと感じることのほうが、人生の満足度という概念よりも幸福と結びついているんです。世界生活満足度報告書と呼ぶより、世界幸福度報告書と呼ぶほうが聞こえがいいってだけでしょう」
フィンランド人は、自分たちを特別に幸せな人たちだとは思っていない。実際、この国はかなり悲観的なところがある。
フィンランド人は「楽観的な雰囲気をつくるのがあまり得意ではない」と、メンタルヘルス・アドボケイツのラリヴァーラは言う。しかし、彼女は悲観と満足は同居しうるものだと付け加える。
フィンランドの首都ヘルシンキの様子。
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フィンランド人は、内向的で自分の殻に閉じこもるというイメージを持たれている。フィンランド人である私の祖母からは、フィンランド人は自分のことは自分でするものだと聞かされた。夏の間、経済的に余裕のある人は、田舎のプライベートなサマーコテージに何週間も引きこもることもある。
それに、フィンランドは気候も厳しい。この国の冬は寒く、異常なほど暗い。特に北部では冬になるとその暗さがずっと続く。
しかし、フィンランド人が「いま自分にあるもの」にとても満足していることも事実だ。ある地元民は、調査についてこんなことを教えてくれた。
「調査員が電話をかけてきて、いまの生活が気に入っているかどうかを聞いてきます。だから私たちはこう答えるの。いまは特に問題はありません、明日また電話してくださいとね」
セーフティネット
フィンランド人は、幸せであるというよりは、他の国で見られるような強い恐怖に悩まされないことがないということなのかもしれない。
フィンランド政府が保障する福祉制度は、世界で最も強固な福祉制度の一つと言える。2021年、フィンランドはGDPの24%を社会保障に費やした。これは、同年のOECD加盟国の中で最も高い数字だ。この国の税金は高いが、住民は多くの見返りを得ている。
医療と博士課程までの教育は、すべての国民が無料で受けられる。13の祝日に加え、労働者には4週間の夏休みと1週間の冬休みを取得する権利があり、保育料の一部は国が負担してくれる。
フィンランド人は若い頃から、劣悪な労働条件に甘んじないよう社会的に教育されているとデ・パオラは言う。
「適切な給与、適切な休憩、適切な労働時間、そして自分の能力に見合った仕事をすること。これらはすべて、フィンランド人一人ひとりが期待していることです」(デ・パオラ)
ヘルシンキにて、テラスに集う人々。
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例えばフィンランドでは、失業すると新しい仕事が見つかるまで国が援助してくれる。
「アメリカのようにお金の心配をする必要はありません。もし私が失業しても、子どもの教育や妻の健康管理などには影響が及びません」(マルテラ)
フィンランド人は一般的に、富のようなものに関してはあまり激しい願望を持たず、自分の人生に満足するということはどういうことなのか、「達成可能な」考えを共有しているという。
「大きな夢を見ない、というわけじゃないけれど、手が届く夢を見るんです」(デ・パオラ)
「私たちも問題は抱えている」
このような評価は、誰かに共有して議論する分には楽しいが、フィンランドであれ他のどの国であれ、その国が抱える課題を見えなくもする。
「どこの国にも社会問題があるということをみんな忘れているんですよ。問題がない国を探すほうが難しいでしょう」(ラリヴァーラ)
ラリヴァーラは、特にティーンエイジャーの間で深刻化しているメンタルヘルスの問題を指摘した。
他国と同様にフィンランドでも、コロナ禍に思春期の子どもたちの精神疾患が増加した。フィンランドの研究を引用した学術誌『Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health』の4月の研究によると、2021年春、10代の若者たちの生活に対する満足度は低下し、不安、うつ、孤独感は2019年と比較して増加していたという。
全体として、フィンランドの若者によるメンタルヘルスに関する訴えは、過去20年間で増加傾向にあると報告されている。
また、フィンランドは人口の高齢化が進んでいる。人口統計研究所(Population Reference Bureau)によると、フィンランドの人口の21.9%が65歳以上である。高齢者の割合は日本、イタリアに次いで世界第3位だ。
そしてもちろん、貧富の差も存在する。ある2人の若い女性は、夏の長期休暇みには田舎の「サマーコテージ」に滞在できるような、余裕がある都会の富裕層だけが「幸せ」だと話してくれた。
子どもを抱くデ・パオラ(左)と、彼女のパートナー。
Susanna Nordvall
キャリアを中断することも当たり前
デ・パオラは、生まれ育ったイタリアからフィンランドに移り住んでから、人生の満足度が高まったと言う。
フィンランドでは「マイルストーン」に対する考え方が緩やかなため、一時停止して人生の軌道修正をすることができる。彼女にとっては、そういう気持ちを持てたことが最も貴重だという。フィンランド人は定期的にキャリアを中断し、社会人になってから大学に戻る人も年齢を問わずいる。
「この国では、物事は決められていないのです」(デ・パオラ)
彼女はイタリアで臨床心理士になるためのトレーニングを受けた。
「そのまま心理療法学校に行って心理療法士になるのが自然な流れだったんでしょうけど、ここで自分が何をしたいのか考えるために立ち止まって、何年か雑用仕事を経験したりもしました」
そう語るデ・パオラは現在、博士号を取得中だ。
また、驚きもあった。デ・パオラは、フィンランド人のパートナーに連れられて初めて「サマーコテージ」(通称「モッキ」)に行ったとき、たいていのコテージには電気が来ておらず、水道さえないことに気づいた。その代わり、フィンランド人は湖で水浴びを楽しむのだ。
「このちょっと変わった習慣が、フィンランドの人たちを幸せにしているんです」(デ・パオラ)