北朝鮮をも下回る日本の「対内直接投資」の惨状。実は、円安時代の“希望の星”になれるかも…

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世界第3位の経済大国でありながら(間もなくインドに抜かれる見込みだが)、これほどに海外からの直接投資が(名目GDP比で)少ない国は類を見ない。そこに日本の経済成長ポテンシャルを見出す視点もあるが……。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

来年度予算編成や重要政策の基本的な方針となる「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」が6月16日に閣議決定された。

2000兆円規模の家計金融資産を開放、資産運用会社の新規参入や商品開発力を促し「資産運用立国」を目指すことなど、原案段階で判明していたポイントについては、筆者もすでに各種メディアへの寄稿などで議論してきた。

本稿では、それらと同じくらい日本経済の将来に影響を及ぼす可能性のある重要なポイント、すなわち「対内直接投資」(買収を含む日本企業への出資や、日本での支店・工場の設置など)の促進について、今回の閣議決定で「期限」と「目標水準」が具体的に設定されたことに目を向けてみたい。

「海外からヒト、モノ、カネ、アイデアを積極的に呼び込むことで我が国全体の投資を拡大させ、イノベーション力を高め、我が国のさらなる経済成長につなげていくことが重要である。

対内直接投資残高を2030年に100兆円とする目標の早期実現を目指し、半導体等の戦略分野への投資促進(中略)を早期に実行し、我が国経済の持続的成長や地域経済の活性化につなげる」(「骨太の指針」より)

こうした方針が出る以前から、日本の対内直接投資を取り巻く環境がにわかに騒がしくなってきたように感じている読者も多いのではないか。

直近では5月18日、岸田首相が海外の大手半導体メーカーなど7社の経営幹部と首相官邸で面会したことが大々的に報じられた

最近日本でもよく名前を聞くようになった半導体受託生産のTSMC(台湾積体電路製造)はじめ、韓国のサムスン電子、米マイクロン・テクノロジー、米IBM、米インテル、米半導体製造装置メーカーのアプライドマテリアルズ、ベルギーの半導体研究開発機関imec(アイメック)という半導体関連企業のトップ級が顔を揃えた。

面会の場で岸田首相は「政府を挙げて対日直接投資のさらなる拡大、半導体産業への支援に取り組みたい」と述べ、日本への投資を促す方針を喧伝した。

対内直接投資が生み出す経済効果の大きさはすでに折り紙付きだ。TSMCが進出を決め、2024年の出荷開始を目指して工場建設が進む熊本県菊陽町では、地元の雇用・賃金情勢が劇的に変わり始めているとの報道(NHK、3月17日付)もある。

だとすれば、100兆円でも200兆円でも対内直接投資をどんどん誘致すればいいという話なのだが、少なくともここまでについてはそうなっていない。対内直接投資をめぐる過去の経緯と現状、この先の展望について、以下であらためて考えてみたい。

対内直接投資は「安い日本」の戦略分野

現在、日本の対内直接投資(残高)は世界的に見ても異様に低い状況にある。だからこそ、そこをテコ入れしようという政府の方針は、極めて自然な発想に基づくものと言える。

国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータによれば、2021年末時点の日本の対内直接投資残高(対名目GDP比)は5.2%。数値が公表されている201カ国の中で下から4番目となっている。

日本より対内直接投資残高(の対名目GDP比)が少ないのは、ネパール、イラン、イラクの3カ国だけ。日本のすぐ上、つまり下から5番目の国は北朝鮮(5.9%)だ【図表1】。

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【図表1】主要国の対内直接投資残高(%、対名目GDP比、2021年)。経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国で見ると、日本は最下位。

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)資料より筆者作成

OECD加盟国平均が56%であることを踏まえると、対内直接投資の呼び込みもしくは受け入れについて、日本がいかに閉鎖的にあるかがよく分かる。

なお、このUNCTADのデータで最上位グループに名を連ねるルクセンブルグや英領ヴァージン諸島、英領ケイマン諸島などは、租税回避地ゆえに極端な数字が出ているので、その点を勘案する必要はある。

とは言え、開発途上国の平均でも32%なので、日本の水準が国際的に見て際立って低く、「資本の鎖国」と揶揄(やゆ)されても仕方のない状況であることは間違いない。

だからこそ、歴史的な水準で推移する実質円安、いわゆる「安い日本」の状況にあっても、製造業の国内回帰にあまり期待できないのだとすれば、外資系企業の日本への新規投資(つまり対内直接投資)を促そうというのは、極めて理にかなった経済戦略と言える。

もう一歩踏み込んで言えば、インバウンド(訪日外国人観光客)促進は海外から「人」を、対内直接投資促進は海外から「企業」をそれぞれ日本に取り込む政策であり、「安い日本」が経済成長を実現するために不可欠の両輪として注力すべき戦略分野だと、筆者は考える。

実はこれまで「政府目標は達成されてきた」

それにしても、岸田政権が今回打ち出した対内直接投資の定量目標「2030年までに100兆円」に、現実性はあるのだろうか。

データによれば、対内直接投資残高は2013年から2022年までの10年間、平均して前年比9.4%増のペースで伸びている。仮にこの伸び率が維持された場合、2030年には約94兆円、2031年には100兆円の大台に乗るイメージになる【図表2】。

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【図表2】日本の対内直接投資残高の推移。2023年以降については、前年比9.4%増のペースが維持されると仮定して、試算値を示した。

出所:財務省資料より筆者作成

「2030年までに100兆円」という目標は、達成不可能ではないものの、簡単に到達する数字でもなく、絶妙な高さに設定されたハードルとでも言えばいいだろうか。

実は、対内直接投資の促進について、具体的な数値目標が設定されたのは今回が初めてではない。

例えば、20年前の2003年1月、当時の小泉政権は「対日直接投資残高を5年間で(2001年末比で)倍増させる」との政府目標を打ち出し、5月には「Invest Japan(インベスト・ジャパン)」のスローガンを掲げ、日本貿易振興機構(JETRO)に「対日投資・ビジネスサポートセンター」を設置して参入支援体制を整えた。

筆者は2004年4月に新卒でJETROに入構したので、当時配られた名刺に「Invest Japan」のロゴが刻印されていたことをよく覚えている。

なお、小泉政権が設定した「5年で倍増」の目標は、金額ベース、GDP比ベース、ともに達成された(6.9兆円→13.4兆円、1.3%→2.5%)。

さらに、より新しい例を挙げれば、2013年に当時の安倍政権(第二次)は「日本再興戦略」の中で「2020年までに対日直接投資残高を35兆円に倍増する」との目標を設定し、やはりJETROを巻き込んで包括的な支援を強化した。

そして結果的に、2020年の対内直接投資残高は約40兆円と、小泉政権に続いて目標を達成している。

もともと他国に比べて圧倒的に低い水準だっただけに、設定された目標がそもそも世界水準で野心的な数字とは言えず、その点を割り引いて考える必要はあるだろう。

それにしても、おざなりにされやすい財政再建目標などと比べれば、対内直接投資残高に関する目標はここまで説明したようにしっかりと達成されてきた経緯があり、必然的に今回も期待を抱きたくはなる。

ちなみに、菅前政権はちょうど2年前の2021年6月、対日投資誘致の「司令塔」と位置づけられる対日直接投資推進会議で、2030年の残高を対2020年比で倍増の80兆円とする目標を掲げた。

したがって、岸田政権は菅前政権時代の目標を上方修正した形になる

なぜこんなに対日直接投資は少ない?

それにしても、なぜ対日直接投資はこれほど少ないのか。

諸説あるものの、結論から言えば、決定的な要因が突き止められるには至っていない。

抽象的な要因としては、パンデミック下の防疫政策を通じて図らずも露呈した「閉鎖的な国民性」を指摘する声は多い。

終身雇用制度や年功序列賃金に象徴される日本のウェットな労働市場において、雇用ルールなどの面でドライな(米IT大手による昨今の相次ぐ大量解雇はまさにそれだ)外国企業は受け入れられにくい、というのは日本市場の閉鎖的な側面に注目した説明としてよく語られる。

しかし、それは抽象的な要因でも何でもない。解雇規制を筆頭とする硬直的な雇用法制の存在は、実際のところ、産業再編などを睨んだ外国企業の進出を阻む一因になり得る。

他に、もっと基本的な要因として、英語が不自由など言語の壁の問題もよく指摘されるところだ。

しかし、一般的な企業や投資家にとって適切な投資先とはどう考えても言えない北朝鮮をさらに(対名目GDP比で)下回る日本の対内直接投資残高が、上記のような要因で説明できるのか、これほどまでに日本が投資先として選ばれない要因とするに十分なものなのか。専門家の間でも結論は出ていない。

どうやったら対日投資は増える?

では、その低迷の要因がいま一つ判然としない状況において、政府はどうやって対内直接投資残高を引き上げていくつもりなのか。

今回閣議決定された方針には、対内直接投資残高の引き上げを目指し、次のような手段が列記されている。

「半導体等の戦略分野への投資促進、アジア最大のスタートアップハブ形成に向けた戦略、特別高度人材制度(J-Skip)や未来創造人材制度(J-Find)の創設、技能実習制度や特定技能制度の在り方の検討等を含む高度外国人材等の呼び込みに向けた制度整備、国際金融センターの機能強化、投資喚起プロモーション・世界への発信強化などを含む『海外からの人材・資金を呼び込むためのアクションプラン』を早期に実行する」

率直に言って、この文字の羅列を読んだだけでは、何がどれほどの確度をもって奏功しそうなのかまったく分からない。

現時点で言えるのは、実質実効為替相場(諸外国の通貨に対する日本円の価値もしくは競争力を表す名目実効為替相場に、物価格差を加味した指標)で「半世紀ぶりの円安」が続いており、他の先進国からの対日投資は過去に比べてコスト面で非常に旨みがあり、それは確実に追い風になるということだ。

また、客観的な事実として、地政学的な安定性や、依然として世界3位という経済規模、治安の良さなど、投資する側に訴えるポイントもそれなりにある。

特に注目に値するのは、地政学的安定性の観点だ。

国際通貨基金(IMF)は4月半ばに連続して発表した「世界経済見通し」と「国際金融安定報告」の中で、近年の海外直接投資の変容を地政学的な観点から説明している。

筆者は4月14日付および4月20日付の寄稿で、IMFの指摘を次のように解説した。

「政治的に距離のある国(多くは新興国)からは直接投資ないし証券投資の引き揚げが進み、自国もしくは政治的利害が一致する友好国には厚めに配分される構図がある」

「経済的合理性より国家間の親密度に応じて資本フローの増減が決まる傾向が強まっている」

「企業が海外直接投資のリロケーション(再構築)の検討を進める中で、企業が本拠を置く国(多くは先進国)と政治的に距離がある国(多くは新興国)は、直接投資の流出に見舞われやすくなる」

事実、世界の直接投資の動向は、地政学リスクの高い中国から中国以外へシフトしていく潮流がある【図表3】。

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【図表3】地域別に見た直接投資件数の推移(半導体の例、2015年第1四半期を100とした場合)。

出所:国際通貨基金(IMF)春季「世界経済見通し」より筆者作成

こうした時代背景は、日本が対内直接投資を引き込む上で追い風になるはずだ。

「円安を活かす」カードの重要性

これからの日本では、基礎的な需給構造の変化を背景として、円高局面よりも円安局面のほうが長くなる可能性が高いと筆者は考えている(その論拠は過去の寄稿で繰り返し述べてきたので、ぜひ参考いただきたい)。

だからこそ、日本は「円安を活かす」カードを1枚でも多く用意しておくべきと考える。

近年はサービス輸出、すなわちインバウンド消費の促進に関する議論が多く、それ自体はあるべき方向性の一つに違いないが、観光産業に過度の期待を寄せるのは無理筋というものだ(コロナ前にインバウンド需要がピークを迎えた2019年ですら、旅行収支黒字は2.7兆円ほどだった)。

一方、世界第3位の経済大国でありながら北朝鮮を(対名目GDP比で)下回る日本の対内直接投資残高は、あまり誇れた話ではないものの、相応の成長ポテンシャルを感じることは間違いない。

投資誘致に成功すれば、円安を起点として日本経済が輸出数量を伸ばすという、かつての「勝ちパターン」を取り戻せる芽もなくはない。もちろん、新たな時代の経済成長モデルとしてそれが正しいのかどうかはさておき、だが。

そんなわけで、閣議決定された骨太の方針は異次元(?)の賃上げや少子化対策にスポットライトが当てられがちだが、筆者としては、対内直接投資残高の引き上げもそれらに負けず劣らず重要な取り組みの一つになるということを、あらためて指摘しておきたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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