NPO法人クロスフィールズが、一般社団法人G1、新公益連盟など社会課題解決分野で日本を代表する団体と連携し、「ボード越境イニシアティブ」を発足。第1弾のマッチングイベントには、大企業からスタートアップまで、経営陣が多数参加した。
撮影:湯田陽子
仕事で培ったスキルを生かし、社外の組織で社会課題を解決したいという「越境」ニーズが急増していることをご存知だろうか。
アビームコンサルティングとNPO法人ETIC.の調査によると、コロナ禍に見舞われた2020年の1年間で、越境を希望する「越境人材予備群」が3倍以上に増加した。
ところが、外部人材の受け入れ体制といった面でハードルが高く、マッチングサイトに登録した約1万3000人の副業・プロボノ希望者に対し、募集件数は600弱。実際に契約に至った人数は5%程度にとどまっているという。
そうしたなか、NPOへの経営参画に関心を持つ「企業幹部」と、NPOや社会解決型スタートアップをマッチングする注目の取り組みが動き始めた。2023年5月に発足した「ボード越境イニシアティブ」だ。
アクサ生命保険ら大企業トップとも連携
「企業と出会いたいNPOと、寄付以外でもっと濃い接点を持ちたい企業幹部がいることは実感としてあったのですが、両者がつながる場がこれまで少なかったんです」
そう話すのは、イニシアティブの事務局を務めるNPO法人クロスフィールズ代表の小沼大地氏だ。
クロスフィールズは、ビジネスパーソンが新興国での社会課題解決にあたる「留職」プログラムなどを運営してきた、いわば“越境のプロフェッショナル”でもある。
クロスフィールズによると、複雑化する社会課題の解決には多様なセクター間の協働が必要という認識から、企業とNPOがボード(役員)レベルで人材交流する動きが徐々に始まっているという。
例えば、TRUNK(HOTEL)やブライダル事業を展開するテイクアンドギヴ・ニーズ。D&I推進のために2022年6月、LGBTQなど性的マイノリティの職場環境改善を支援する認定NPO法人虹色ダイバーシティの村木真紀理事長を社外取締役に迎えた。
しかし、そうした取り組みはまだレアケースで、冒頭の調査結果のように、実現に持ち込むのは極めて難しい。ネットワークや情報の不足から、企業も団体も二の足を踏んでいるのが実情だ。
「ボード越境イニシアティブ」は、そのハードルを乗り越えようと発足した。
コアメンバーには、アクサ生命保険社長兼CEOの安渕聖司氏、サキコーポレーションのファウンダー・秋山咲恵氏も名を連ねる。
マッチングイベントが成功した理由
出所:ボード越境イニシアティブ
その活動第1弾として2023年5月下旬、「ボードマッチイベント」が開催された。企業の役員クラスの人材とNPO代表をつなぐ一種のお見合いイベントだ。
開催にあたり、新公益連盟の加入団体に対して企業役員の受け入れニーズを調査。15を超える団体から応募があり、そのうち企業側から特にニーズの高かった5団体を選出した。
一方、越境に関心を寄せる企業は15社に上った。ボード越境イニシアティブのコアメンバー、アクサ生命保険、サキコーポレーションを筆頭に、セイノーホールディングス、ポーラ、デロイトトーマツコンサルティングといった大手から、スペースマーケット、メドレーといったスタートアップまで。いずれも、社長や執行役員など豪華な顔ぶれが参加した。
注目されるのは、先述したニーズの調査をはじめ、場づくりや運営に時間をかけ、工夫を凝らしていることだ。それは、イベントの冒頭で小沼氏が参加者に呼びかけた言葉にも現れている。
プロジェクト第1弾のマッチングイベントで、クロスフィールズ代表の小沼大地氏は「きれいごとではなく、お互いに正直に希望を話すことがいちばん大事」と参加者に語った。
撮影:湯田陽子
「ありがちなのが、目的と期待値のミスマッチ。こういう場ではついついきれいなことを言ってしまいがちです。
でも、団体は現実的にこういう支援が必要だ、企業側も私はこんなことがしたくてここに来たんだという話を、お互いに正直に言っていただいたほうがいいマッチングになる。そこが今日いちばん大事なところです」(小沼氏)
イベントは、企業参加者全員の自己紹介からスタート。次に、長年、本業の合間を縫ってソーシャルセクターの支援を行っているアクサ生命保険の安渕氏が、ソーシャルセクターに経営参画する際の企業側の心構えを語り、各団体がピッチを行った。
続いて個別対話セッションが行われ、参加企業が5グループに分かれて各団体と対話。25分ずつの入れ替え制で2回のセッションを実施した。
個別セッションでは、各団体が取り組んでいる社会課題の現状から団体の経営状況まで、突っ込んだ議論が交わされた。企業・団体双方から「そんな社会課題があるなんて知らなかった」「そういう資金調達の方法もあるのか」など、感嘆の声が多数。会場は文字通り、熱気に包まれた。
個別対話セッションのひとコマ。宮城県石巻市の一般社団法人イシノマキ・ファーム(右端=代表理事の高橋由佳氏)はイベント直後に、iSGSインベストメントワークス代表パートナーの佐藤真希子氏とボード越境のトライアルを開始した。
撮影:湯田陽子
LGBTQに関する政策提言や講演に力を入れる認定NPO法人虹色ダイバーシティ。理事長の村木真紀氏(右奥)が明かした少人数運営の課題に対し、参加者からは次々と具体的なアイデアが飛び出した。
撮影:湯田陽子
イベントに参加した企業幹部のアンケートでも、「NPOの熱量が伝わってきた」「社会課題のリアルを知ることができた」「こうした場がなかなかなかったので大変貴重だった」など、満足度が非常に高かったという。
とはいえ、イベントの目的は、経営参画の具体事例を複数生み出していくことだ。イベント後、実際にマッチングの方向に進んでいるのだろうか。
「嬉しいことに、すでに2件のマッチングが成立し、参画方法についての具体的な話し合いが始まっています」(小沼氏)
具体的には、独立系ベンチャーキャピタルのiSGSインベストメントワークス代表パートナーの佐藤真希子氏と、宮城県石巻市で農業と福祉をキーワードにクラフトビール製造などを行う一般社団法人イシノマキ・ファーム。レンタルの貸し借りプラットフォームを提供するスペースマーケットの重松大輔代表と、地元議員と市民をつなぐ政策実現プラットフォームを運営する株式会社issues。この2件はイベント開催直後に、半年間の協働に挑戦する「トライアル」へ移行することが決定したという。
「6月中にはさらに増えて、少なくとも5件は具体的な面談やトライアルがスタートするのではないかと見ています」(小沼氏)
順調に滑り出したボード越境イニシアティブ。イベントを開催し、あらためて気づかされたこともあったという。
「意外だったのは、大企業より先にスタートアップの方々とのマッチングが決まったこと。たしかに、NPOとの協働と言えば大企業との組み合わせが多く、スタートアップ・中小企業とNPOとの接点はこれまであまり多くありませんでした。そうした接点をつくれたということも、今回のイベントの成功要因かもしれません」(小沼氏)
マッチングが成立したNPO・企業は今後、半年程度の面談・トライアルを経て、正式に経営参画するかどうかを年内メドに決定することになる。
「イベントを開催して、(越境の)潜在的なニーズが非常に高いという手応えをあらためて感じました。今回のようなNPOに企業幹部が越境するだけでなく、NPOの方を社外取締役にしたいといった(企業側の)ニーズも高まっています。今後はNPOのリーダーを企業につなぐ場など、さまざまな新しい仕掛け、場づくりをしていきたいと思います」(小沼氏)