あえて上場廃止を選択する「戦略的非公開化」が増えている。仕掛け人であるPEファンド・カーライルで日本の部門トップを担う3人に内幕を聞く。後編の今回は経営陣の招へい、従業員のやる気を高める実力主義の報酬制度、収益への執着、豊富なグローバルネットワークをいかした海外進出の支援など、改革の詳細に迫る。
前編:“あえて”上場廃止する企業続々。仕掛け人カーライルの部門3トップが語る、脱・日本的「身の丈経営」
渡辺雄介(消費財・小売・ヘルスケアセクターヘッド)慶應義塾大学経済学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA。三菱商事を経て2006年にカーライルへ。今後は日本の経営にも携わる。
小倉淳平(テクノロジー・メディア・テレコムセクターヘッド)慶應義塾大学総合政策学部卒。UBSウォーバーグ証券会社(現UBS証券株式会社)の投資銀行本部を経て、2006年にカーライルへ。今後は日本の経営にも携わる。
寺阪令司(製造業・一般産業セクターヘッド)東京大学法学部卒業。タフツ大学(フレッチャー法律外交大学院)、スタンフォード経営大学院修了。大蔵省(現、財務省)、カーライル、ジャパンディスプレイなど複数の企業を経て、再び2020年よりカーライルへ。
買収先に送り込む経営陣の人材プールは常に確保
提供:カーライル
カーライルが買収先企業の株式を保有する期間は約5年。その間の改革の成否を左右するとも言えるのが、社長など経営陣の人事だ。
カーライルメンバーも社外取締役に就任する。直近の例だと、ユーザベースでは取締役と執行を兼任するのがCo-CEOのみとなるシンプルな取締役体制へ移行。これに伴い、6人の取締役が退任した。カーライルからは小倉さん含む3人が新たに社外取締役として参画し、「執行の強度を高めつつガバナンスを強化した」(カーライル)と主張する。
加えて、カーライルがグループに有する人脈をフル活用してプロ経営者を招く。
これまで元ロクシタン・インターナショナル日本法人社長、元シック・ジャパン社長、元GEヘルスケア・ジャパン社長、元ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人社長らを投資先企業の社長や取締役などに送り込んできた。
寺阪:社長人事は会社にとって一番インパクトがあるところなので、ものすごく重要です。
手腕はもちろん、株主であるカーライルと信頼関係を築けるか、そして何よりも投資先の企業カルチャーに合うかどうかを考えていかないといけないので。社長をはじめとする経営陣の効果的な採用に向け、常にネットワークを張って人材プールを確保するよう努めています。
渡辺:能力としては、マクロの市場環境、その中でとった経営アクション、その結果としてのKPI、そしてまたその結果としての財務の数字の因果関係を分析し、環境・ビジネス・財務をつなげて考え、経営できることが必須です。
小倉:ある組織ではすごくいい経営者だった人が、別の組織ではそうとは限らないのが、また難しくて。
流れを壊さずに拡大していくことが必要なとき、いわゆる「グッドタイムCEO」が必要なフェーズもあれば、破壊的な変革が必要な時期もある。
その会社の置かれている状況をみて、適した方に社長に就いてもらうことを大切にしています。
悪いニュースをオープンにできるのがいい社長
寺阪さん(左)、渡辺さん(中)、小倉さん(右)。
撮影:竹下郁子
とはいえ、もちろん一筋縄ではいかない。過去にはカーライルが招へいした社長が比較的短期間で交代したケースもあった。
渡辺:新しいところに入っていくので、「聞く力」が重要です。事前の面談で、自分でバーっと進めるのか、人の話を聞きながらやるのか、何が正解というのはありませんが、どのようなタイプの方なのかはしっかり把握するようにしています。それでも簡単にフィットすることはそうそうない。カーライルは日本に進出して23年間になりますが、社長人事は今も試行錯誤しながら最適解を求めています。ただし、経験を積むたびに確度は上がっています。
寺阪:そう。本当に難しい。でも確かに、人の話を真摯に聞くことができる人の良さは必要だと思いますね。周りの経営陣との相性もありますし、やっぱり最終的には人間力の勝負になってくる。
渡辺:あと悪いニュースをシェアできるかも、すごく大事ですね。5年間は長いようで短い。悪いことが起きた時に、いかに素早く対応できるかが勝負なので。
寺阪:良い意味で自分に自信がある人ほど、悪いニュースも含めてオープンに開示できる傾向がありますね。
業績連動報酬で役員のモチベアップ
日本の主要企業の取締役・執行役の業績連動報酬の割合は3〜4割にとどまっており、欧米に比べてかなり低い。
出典:大和総研「役員報酬プログラムの開示動向 」
ちなみに、気になる役員報酬についてはどうなのだろうか。
小倉:社長には、下がってきていただいたこともありますし、かなり上げてきていただいたこともあります。
渡辺:固定報酬にプラスして、業績に連動した賞与を出すことが多いですね。業績連動の割合は社長、取締役、執行役員などによって違いはありますが。営業利益などの財務的な指標と、定性的な、つまり数字では出ないけれどやっていかなきゃいけない目標をそれぞれ立てて、達成できた度合いに応じてボーナスが出るようにしています。
小倉:経営陣にコーチングをつけるなど、成長を後押しすることも多いです。
従業員も大胆な報酬改革、利益への意識促す
カーライルの支援を受けた日立金属(現センクシア)の変化。
出典:経済産業省「対日M & A活用に関する事例集」
従業員の改革も重要だ。カーライルの非公開化案件として有名な日立機材(現センクシア)は、親会社である日立金属(現プロテリアル)からのカーブアウト案件でもある。当時は上場廃止に不安を感じたり、大企業の傘下で挑戦しないカルチャーに慣れきっていた社員たちも少なくなかったという。
そこで取り入れたのが、安定から成長へマインドセットの変化を促す施策の数々だ。重要なポジションや弱い部門には外部人材を登用して補強するほか、新たなマーケティング策を公募したり、営業担当の目標には、従来あった受注件数や売上高だけでなく粗利も追加。利益への意識を高めた。
給与や賞与制度にメスを入れることも多い。収益への執着や投資家目線を醸成するには、社歴が上がるほど年収も上がるような「年功序列」ではない、業績と連動した「実力主義」のインセンティブプランが有効だという。
小倉:私が担当しているテクノロジーやメディア業界は「社員命」なので、社員に対する報酬、企業カルチャーに対する投資は、かなり増やします。
評価のフィードバックを早めたり、人事制度ごとガラッと変えにいったりしたこともありました。
給与制度は「一律5%賃上げ」などでなく、理に適ったように直します。業績と連動するなど、フェアにするということですね。
給与水準にマーケットスタンダードとの差がある場合も調整します。1年では難しいので、5年越しくらいの作業になりますが。
渡辺:従業員の給与や働き方などをどこまで変えるかは、経営陣の意向にもよります。製造業で工場があるようなところは、ある程度は経験年数に応じた給与になりますし、そのほうがいいところもあるので、そこは毎回議論しますね。ベースがあまりにも低かったので上げた企業や、有休が少なかったので増やした企業もありました。そうしないと人を採用できませんから。
ストックオプションは適切に買い取り、15%付与も
PEファンドによるTOBでは、SOの権利行使時条件として発行した企業に所属していること(つまりファンドが取得しても行使できない)となっていることなどを理由に、全て1円で買付けたケースもあった。
shutterstock / Gengorou
社員のモチベーションと経営目標を紐付けるためにカーライルが重宝しているのが、株式報酬だ。日本は特に従業員レベルでの付与が進んでいないが、カーライルの投資先企業では従業員持株会を設立するなどしてきた。
中でもストックオプション(SO、新株予約権)の扱いは手厚い。買収先企業に付与したSOの発行済み株式総数に占める比率は、「通常のバイアウト案件では見られない」(カーライル)ほど多く、10%以上、最大で15%を付与したこともあった。(ちなみに一般的な未上場スタートアップでも10%ほどだ)
TOBの際も、たとえばユーザベースでは「一定の条件を満たしているSOについては、TOB価格から算出される適正時価の価格で買付けた」(カーライル)という。一定の条件とは、SOの行使条件となっていたEBITDAや時価総額などの業績要件と見られる。
小倉:社員の皆さんにオーナー意識を持ってもらうために、株式報酬は重要です。
TOBの際にもかなり適切に扱ってきたと思います。SOが権利行使条件を充足し、公開買付価格がSOの行使価格を上回っている場合は、その差額で買い取るようにしています。
寺阪:これから一緒に会社をやっていくので、それが当然だと。そうでないとフェアではないですよね。
リストラ前提の戦略的非公開化はしない
shutterstock / shigemi okano
一方で世界的な景気悪化で、コストカットのためのオフィス縮小や福利厚生のカット、整理解雇や早期退職者を募る企業を耳にすることも増えた。カーライルの投資先であるオリオンビールも、2022年3月に早期退職者を募集している。
渡辺:カーライルでは良い会社をより良くしていくというテーマでの投資が多いので、リストラを前提にした戦略的非公開化は、これまでにないと思います。
コストという意味では、競合他社と比べて高い支出がないかなどを見ています。
ITコストなどはカーライルの共通プラットフォームがあるので、傘下に入ることで単価を抑えることができたり、戦略的購買を進めることで購買費用を下げたり、まずは人件費以外のコスト削減に注力します。人件費については、削減するよりもむしろ、正しい事業に配分されているのかを見極め、より価値向上ができる事業への再配分と集中投下を行っています。
寺阪:コストを削るより売り上げをどう伸ばすかにフォーカスしています。
売り上げが鈍化・減少している状況で、それ以上にコストを減らして儲かる会社にした例は、ほとんどないです。トップライン(売り上げ)を伸ばすことによって、結果として収益性がよくなるような投資を目指してます。
グローバルの知見いかし、海外売り上げ3倍に
おやつカンパニーの海外ビジネス売り上げは、カーライル傘下になって3倍に。同社は2022年にD Capitalに売却された。
出典:経済産業省「対日M & A活用に関する事例集」
売り上げ拡大の施策として、カーライルのような外資のPEファンドと組む最大のメリットとも言えるのが、海外展開の支援だろう。寺阪さんは「我々のグローバルネットワークを存分に活用していただきたい」と胸を張る。
寺阪:日本企業が海外展開を強化する方法は2つあって、1つは海外の会社をM&Aすること、もう1つは海外支社や海外事業部のオペレーション改革です。
どちらもポイントは人。せっかくM&Aしても先方の経営陣とうまく握れておらず、マネジメントできていなかったり、海外の現地採用でいい人を採用できず、営業力が足りずに伸び悩んだりしていることが多いんです。
それがカーライルの投資先となると、我々のグローバルネットワークや何百社という投資先とのつながりから、最適な人を引っ張ってくることができます。日本企業が自社ブランドで採用するより、カーライルという看板があることで、グッといい方を採用できるんです。
私の担当先にも、アメリカ、中国、ヨーロッパから何人も採用して、彼らの力で現地の営業力を強化し、オペレーションを抜本的に改革しています。
渡辺:たとえば「ベビースターラーメン」で知られるおやつカンパニーは長年アジア進出していたものの、苦戦していると投資前から相談されていました。日本で製造して輸出していたのですが、輸送費や関税の問題もあって、現地に見合った価格で販売できていなかったからです。
そこでまず、それまで展開していたアジア地域でどこに重きを置いて販売すべきかを調査し、そのためにはどこで生産をするのが最適かを考え、台湾にターゲットを絞りました。その後コスト削減のために現地工場を、マーケティング強化のために現地法人をつくり、人材も強化しました。工場は立地選びから契約の交渉もサポートしました。
アジア事業に精通したシック日本法人元社長の手島文雄さんを社長に迎えることができたのも大きかったです。
その結果、当初5〜6億円だった海外売上高を3倍にまで増やすことができました。
GettyImages / Kelly Cheng Travel Photography
渡辺:オリオンビールも海外ビジネスはずっと赤字だったので、海外のビール会社大手の経営幹部だった方にアドバイザーとして海外のディストリビューターとの契約を見直してもらいました。どちらがどれくらいマーケティングコストを持つかで収益が全く違ってくるんです。ここをグローバルスタンダードに合わせた瞬間に、半年あまりで黒字になりました。その方には今、オリオンビールの常務執行役員になってもらっています。
寺阪:海外展開で重要なのは、先ほど話した「見える化」のシステム(前編参照)を本社の日本でしっかり構築することです。そうしないと、いくら改革しても効果を数字で見ることができませんから。
ローカルと本社がバラバラにならないよう、きっちりと連結経営できるということが、本当の意味でグローバル企業になることだと思います。