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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
ユーザーが定額の利用料を支払うことでモノやサービスを一定期間利用する「サブスクリプションモデル」。そんなサブスク型のサービスが世にあふれ、気がつけば月々の支払いがこんなことに……みなさんも経験ありませんか? 最近では「サブスク疲れ」などと言われるように、継続的に課金されることを忌避する消費者も。サブスクモデルの流行はそろそろピークアウトするのでしょうか。
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ビジネスモデルにも栄枯盛衰
こんにちは、入山章栄です。
みなさんはどれくらい、サブスクを利用していますか?
僕もご多分にもれずいろいろなサービスに加入していて、無駄だなと思うことはありますし、正直、もはや何にいくら払っているかもよく分からない(笑)。これが高じてサブスクがイヤになる現象を「サブスク疲れ」と言うそうです。
BIJ編集部・常盤
入山先生もサブスクにお疲れぎみですね。先生はどんなサブスクを利用しているんですか?
そうですね。スポーツ専門の動画配信サービスのDAZN(ダゾーン)に入っていますが、ここがいま値上げしようとしているんですよね。最近は僕の好きな欧州サッカーのコンテンツもそれほど充実していないのであまり見ないし、どうしようかと思っているところです。常盤さんと長山さんはどうですか?
BIJ編集部・常盤
私も気がつけば、いろいろなものに払ってしまっていますね。だからあまり利用していないものはときどき整理しますよ。
ライター・長山
私はコンタクトレンズのサブスクを利用しています。遠近両用のハードコンタクトレンズを使っているのですが、老眼が進行中なので、毎月一定額を払えばいくらでもレンズの度を変えていいという制度がありがたいんです。
へえ、そんなサブスクもあるんですか。
BIJ編集部・常盤
サブスクといえばSaaS(Software as a Service)系のサービスが中心でしたが、動画や音楽の見放題・聞き放題のデジタルサービスだけでなく、最近ではEV(電気自動車)や洋服のレンタル、そして長山さんが利用されているコンタクトレンズなど、物理的なモノにもサブスクリプションモデルを見かけるようになりました。
猫も杓子もサブスクという感じですが、これはちょっと流行りすぎではないでしょうか。ユーザーからは「思った以上に出費がかさむ」とか「元がとれない」という声もよく聞きます。ビジネスモデルも栄枯盛衰があるので、そろそろ潮目の変化が来るのでは?
なるほどね。でもサブスクというのは、実はけっこう昔からあるんですよ。一番分かりやすいのが新聞の定期購読です。NHKの受信料だって、いわばサブスクですよね。新聞は隅から隅まで読むわけではないし、NHKも見る番組は限られているので、元がとれているかは分かりません。それからフィットネスジムの会費もそうですね。
BIJ編集部・常盤
確かにジムは、入会しては挫折して……の繰り返しで、会費をムダにしがちです。
これは有名な話ですけど、フィットネスジムの収益源は多くの場合、幽霊会員が払う会費なんですよ。
BIJ編集部・常盤
幽霊会員というのは、毎月会費を払っているけれど、ジムには行かない人ということですね。私もいっとき幽霊会員をやっていたことがありました(笑)。
実は常盤さんに限らず、会員の大半がそうなんですよ。運動するのが億劫で足が遠のいているけれど、「そのうち行こう」と思って退会はしないでいる。もし仮にこの人たちが全員ジムに来るようになると、だいたいのジムは人が多すぎてパンクします。つまり最初から、「どうせ大半の人が通わなくなるだろう」という前提で、ジムの広さやロッカーやマシンの数が設計されているんです。
こんなふうに考えるとサブスク疲れは昔からあるし、これからもあるでしょう。みんな「サブスクに疲れた」と言いながらも利用して、常盤さんみたいに半年に1回くらい棚卸しをして解約する、みたいなことが続くのではないかというのが僕の個人的な意見です。
サブスクは売上予測が立てやすい
もうひとつ重要なのが、サブスクは会社側にとっていろいろな利点があるということです。
僕もいろいろなITベンチャーの社外取締役を務めていますが、プロダクトを提供する側からすると、従量課金制は売上の変動が激しいのでなかなか成長が予測しにくい。でもサブスクは売上が安定するので成長の予測がつきやすいんです。
だからいかに継続的にサービスを使ってもらうか(これを「リカーリング」と言ったりします)がとても重要です。また最近ではARPU(Average Revenue Per User)といって、一人当たりのユーザーからどのくらいの売上を上げられているかという指標も注目されている。
「チャーンレート」(解約率)という目安も重要です。サブスクは一人当たりの売上(ARPU)がそれなりに安定するから、解約を防ぐことに細心の注意を払えばいい。
それにいまのサブスクは携帯電話のように「〇年縛り」などもないし、比較的解約が自由です。そういう意味では、消費者はサブスク疲れの一方で、解約もしやすくなっているから、それほど不便を感じているわけでもない。
こういう現状なので、サブスクの仕組みそのものは廃れないし、今後も新しいサブスクのビジネスがもっとたくさん出てくるのではないでしょうか。
サブスクは顧客との縁が切れない
BIJ編集部・常盤
家具や洋服のように、かつてならお金を払って自分の所有物になったものが、いまはサブスクの対象になるという流れがありますね。企業としても、もっとサブスクモデルを追求していったほうがいいのでしょうか。
そうですね。特に若い世代はモノを所有することに強い執着を持たなくなっている。だからトヨタは新車のサブスク「KINTO」を始めたのでしょう。
それにサブスクのいいところはまだありますよ。売り切りの場合は売っておしまいですが、サブスクなら顧客接点を持ち続けることができる。その人が実際にサービスを使っていなくても、契約しているあいだは顧客情報をとれる。つまり顧客接点が途切れないんですよね。
BIJ編集部・常盤
なるほど、そうですね。
最近「LTV:Life Time Value(顧客生涯価値)」といって、「一人の顧客が会員登録してから解約するまでの間に、どれだけ価値を得られるか」という考え方が出てきていますが、これもサブスクが一般的になってきたからでしょう。
BIJ編集部・常盤
家電のサブスクなどはまさにそうかもしれませんね。単身者向けの冷蔵庫をサブスク利用していた人がそれを解約したということは、誰かと同居を始めるのかもしれない。そうしたらメーカー側は「2~3人用の大きめの冷蔵庫はどうですか」「洗濯機もどうですか」と勧めることができる。
そう考えると、サブスクに疲れたからといって定額制が廃れるというものではなくて、時代の変化とともにサブスクの使われ方も変化していくということですね。
とはいえみなさんやっぱり、先立つものはなるべく抑えたいでしょうから、これからいろんな種類のサブスクが出てくるでしょう。今後はますます消費者の財布と時間の奪い合いになりそうですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。