レイオフされたのちにSimplyblockを創業したロブ・パンコー(右)とマイケル・シュミット。
Simplyblock
ロブ・パンコー(Rob Pankow)は常に最悪の事態に備えるようにしている。「特に好景気のときにはね」と彼は語る。
パンコーはフードテック企業のデリバリーヒーロー(Delivery Hero)に入社。この時点で認識してはいたのだ、同社が事業を展開しているのはコロナ禍で急成長した業界であり、競争の熾烈さゆえに大半が赤字となる分野であるという事実を。
それでもパンコーは、デリバリーヒーローのゴーストキッチンとバーチャルブランド戦略を指揮する任務に全力を尽くしてきた。
だがデリバリーヒーローのベルリン拠点に2年半勤務した後、パンコーは解雇された。同社はゴーストキッチン事業を縮小。社内で別のポジションを提示されたが、パンコーは2022年12月に退職した。デリバリーヒーローではいい経験をさせてもらったとパンコーは語る。
退職金を得たことで、パンコーはずっとやりたかったことができるようになった。起業だ。いまやサイバーセキュリティのスタートアップ「Simplyblock」の共同創業者となったパンコーは、テック企業のレイオフによって生まれた新世代ファウンダー(創業者)の一人である。
「Layoffs.fyi」のデータによると、2022年には世界全体で1万社以上のテック企業がレイオフを実施し、16万人以上の従業員が影響を受けたという。
レイオフと起業の相関性
ファウンダーのマッチングプログラムも実施している投資会社アントラー(Antler)によれば、レイオフの進行と元テック企業社員による起業増の間には、直接的な相関関係があるという。
アントラーによると、テック企業がレイオフを発表して以降12カ月間で、起業希望者からのプログラム申し込みは391%増加したという。この割合は、レイオフを行ったすべてのテック企業にまたがる平均的な増加率である。
2022年には、レイオフを行ったテック企業の元社員からのプログラム応募は111%増えて1273件となった。今は資金調達の悪化が深刻で、スタートアップにとって資金調達が特に困難な時期であるにもかかわらずだ。
この現象は今に始まったことではない。シリコンバレーには、メタ(Meta)をはじめとするテック大手での安定した仕事を捨てた元社員が、新しいスタートアップを立ち上げるという長い歴史がある。
今回のテック業界での大量レイオフは、これまで経営者人材不足に悩まされてきたヨーロッパのファウンダーにとって好材料となる可能性がある。
アントラーのパートナーの一人であるクリストフ・クリンク(Christoph Klink)によれば、今は技術的なバックグラウンドを持つ人材が増加傾向にあるという。
「これは、より破壊的な可能性を秘めた、より技術的に複雑なビジネスを立ち上げる新世代の起業家が誕生していることを示す明らかな兆候だと思います」(クリンク)
どんな分野が人気?
アントラーの報告書によれば、新しいファウンダーの間で最もホットな分野の1つが「気候」なのだという。
「この問題をめぐっては、世界最強の人材、資本、そして政治的な意志が引き寄せられており、ファウンダーたちは真のインパクトを残すためにデザインされたテクノロジーを構築しています」(クリンク)
ヘルステックやフィンテックも人気だ。
パトレオン(Patreon)の元クリエイターサクセス担当責任者であるエイリン・ウォーカー(Ai-Ling Walker)が立ち上げたノーティック(Noetic)は、ニューロダイバーシティ(神経多様性)を抱えた人たちが手頃な価格で評価やサポートを受けられるようなプラットフォームを構築している。
ウォーカーはADHDと診断されるまでに5年かかり、その間自分に合った仕事を見つけるのに苦労したと振り返る。だがパトレオンは違った。彼女は、自分らしくいられる場所をようやく見つけたと感じたという。
会社が人員を削減し、ヨーロッパの2拠点を閉鎖したためウォーカーは解雇された。
「8年もかかってようやく好きな仕事を見つけたのに……どうしよう、次の仕事を見つけるのにも同じように時間がかかるの?と思って、とても悲しくなりました」(ウォーカー)
しかし友人からの励ましもあり、彼女は挑戦した。
米国のプログラムでも、解雇された応募者が殺到していることが報告されている。Yコンビネーター(Y Combinator)の広報担当者がWIREDの取材に答えたところでは、同社の応募者は2022年に20%急増し、3万8000人を超えたという。一方、VCファンドのデイワン・ベンチャーズ(Day One Ventures)は、特別に「Funded Not Fired」プログラムを立ち上げた。
実際に解雇されていない人たちにとっても、経済が低迷しているときにテック企業を去ることは魅力的な選択肢となりうる。ユニコーン企業の高業績社員は、会社の成長が停滞し、ストックオプションの価値が下がったときに自分の立場を見直すかもしれないとクリンクは言う。
「2年前なら会社を辞めなかった人でも、今ではかなりオープンになっています」(クリンク)