撮影:服部芽生
スーパーに並ぶ魚やレストランで出される魚料理。当たり前のように食べている魚が、今後なくなってしまうとしたら—— ?
現在、世界の食用魚の35%が生物学的な漁獲の限度を超えていると言われる。つまり「取りすぎ」の状態だ。
だが単に取るのを止めればいいのかというと、もちろんそう簡単な話ではない。漁業を生業としている漁師、漁業関係者もいる。
大切な海の資源を守りながら、漁業を続けるには?
後継者は減るばかり。今のままの漁業のやり方でいいのか?
そういった課題感から立ち上がったのが、「ウミとヒトが豊かな社会の実現」を掲げ、全国各地で漁業者の目線に立って海と漁業のサステナブルなあり方を提案するUMITO Partners(ウミトパートナーズ)だ。
「人間も自然の一部なんだ」
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代表の村上春二(39)が、ウミトパートナーズを立ち上げたのは2021年。
それから2年の間に、北海道から九州まで各地域でのサステナブルな漁業プロジェクトを手がけるほか、漁業関係者を対象としたワークショップ、漁師×料理人×消費者をつなぐ体験型イベントの開催など、活動の幅を広げている。
そもそもなぜ起業に至ったのか。そう聞くと、村上は幼少期の思い出を語り始めた。
福岡の片田舎で生まれ育った村上は、釣りや狩猟が好きな父の影響で、幼い頃からいつも自然の中で遊んでいた。「ちょっと帰ってこい」と父からの電話で学校から急いで家に戻ると、いきなりイノシシの解体を手伝わされることもあった。
「自然やそこで循環する命が、当たり前のものとして日常に存在していました」
高校卒業後はアメリカに渡り、サンフランシスコ州立大学でビジネスと自然地理学を勉強。休暇中は貯めたお金でヒッチハイクの旅へ出かけ、ヨーロッパやペルーを巡ったり、山の中に3週間こもったりと思いのままに過ごした。
自然の中に身を置くと、現代社会に感じていた違和感や疎外感がふっと消え、「自分も自然の一部なんだ」という感覚を覚えた。
自然に親しみ救われてきたからこそ、今度は「自分がこの社会という生態系の中で、ポジティブな役割を担いたい」「自然を守りたい」という気持ちが強くなっていった。
お金は稼ぎ方次第で、良くも悪くもなる
ウミトパートナーズ 代表の村上春二。
撮影:服部芽生
日本に戻った村上は、パタゴニアの販売員として勤務した後、国際環境NGOであるWild Salmon Centerの日本コーディネーターとして、野生サケの保全に取り組んだ。
その後、漁業や養殖業の持続可能性向上を支援するオーシャン・アウトカムズの設立メンバーとして日本支部長を務める。
2018年には、シーフードレガシーの取締役副社長に就任。日本で初となる漁業・養殖漁業改善プロジェクトを立ち上げ、2021年に独立してウミトパートナーズを創業。サステナブルな漁業を実現するためのコンサルティングを始めた。
「日本の漁業の現状と未来を考えたとき、俯瞰的な視点から間に立って改善していく存在が必要だと思ったんです。
ビジネスはあくまでも手段。お金は使い方や稼ぎ方次第で、世の中を良くも悪くもできる。
地球と人にとって良いやり方でビジネスをする、そんなサイクルを生み出したいとずっと考えていました」
魚も、漁師も減り続ける。悪循環をどう断ち切る?
ウミトパートナーズの活動で軸となっているのが、“サイエンス”だ。
例えば、ある種類の魚がどれくらい海に生息しているのか、資源を守りながら漁業を続けるにはどれだけの量を取っていいのか、具体的な数値を導き出す。
さらに、水産試験場や行政と連携し、それぞれが蓄積するデータを整理・分析し、適切な資源管理を提案している。
社内にいる海洋・水産科学博士で構成される「科学調査分析部」のメンバーが、海洋資源の管理に関する知見をもとに、科学的な面からサポートを行う。
撮影:服部芽生
「日本の漁業は一言でいえば“取り過ぎ”。限界ギリギリの状態なんです。
そこに科学の力を使いデータを活用することで、サステナブルな漁業を実現するためのアドバイスをしています」
魚が取れなくなれば、漁師の稼ぎは減る。就業人口が減れば、漁業で成り立っていた地域は衰退していく……。
実際に、1988年から2018年までの30年間で漁業就業者数は61%減少。そんな悪循環を何としても止めたいと、村上の思いは強い。
最初は門前払いも……
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今でこそ、各地の漁協や漁師たちと関係性を築いているウミトパートナーズだが、初めの頃は門前払いされることも珍しくなかった。
「地元の漁師の方に施策を提案しに行った際、『明日の飯を食えるかも分からないのに10年も先のことを考えられるか!』と怒鳴られたこともあります」
と苦笑いする。
それでも食い下がって話を続けると、「現状を変えたい。でもどうすればいいか分からない」と行き場のない思いを抱えている漁師が多くいることを知った。
何度も足しげく通い、時間をかけて、少しずつ心を近づけていく。
「すごく原始的なプロセスではあるけれど、大事なところをすっ飛ばさず、じっくり向き合って対話してきたことが今につながっています」
若手漁師に心を動かされて
写真提供:ウミトパートナーズ
ネットワークが広がるにつれ、つながりのある漁師が、また別の漁師を紹介してくれることも増えた。そんな出会いをきっかけに始まったのが、北海道苫前町(とままえちょう)の漁業改善プロジェクトだ。
「この町の漁業を変えたいと意気込む若手の漁師がいるから、会ってみてくれないか」
そう言われ、居酒屋で初対面したのが苫前町の若手漁師だった。
「マッチングした人同士が初めてデートに行くみたいな感じで、自己紹介から会話が始まり、気がつけばすっかり意気投合していました」と村上は笑う。
しかし、話を聞くだけでは現場のことは分からない。実際に船に乗せてもらい、同じ景色を見て、光を浴び風を感じて、地域の課題について深く語り合った。
苫前町は、人口3000人ほどの小さな町。北海道内でミズダコの水揚げ第2位を誇り漁業が町の発展を支えてきたが、高齢化や担い手不足、漁獲量の減少など、課題が山積みだった。
「この町が生き残れるよう、漁業をより良く変えていきたいという若手漁師の方の思いに共鳴して、早速プロジェクトを立ち上げました」
こうして始まったのが、「北海道苫前町ミズダコ樽流し漁業改善プロジェクト」だ。
写真提供:ウミトパートナーズ
伝統的な樽流し漁業を後世に引き継いでいくために、毎年漁獲量を記録し、そのデータに基づいて資源状態に合わせた管理の見直しを図った。
漁に使う樽の数を15個から12個に減らすなど、持続可能な漁業を目指して活動を続けている。
その活動内容は現場の写真とともに、ウェブサイトやSNSで積極的に発信。
「『こんなに頑張っている人がいるんだ!』と知ってもらい、認知を広げることも僕たちの役目。頑張っている漁師さんたちがちゃんと報われる、そういう社会をつくっていきたいですね」
漁業関係者を対象に、持続可能な漁業について考え、漁業者自らが課題解決を図っていくためのサポートとして「UMITO NARIWAI ワークショップ」を各地で開催。「魚を取った先のことまで意識を向けてもらうような働きかけをしています」
写真提供:ウミトパートナーズ
“おいしい漁業”が続く社会を
ウミトパートナーズが見つめるのは、生産者だけではない。
「漁師さんの事業の発展はもちろん、シェフが良い食材と出会えて『おいしい』、消費者が新鮮なものを食べられて『おいしい』も大事。
すべての人にとって“おいしい漁業”が長く続くようにと、さまざまなパートナーとチームを組んでいます」
「持続可能な生産者から調達したい」というレストランがあれば仲介役となり、サステナブルな漁業プロジェクトで取れた水産物を紹介するというように、飲食店、シェフ、小売店、流通業者、クリエイターをはじめ、多様なパートナーとのつながりを育んでいる。
撮影:服部芽生
ウミトパートナーズが中心となり、広がる共創の輪。
それが活かされたのが、2022年10月に千葉県船橋市の漁港で開催されたアウトドアダイニングイベントだ。
「食材のおいしさを伝えられるシェフは、漁師の一番の代弁者」という村上の言葉通り、オーガニックレストランで腕を振るうシェフが、取れたての魚を使って目の前で調理。
参加者は船の上で料理を楽しみながら、漁師×料理のトークセッションを楽しむなど、「海と人のつながり」を、五感で体感できる場となった。
写真提供:ウミトパートナーズ
「やっぱり取れたてを食べるのが一番おいしい。そこで見える景色とかにおいも含めて、現地でしか味わえないものってありますよね。
今後は、全国の漁師さんに会いに行って一緒に船に乗って、おいしい魚を食べるツアーもできたらいいなと考えているところです」
オーガニック野菜のような立ち位置を目指す
2023年5月には、神田に事務所を移転。「定期的にイベントを行うなど、開かれた場所にしていきたい」と話す。
撮影:服部芽生
これまで多くの漁業者と出会ってきた村上だが、「表に出ていないけれど、頑張っている漁師さんたちはまだまだたくさんいます。そういう方を見つけて発信することで、日本の漁業を盛り上げていきたい」と意気込む。
そのためにも大事なのは、応援者を増やすことだと続ける。
「漁師さんをサポートしてくれる企業やシェフなど、共創の輪をもっと広げたい。応援してほしい人と応援したい人が出会い、新たな事業を生み出すためのきっかけを僕たちが提供する。
そんなプラットフォームを構想しています」
写真提供:ウミトパートナーズ
また村上は、持続可能な漁業を実現するには、消費者一人ひとりが意識をアップデートすることも大事だと言う。
「持続可能な漁業で取れた魚を、オーガニック野菜のような位置づけまで持っていきたいですね。
野菜や肉だけでなく魚も、積極的にサステナブルなものを食べるという考えが当たり前になれば、漁師さんにとっても大きなモチベーションになるでしょう。
僕たちの取り組みに共感してくださる方々と一緒に、新たな動きを起こしていけたらいいですね」
今日から出来ることとして、1日3回の食事を“1日3票”と考え、「そのうちの1票でも、サステナブルな取り組みをしている生産者に投じてほしい。その積み重ねが未来を変えるから」と、力強く語った。
福岡県出身。サンフランシスコ州立大学にて、自然地理学とビジネスを専攻。パタゴニア日本支社での勤務とフリーランスライターを経て、国際環境NGOのWild Salmon Centerの日本コーディネーターを務める。その後、オーシャン・アウトカムズ(O2)の設立メンバーとして日本支部長に従事。2018年、シーフードレガシー取締役副社長/COOに就任。日本初となる漁業・養殖漁業改善プロジェクト(FIP/AIP)を日本に導入。2021年UMITO Partnersを設立、2023年4月には日本で23社目となるB Corp認証を取得。Asia Pacific FIP Community of Practice Council Member、Fisheryprogress.org Advisory Committee Member、養殖業成長産業化推進協議会委員。