Tyler Le/Insider
アンディ・ハーディング(Andy Harding)は、マサチューセッツ州セーラムで8年前から小さな電子機器修理店を営んでいる。大学生や近くの病院の看護師を相手に、携帯電話を修理しながら安定したビジネスを築いてきた。
しかし、2021年9月にiPhone 13が発売された直後、ハーディングはアップル(Apple)のソフトウェアに小さな変更が加えられたことに気がついた。それは、彼の小さな店を閉店に追いやりかねない変更だった。
ハーディングの店に持ち込まれる修理の中でもとりわけ多いのが、割れたiPhoneの画面修理だ。彼の収入の大半はこれで成り立っている。しかしアップルはiPhoneの最新モデルに、画面修理を含むディスプレイの交換を検知して、Face ID機能を無効にする新機能を加えた。ハーディングをはじめ多くの修理店のオーナーを動揺させるに足る変更だ。
「高いお金を払ってFace ID付きの携帯電話を購入した人は、それが機能してほしいと思っているものです。iPhoneのスクリーン破損は、私のような修理店のオーナーにとっては一番重要な修理対象です。それなしでは商売上がったりですよ」(ハーディング)
その後アップルは、ソフトウェア・アップデートをして画面修理後もFace IDを使えるようにした。ただし「アップル公認」の修理業者を利用しない限り、このディスプレイは正規品ではないとユーザーに警告を発してくる。
自分の携帯電話を修理するのに、なぜアップルの許可が必要なのか。すでに支払いを済ませてその携帯電話を所有しているのだから、好きにしていいはずだ。
私たちが購入した商品に制限を加える企業は、アップルに限らない。ソフトウェアに依存して動作するデバイスが世の中に増えたため、メーカーは顧客が製品を持ち帰った後でさえも、その製品に対してあれこれとコントロールするようになった。
顧客に修理サービスの利用を強制し、もし顧客が自分で修理しようものならその製品を使えなくしてしまう企業もある。あるいは、商品の基本的な機能を利用するために課金し続けなければならないケースもある。
現代のソフトウェアは、メーカーが自社製品のユーザーを永遠に縛り付けることを可能にする。企業は、ディストピア的な手法とアメリカの不均衡な著作権法に乗じて、この支配を収益化するようになりつつある。
だが、製品を「所有」することの意味を再定義しようとするこの企業の試みに、消費者と政策立案者が対抗する手立ては残されている。
買ったけれど「所有」はしていない
未来のある夏の月曜日を想像してほしい。
あなたはコーヒーメーカーを遠隔操作で起動させ(ドリップを事前に予約するアプリに月5ドル、対応ポッドの定期配送にさらに25ドル)、エアロバイクで軽く運動する(クラスへのアクセスに月30ドル)。
オフィスに向かう準備ができたら、スマートサーモスタットが自動的にエアコンの温度を下げ(月額10ドルの機能)、スマホのアプリを使って車をリモートスタートさせる(月額20ドル)。
そして、もしあなたがそのどれかを直したいと思ったら? 工具箱からドライバーを取り出すことはない。ちょっとした微調整にも、あなたはメーカーに行く必要があるからだ。
奇想天外な話と思うかもしれないが、コンシューマー向け製品のサブスクリプションサービスの爆発的な増加を見れば、この仮説もあながち大きく外れてはいない。
電子商取引におけるサブスクリプションの世界市場は、2021年の約730億ドル(約10兆2200億円、1ドル=140円換算)から、2026年には約9040億ドル(約126兆5600億円)に増加すると予測されている。
惣菜宅配やストリーミングサービスの普及に加え、企業は多くの場合、サブスクモデルを通じて顧客が購入した商品へのアクセスを決済時に得ている(サブスクにしなければ、製品はただの箱になってしまう)。
企業にとってのサブスクの魅力は、安定した収益と、長期にわたって顧客から得られる多くのお金という、非常に分かりやすいものだ。ソフトウェアの開発と改修にはそれなりのコストがかかるが、ハードウェアの製造に比べれば諸経費ははるかに低く、それにより企業は販路拡大に注力できる。つまり、継続的な収益により利益率が高くなるということだ。
車を買ったのに機能は別料金
顧客が製品を購入すると、企業はその顧客をつなぎとめるためにさまざまな戦術を用いる。そのひとつが、監視センサーを使って、製品の勝手な変更を防ぐことである。
例えば、アメリカの農家の例を考えてみよう。現在のトラクターやコンバインなどの耕作機械は、メーカーが正規販売店だけに提供する特別な工具を必要とすることが多く、高度な技術を要するコンピュータシステムとともに、農家が自分で車両を修理することはほとんど不可能である。
私の所属する公益研究グループ(PIRG)は、これらの修理制限によって農家は全体で毎年42億ドル(約5880億円)の追加費用を負担していると試算している。12億ドル(約1680億円)は地元の正規ディーラーに、30億ドル(約4200億円)は機器のダウンタイムによって失われた利益だ。
同様に、テスラ(Tesla)のソフトウェアは、アフターマーケットのヒッチメンバー(牽引装置)のような、同社の機器ではないパーツを(テスラのヒッチメンバーが在庫切れであるにもかかわらず)顧客が所有する車両から検出して制限することができる。
また、消費者が先に支払いを済ませない限り、特定の機能へのアクセスを制限している企業の例もある。その筆頭が自動車メーカーだ。メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)は加速性能の向上に、BMWはシートヒーターの使用に対してサブスクを始めたことが話題となった。
シートヒーター(と、それを搭載した高級車)をすでに購入したのに、それをオンにする権利にお金を払う必要があるのだろうか? プリンターメーカーも同じような手口で、インクの残量を遠隔で監視し、支払いが滞れば機器の電源を切ることもできるサブスクにサインアップさせている。もしあなたが家を建てた後、業者に月額料金を払って電気のスイッチを作動させなければならないとしたら、どうだろうか?
最終的に、メーカーはインターネット接続を利用して、あなたの行動を監視して、管理する。もしあなたが何か良からぬことをした(ヒートシートを勝手に使うなど)と検知したら、他の機能を取り去ったり、無効にしたりすることができる。
テスラは、充電容量や急速充電の互換性、その他の機能を遠隔操作で無効化したと非難されている。消費者は、メーカーのご機嫌を損ねるようなことをすれば罰せられると分かっているので、怖くて何もできない。
91%が利用規約を読まずに同意
あなたは、人々にモノを「買わせる」ことと「借りさせる」ことを同時に行うようなやり方に対して、法律を設けるべきだと思うかもしれない。しかしアメリカの既存の法律は、消費者に不利に働いており、メーカーがあなたのできること、できないことをコントロールできるようにしている。
例えば、過度に広範な著作権法は、熱心なメーカーの手にかかると、技術システムを迂回して自分のデバイスをいじったり修理したりすることは、著作権犯罪になりかねないという主張になる。
デジタルミレニアム著作権法(DMCA)は、音楽、ゲーム、映画などの海賊版を防ぐことを目的としている。しかしメーカーは、DMCAはハードウェアの一部を修理または操作するために必要なソフトウェアまたはファームウェアに適用されると主張してきた。
この過度に広範な知的財産権の定義は、自主修理の防止に活用され、消費者と、消費者が購入した商品との関係を再定義することになった。この解釈では、メーカーがシートヒーターにデジタル保護対策を施した場合、それを回避することは実質的に海賊行為とみなされるおそれがある。もしこれが分かりづらいと感じたなら、それは正しい。なぜなら、これはバカげた主張だからだ。
メーカーはまた、顧客が製品に手を加えることを防ぐための文言を含む、緻密なユーザー契約書を作成する。何ページにもわたって続く、法律用語がぎっしり詰まった長い長い「利用規約」文書に遭遇した経験があなたもあるだろう。
大半の消費者は、自分が何にサインしているのかほとんど知らないまま、「同意する」にチェックを入れるだけだ。2017年にデロイト(Deloitte)が消費者2000人を対象に行った調査によると、91%が利用規約を読まずに同意ボタンをクリックしていることが分かった。
しかし、文字がギチギチに詰まったこれらの文書の中には、私たちが商品を修理することを妨げたり、会社が顧客の商品の使い方を認めない場合には所有権を取り戻したりする規則が書かれているのだ。このような規約を隠すようにして同意させることは、基本的な消費者の権利を損なうことになる。
修理、カスタマイズ、サービス、改造を選ぶ権利
私は、広告の真実性を信じている。誰かに何かを売るのであれば、その誰かに売る。誰かに何かを貸すのであれば、その誰かに貸す。もし、将来の購入を、消費者が知らない技術に組み込まれた秘密の「規約」に縛り付けるのであれば、それは欺瞞だ。
言うまでもないが、機械いじり(ティンカー)や修理はアメリカの伝統である。「壊れているなら、直せばいい」という精神には、他にも利点がある。修理は重要なスキルを身につけ、消費者のお金を節約し、無駄を省き、製品の陳腐化を防ぐのに役立つ。また、機械いじりや修理は、すべての人に利益をもたらす製品の革新にもつながる。
ではどうすればいいか。所有権を保護するための解決策がある。
第一は、私が過去5年以上にわたって、さまざまな州で成立させるために取り組んできた「修理する権利(Right to repair)」法案だ。この法案は、修理に必要な部品、工具、情報を、消費者が公平な条件で入手できるようにすることをメーカーに求めるものである。また、それらの部品やツールは、操作できるようになるための遠隔認証を必要としないとしている。つまり、修理するためにわざわざメーカーに許可をもらう必要がなくなるということだ。
2023年現在、28の州が何らかの形で修理する権利に関する法案を検討しており、連邦議会もこのテーマについて複数の公聴会を開催している。マサチューセッツ州、コロラド州、ニューヨーク州ではそれぞれの立法府が法案を可決しているが、これはまだ始まりにすぎない。
もう一つのステップは、修理が著作権犯罪でないことを明確にすることだ。2022年に提出された法案「修理の自由に関する法律(Freedom to Repair Act)」は、著作権法において、修理活動に対して広範かつ恒久的な免責を与えるものだ。
さらに、私たちは新しい法案を通すだけでなく、すでにある法律を施行する必要がある。ある製品を買った人に他の製品やサービスを買わせる「抱き合わせ」を強要することは、独占禁止法違反になるとされている。だが、あなたがプリンターを使っていて、もっと安いインクを探そうとしたことがあるなら、この法律がうまく機能していないことはご存知だろう。
米国連邦取引委員会(FTC)と米国司法省は、製品の所有者が、自ら所有するハードウェアを使用するために月額料金を支払うことを強要する組み込みソフトウェアを取り締まる必要がある。規制当局は、クレジットカードの使用契約から特定の反消費者的な条項を禁止したときと同様に、ユーザーライセンス契約に盛り込まれた有害な法的条項も取り締まるべきだ。
このデジタル時代、私たちは、製品を所有する人間としての権利を反映した新しい消費者保護制度を必要としている。報復を恐れることなくモノを修理できるようになる必要があるし、何かを買うときに自分の権利を放棄するようなサインを強制されるべきではない。私たちは、遠く離れたメーカーが私たちの行動をずっと監視して、私たちが購入した製品で行う選択を承認したり拒否したりすることができる状況を止める必要があるのだ。
だがそれが実現するまでは、自分の店で携帯電話を修理しているハーディングのように、最新の「イノベーション」が起こったら今度は何を奪われてしまうのだろうと、怯えながら待つしかなさそうだ。
ネイサン・プロクター(Nathan Proctor):米国公益研究グループ(PIRG)の「修理する権利」キャンペーンのシニアディレクター。