白樺湖のほとりに建つSANUのキャビン。
撮影:浦上早苗
コロナ禍の3年間でリモートワークが普及し、地方移住や二拠点生活実践者も増えてきた。とは言え、大部分の都市在住者はそこまで踏み切れないのも現実だ。そんな首都圏の在住者向けに、「月額5.5万円で自然の中にもう一つの家を持つセカンドホームのサブスク」を提供するのが、2021年にサービスを始めた「SANU」。白樺湖、軽井沢の2つの拠点に滞在し、別荘でのリモートワークを体験した。
軽井沢、河口湖など10拠点に展開
SANUは2023年6月20日現在、軽井沢(長野県)、河口湖(山梨県)、山中湖(同)など都心から1~3時間のエリアに10拠点61室を展開している。個人向けプランと、最近登場した法人向けプランがあり、個人向けの月額利用料は5万5000円。1滞在で4泊まででき、最大2予約を取れる。1滞在あたり清掃料金(3300円)がかかるほか、週末・祝前日利用や愛犬と過ごせるキャビン(客室)、サウナ付きのキャビンなど特別仕様の客室には追加料金が必要になる。
最初にSANUの拠点の中で都心から最も遠い白樺湖(長野県)に2泊した。聞いたことのない場所だったが、同社の広報担当者に「入社前まで知らない場所だったけれど、喧騒から離れた湖畔の生活を味わえる」と勧められたからだ。
2023年5月には軽井沢に新たな拠点がオープンした。
リモートワークが導入されている会社員の夫と、新宿から特急あずさで茅野駅に行き、レンタカーを借りた。白樺湖周辺は飲食店やスーパーが少ないと聞いており、夕食2回分、朝食1回分の食材を自宅から持って行ったため、普段の旅行に比べ荷物が2倍になった。
ただ、白樺湖に向かう途中に農産物直売所「たてしな自由農園」に立ち寄ったところ、地元産の野菜はもちろん、ソーセージや焼くだけの味付け肉、冷凍ピザ、冷凍おやき、袋から出すだけの筑前煮など簡単に食べられる食材が充実しており、次に来ることがあればここで買えば大丈夫と分かった。ちなみに、滞在した拠点から歩いて5分のところにもローソンがあり、手ぶらで行っても食事はなんとかなった。
白樺湖:眼前に湖、静けさの中で仕事
15時ちょうどに白樺湖の拠点に到着し、スマートフォンでチェックインして暗証番号を受け取った。滞在中は暗証番号で鍵の開け閉めをする。
チェックイン・チェックアウトはスマートフォンやPCからセルフで行う。
キャビンの内部はキッチン・ダイニング、リビング、ワークスペース、ベッドスペースが緩やかに区切られたワンルームになっている。
キャビンの中はリビングやベッドスペース、ワークスペースが緩やかに区切られている。
一部のリノベ物件を除いて、キャビンのデザインは統一されている。
SANU公式サイトより
部屋に入って最初に目に飛び込んでくるのは、高さ4メートル、横幅最大約5メートルの大きな窓。この窓の存在は行く前から知っていたが、実際にその前に立つと「自然の中にいる」ことを感じられる。
私はコロナ禍をきっかけに既に都外に引っ越しており、リビングから富士山が見え、窓を開ければ鳥のさえずりと虫の鳴き声が聞こえる家に住んでいる。だから自然に囲まれた生活の良さは言われるまでもなく日々体感しているのだが、太陽の光とともに植物の緑、湖の薄い青、空の青が大きな絵のように映し出されるこの大きな窓は格別だった。
左は白樺湖、右は軽井沢。大きな窓が「自然」と居住者をさらに近づけてくれる。
荷物を整理し、キャビンの中をあちこち見ていると、夫は既にジョギングウェアに着替えて持参したシューズに履き替えているところだった。
「仕事は?」
「有給取った」
え?リモートワークしないわけ?と聞くと、「せっかく遠くに来ているのに仕事するのはもったいない」と言い残し、ジョギングに出かけてしまった。
残された私は、1人仕事にとりかかった。Business Insider Japan編集部に「自然に囲まれた別荘で仕事をすることで生産性が上がるのか。検証してほしい」と依頼されており、やらないわけにはいかない。
ワークスペースに設置されたスピーカーで、好きな音楽を楽しめる。
WiFiのスピード、コンセントの数は問題なし。ワークスペースは壁やドアで区切られてはいないものの、ちょっとした書斎のようになっていて集中できる。ダイニングテーブルを使えば、3人同時に無理なくデスクワークができるスペースがある。でも壁に向かって黙々仕事をするのは、夫の言う通りもったいない感じがする。
自炊と運動、3日で3キロ減
滞在中に作った食事。4人の滞在に困らない食器、調理器具、調味料が用意されている。
食事は、昼ご飯を外で食べた以外は、自分たちで料理した。勝手が分からなかったので、簡単に調理できるミールキットを3回分持参した。調味料は醤油、塩、砂糖のような基本のものはもちろん、ごま油、オリーブオイルなどもあり、新たに買ったのはスープ用の中華だしだけだった。
IHヒーターが設置されたアイランドキッチン。
朝はたてしな自由農園で買ったイチゴと、自宅から持ってきた台湾パイナップル。日頃は時短のためカットフルーツを買っているが、せっかくだからとパイナップルを丸ごと持ってきた。恥ずかしながら、40代にして初めてパインの皮を自分でむいた。
朝食は自宅から持ってきたパインと、現地で買ったイチゴ。キャビン内の手動コーヒーミルで豆をひいたコーヒーも。
夫がパインを見て「荷物重かったのって、これだったのね」と言いながら、キャビンにあった手動のコーヒーミルで豆をひき、コーヒーを淹れてくれた。
滞在2日目の土曜日も午前は少し仕事をしたが、ジョギングから戻ってきた夫に、「外に出ないともったいなくない?」と言われ、私もついに仕事を諦めた。
畑でそばの実を栽培している完全自家生産のそば屋でそばと山菜の天ぷらを食べ、自分で豆を焙煎しているコーヒー屋でコーヒーを飲み、日帰り温泉とサウナに行き……。
白樺湖、びっくりするくらいいい場所だった。週末でもゆったりとしていて、立ち寄った飲食店の価格はどこもリーズナブル。
白樺湖周辺はジョギングコースになっており、準高地であることから駅伝ランナーの練習にも使われているという。
白樺湖の外周は3.8キロ。毎日2周走っていた夫が、「走っても走っても全然前に進んでいる気がしないんだけど。すごく疲れるし、体力落ちたのかなあ」とぼやいていた。「標高が1500メートルあるからじゃない?」と教えたら、「そういうことか!」と今更ながら驚いていた。
夫は毎日ジョギングでへとへとになって、SANUスタッフにお勧めされたたき火もせずに早寝早起きをして、毎日温泉とサウナに入って野菜中心の料理ばかり食べていたら、2泊3日で3キロやせた。
まるでダイエットのような旅だった。
軽井沢:女子旅で夜更かし、リアリティ番組三昧
軽井沢のキャビンでは備え付けのプロジェクターを使ってNetflixのリアリティドラマを鑑賞。
2回目は趣向を変えて、女友達2人とできたばかりの軽井沢のキャビンに1泊した。
SANUのスタンダードタイプのキャビンは、セミダブルベッドが2つあり、最大で4人泊まれるが、追加料金を払って友人や家族のためにもう1つキャビンを予約することができるので、人数が多めのグループ旅行にも使いやすい。
チェックインしてから3時間はそれぞれ仕事をし、夕食時はキャビンにあるプロジェクターをを引っ張り出して、Netflixのリアリティドラマ鑑賞会。朝の新幹線から喋りっぱなしなのに、寝落ちする寸前まで話は途切れず、翌朝は10時にチェックアウトして花屋に併設されているカフェにモーニングを食べに行った。
最大の魅力は手軽さと柔軟性
SANUのビジネスモデルを聞くと、多くの人は「セカンドホームを持つことで仕事の生産性が高まるのか」「月5万5000円の料金はお得なのか」の2点が気になるようだ。SANUによると個人での利用は平日が週末を上回っており、リモートワーク利用が多いことがうかがわれる。
前述したように、Business Insider Japan編集部にも「仕事の環境がどうなのか知りたい」と言われた。
仕事をする環境は整っているし、集中はできるだろうけれど、個人的にはリズムや精神を緩めてリフレッシュないしはリラックスする場所として利用した方がいいと感じた。
朝から夜まで仕事をしなければならないほど時間に追われているなら、遠くに移動する時間がもったいないし、食事を自分で調達しないといけないこと、ウーバーイーツが来られる場所でないことを考えると、1階にコンビニがあったり3食出してくれるホテルの方がよほど効率的だ。
リモートワーク、ブレストなどを想定し、テラスにも作業スペースがある。
SANUの最大の良さは、フレキシブルなことだろう。夫との旅行では、SANUの標準的な過ごし方を意識し、料理をしたり運動をしたりと「ウェルビーイング」をやってみたが、女友達と行った軽井沢ではワインを開けてネット番組を見て深夜までしゃべり倒した。24時間出入りでき、暮らせる設備が整った戸建てなので、多様な過ごし方に対応できる。
夫と私は白樺湖の美しさを前に「仕事をしているのがもったいない」という気分になったが、継続して利用している人なら、1日中仕事をする日があってもいいし、会社の合宿にも使えるだろう。
ホテルと違ってキャビン単位で予約するシステムである点もフレキシブルだ。時間を調整しやすい私に対し、夫は年休取得をぎりぎりまで迷うので、金~日曜日に2泊3日で旅行したくても計画が立てづらいのだが、SANUだととりあえずキャビンを金~月まで予約しておいて、夫には来られるときに合流してもらうこともできる。
私たち夫婦は旅行好きで、リゾートマンションやホテルの区分所有の案内もよく受け取り、実際に説明会に行ったこともある。ただ、所有する形式だと最初にかなりのお金が必要だし、一度所有したら利用しないといけないという義務感が生まれ、利用できないときにストレスになりそうだから契約はしなかった。
別荘の購入だけでなく、移住や二拠点移住を検討しながら踏み切れない人にとっても、最低契約期間が3カ月で、必要なくなったら解約できるSANUのシステムは使う価値があるだろう。
キャビンは50年後に解体
もう一点、私が興味を持ったのはキャビンを50年後に解体し、自然に還すという長期計画だ。
SANUによると、CO2の吸収力が落ちた樹齢50年以上の木材を岩手県の釜石地方森林組合から調達し、釘やビスの使用を最小化することでほぼすべての部品を分解できるように設計するなど、環境に配慮した建設を採用している。また、収益の一部で植林活動を行うことで、キャビン建設においてCO2吸収量が排出量を上回るカーボンネガティブを実現するという。
写真左:通常は住宅の建築から排除されるふしのある木材も利用されている。写真右:チェックインの際、ロックキーにハチが止まっていた。虫が苦手な人には勧められない……。
観光・不動産業はトレンドの変化が激しい。1980年代から90年初めのバブル期は団体旅行最盛期で、観光地に大型宿泊施設が続々と出現した。別荘ブームも起き、リゾートマンションや戸建ての別荘が飛ぶように売れた。
だが、バブル崩壊や個人旅行へのシフト、あるいは高齢化によって放置される建物も増え、多くの観光地で廃墟化した建物が景観を損ねている。
新築の建物が清潔で快適なのは当たり前で、「別荘のサブスク」というコンセプトも今は新鮮だ。20~30年後にトレンドが変化し、建物が古くなっても利用者を惹きつけ、地域に望まれる施設であり続けられるのか。月額固定でお金を払って経営の安定を支え、自然や環境に配慮した持続的な運営を支援する。と考えれば、消費者側にとっても新しい仕組みに感じる。
ホテルの快適さ求める人には不向き
最後に、SANUの利用に向いていない人というのも書き記しておきたい。
何もしたくない人
「旅行のときくらいは、家事を一切やらず、上げ膳据え膳でもてなしてほしい」という人も多いだろう。SANUのコンセプトはセカンドホームなので、食事は自身で調達しないといけないし、使った皿は洗わないといけない。チェックアウト前にはゴミ出しも必要。とことん自分を甘やかしたい派には、タスクが多く感じるかもしれない。
車に乗らない人
車がなくてもバスやタクシーを使えば何とかなるが、いずれの拠点も駅から徒歩圏内になく、車があった方が断然便利。軽井沢の拠点に宿泊した際はタクシーと電車で移動したが、待ち時間が発生したり、コインロッカーに荷物を預けたりした。継続的な利用を考えると、利用者に車を運転できる人がいないなら行動に制約が出そうだ。
ちなみにSANUはレンタカー企業と提携しており、拠点の最寄り駅から利用できる。
虫が苦手な人
自然との共生は虫との接近……というか、虫の住処にお邪魔させてもらうようなもの。白樺湖のキャビンに宿泊したときは、ロックキーの上にハチが鎮座していたし、軽井沢のキャビンでは虫が入り込んでいて、ティッシュでつまんで外に出したのと入れ違いに、蛾が入ってきた。とにかく虫がダメ、という人はやめた方がよさそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。