日本のミレニアル世代は2700万人、総人口の5分の1を占める。
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フリーランスのソフトウェアエンジニアとして働くイセチ・マコト氏(36歳)とレストランオーナーを志す彼の妻は、あと数カ月でようやく全ての借金を返済できる。
イセチ氏は鹿児島で育った。高校を卒業し、小売店で楽器を売る仕事からキャリアをスタートさせ、小さなバンドでギターを演奏した後、ミュージシャン仲間とIT企業を設立した。
その会社が2019年に倒産した時、彼は3万5000ドル(約500万円)の借金を抱え、妻は調理師学校に支払う学費を捻出する必要から、ローンを組んだ。
イセチ氏はフリーランスのウェブデザイナーになることを決意し、YouTube動画を見たりオンライン講座を受講したりして、独学でコーディングや画像編集ソフトの使い方を学んだ。
この3年間で、彼は少しずつクライアントを増やし、今では月に7500ドルを稼ぐようになった。
「やっと、未来に向けてスタートを切れます」と、彼はInsider記者に語った。
とは言え、イセチ夫妻がその未来に劇的な変化を望んでいるわけではない。妻は大阪の3LDKのアパートから引っ越して、田舎でイタリアンレストランを開きたいと考えているが、子供を産んだり、家を買ったり、金持ちになりたいとは思っていない。
景気低迷の長いトンネルから抜け出せず、繰り返される自然災害に数多くの人が苦しむ日本の実情ももちろん認識してはいるものの、多くの日本のミレニアル世代がそうであるように、イセチ夫妻も今の自分たちの生活に満足している。
北海道で休日を過ごす、ウェブデザイナーのイセチ・マコト氏。
Isechi Makoto
米シンクタンクのピュー・リサーチ・センターは、ミレニアル世代を1981年から1996年生まれと定義する。年齢で言えば、現在の27歳から42歳がそれに当たる。
したがって、アメリカのミレニアル世代の中には、2008年の世界金融危機後の混乱期にキャリアをスタートさせねばならなかった者もいるが、一方で好景気を背景に意気揚々と社会に出た者も少なくない。
しかし、日本のミレニアル世代は好景気というものを一切知らずにここまでの人生を過ごしてきた。
日本のミレニアル世代はおよそ2700万人。アメリカの7200万人や中国の約4億人に比べるとはるかに少ないが、日本の総人口の約5分の1を占め、その動きは社会に大きな影響を及ぼす可能性がある。
Insider編集部は日本のミレニアル世代についてより深く理解したいと考え、ミレニアル世代3人とエコノミスト2人に話を聞いた。
日本のミレニアル世代の全てを理解できたわけではないが、この世代に典型的なキャリア志向、消費性向、家計に関する意識については、かなり明確に把握することができた。
景気低迷と相次ぐ災害が、ミレニアル世代を保守的にした
数十年間変わらず続く、日本の朝の通勤風景。
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イセチ氏と彼の弟は、日本の南部に位置する鹿児島で育った。日本の近代でまれに見る不況の中で幼少時代を過ごし、両親がマイホームとマイカーのローンに苦しむ姿を見てきた。
「母は私たちに『絶対にローンを組んではいけない』とよく言っていました」とイセチ氏は振り返る。
IT企業の立ち上げと倒産で借金を背負ったイセチ氏は、母の忠告に従わなかったことになるが、あえてそうしたのは「幼少期に味わった経済的苦境が、自分の考え方に大きな影響を及ぼしている」からこそだと語る。
静岡県立大学大学院経営情報イノベーション研究科長の竹下誠二郎教授は、イセチ氏の幼少期について、次のように解説してくれた。
「日本のミレニアル世代は、バブル景気が弾けた不況の中で人生をスタートさせたのです」
日本は1986年からバブル景気を謳歌(おうか)したが、90年代初頭にバブルは崩壊した。日経平均株価は1989年12月29日に3万9000ドル(当時のレートで3万8915円)の史上最高値を付けた後、1年で40%も下落した。
GDP(国内総生産)成長率は1980年代には平均4%程度だったが、90年代以降はほとんどの年で1〜3%程度の低空飛行が続く。特に1991年からの10年間は「失われた10年」と呼ばれ、失業率は2.1%から2002年には5.4%と歴史的な高水準に跳ね上がった。
野村総合研究所エグゼクティブエコノミストの木内登英氏は、Insider編集部の取材に対し、「日本経済は(失われた10年にとどまらず)30年続く停滞に陥りました」と指摘した上で、こう続けた。
「そのような経済状況が、ミレニアル世代の支出をより慎重にし、働き方を保守的にしたのです」
バブル崩壊後、1997年にはアジア金融危機に見舞われた。それと前後して、1995年には阪神・淡路大震災、2011年には東日本大震災という巨大地震が相次いで日本を襲い、生活と経済を直撃した。
静岡県立大学の竹下教授は、相次ぐ災害と経済的混乱が日本のミレニアル世代の世界観を形成したと考えている。
「好景気に浮かれていた前の世代に比べて、ミレニアル世代はより現実的になりました」
それには良い面もある。
「国際問題や自然災害など、多くのネガティブな出来事を目にしながら育ったミレニアル世代は、過労死するほどに働き詰めに働いてきた前の世代とは違います。この世代はバブルに浮かれた経験はなく、冷静なのです」
若い世代の持ち家率は大きく低下
日本のミレニアル世代の大半は持ち家に憧れず、賃貸で満足している。
Issei Kato/Reuters
統計・市場調査サービスのスタティスタ(Statista)によると、日本の持ち家率は1970年代以降、60%前後で安定しているが、若い世代の持ち家率は低下している。
2018年時点では、家計主が30~34歳の世帯での持ち家率は26%であり、1983年の46%に比べて大きく減った。家計主が35〜39歳の世帯でもやはり同じ期間に、持ち家率が60%から44%に低下している。
「自分たちのために家を買うなんて、考えたこともありません。安心して家を購入できるほど経済が安定しているとは思えませんし、良い物件を選ぶための知識もありません」(イセチ氏)
彼らの親世代や韓国の同世代とは異なり、日本のミレニアル世代の多くに持ち家への憧れはない。前出の竹下教授によれば、「資産価格がどん底まで下落した現実を知っているから」だ。
京都に住む37歳のメカニカルエンジニア、ジン・グジン氏は同世代の賃貸需要が高い点に目を付け、賃貸用不動産に投資している。2022年には43万ドルのローンを組んで2つの物件を購入し、入居者がキッチンとバスルームを共用するシェアハウスに改装した。
ジン氏の物件では合計12人が部屋を借りており、各入居者に月470ドルを請求、月5600ドル以上の家賃収入を得ている。
物件購入のために組んだローンの支払いは月1000ドルで、あと7年ほどすれば完済できる予定だ。
彼自身もシェアハウスの一室に住んでいるが、気負いはない。
「もし自分が物件オーナーでなかったら、他人のシェアハウスを借りて満足していたと思います。日本人は死ぬまで賃貸でもハッピーなのではないでしょうか」(ジン氏)
過労死するほど働かない、でも長時間労働が存在するのは事実
自身が所有するシェアハウスの前に立つ、ジン・グジン氏。
Jin Gujin
過去13年間、ジン氏は平日はオフィスに通い、1日12時間ほど、スマートフォンやカメラ、タブレット端末の設計に携わってきた。
午後10時に帰宅すると、夜はテレビゲームをしたり、漫画を読んだりして過ごす。睡眠時間は4時間程度だ。
「オフィスにいる時間が長いのですが、趣味や人との交流の時間も必要なので、どうしても睡眠時間が短くなります。普段は朝の3時か4時に寝て、7時半に起きて仕事に行きます」
ジン氏によると、彼が勤めている会社では1週間に20時間残業するのが普通だという。
記事冒頭で登場したイセチ氏は、フリーランスのウェブデザイナーとして土日もほぼ休まず働いている。それでも、楽器販売店の店員として先輩社員と一緒に遅くまで残業していた頃に比べれば、精神的なプレッシャーを感じることは少ないそうだ。
ジン氏やイセチ氏のように長時間働いている人は今でもいるが、全体的な状況は変わりつつある。竹下教授によれば、ミレニアル世代は残業が当たり前の企業文化に拒否反応を示している。
「残業が減っているのは、企業側の事情もあります。以前に比べて日本の潜在成長率は著しく低下しており、社員に残業させても業績が伸びるわけではありません。ですから、企業も働き手も時間に余裕があるのです」
経済協力開発機構(OECD)のデータによれば、日本では新型コロナの世界的大流行以前から労働時間が短くなっていた。
日本の年間総実労働時間は2019年に1644時間となり、2010年の1733時間から5%減少した。一方、アメリカと韓国の2019年の総実労働時間はそれぞれ1824時間、1967時間と、いずれも日本を大きく上回っている。
経済不安が拭えず、子供を持とうと考える人は少ない
スガヌマ・ナツキ氏は自分の夢を追うために大手食品会社を辞め、微生物学研究を手がける会社を起業した。
Suganuma Natsuki
東京に暮らすスガヌマ・ナツキ氏(33歳)は、2021年に仕事を辞めて微生物学研究を手がける会社を立ち上げた。彼女には子どもを持つ同級生もいるが、彼女とその夫は会社を経営しながら子育てするのは難しいと考えている。
「政府は私たちに出産と子育てを奨励します。でも、ほとんどの人は子供の面倒を見る経済的な余裕がなく、出産には及び腰です」(スガヌマ氏)
今回の取材に応じた3人のミレニアル世代は全員、交際または結婚しているが、子供を持つことは考えていないと口を揃えた。
厚生労働省によると、日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の推計人数)は2022年に女性1人当たり1.26に減少し、過去17年間で最低となった。
これに対し、世界銀行によれば、アメリカの出生率は2021年に1.7だった。日本より少子化が深刻なのは先進国では韓国だけで、同国の2022年の出生率は0.78と世界最低を記録した。
そうした日本の出生率低下は、特に新しいトレンドというわけではない。
内閣府によると、日本の出生率は第二次世界大戦後の1947年に4.54を記録したが、1960年頃から急激に下がり始め、日本経済が好景気に沸いた1970年代までは2.0前後で横ばいだった。その後、出生率は下がり続けている。
日本政府は、出産後の女性が仕事に復帰できる環境を整えることで、出生率を高めようとしてきた。それでもミレニアル世代が子供を産まないのは、将来に自信を持てないからだ。
日本では2000年代以降、20年以上にわたり実質賃金が上昇していない。最近では、インフレ率が急上昇したために一部の企業が賃上げに踏み切っているが、野村証券の木内氏はこれも一過性の動きにすぎないとみている。
「若い世代は、将来的に収入が増える見込みがないと考えています。彼らは限られた収入の中で生活し、なおかつ人生を楽しみたいと思っているので、結婚や出産は後回しになっているのです」
フリーランスのイセチ氏と彼の妻は、数年ごとに日本各地を転々とする生活を楽しんでいる。しかし、子供ができたらどこかに定住しなければならない。それも、イセチ氏夫妻が子供を持とうとしない理由の一つだ。
「子供を持つことは、私たちの人生にとって大きな変化であり、良い親でいることは簡単ではありません。いつになったらそんな決断ができるのか、正直なところ分かりません」(イセチ氏)
ミレニアル世代の消費は一貫して「堅実」
好景気を知る上の世代とは異なり、日本のミレニアル世代は堅実で質素な消費者だ。
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資産バブルが弾けた後に育った日本のミレニアル世代は、それ以前の世代よりもはるかに質素になったと、前出・静岡県立大学大学院の竹下教授は言う。
「ミレニアル世代は、バブルを経験した世代と違って浪費家ではありません。この世代はより現実的で、支出傾向は質素で堅実です」
研究会社を起業したスガヌマ氏は、月給5700ドルのうち約15%を貯金しつつ、総額6万ドルの学費ローンを返済中だ。レジャー支出のほとんどはヨーロッパとアジアのバックパック旅行に費やし、これまでに35カ国を訪問した。
一方、エンジニアのジン氏の2022年の年収は7万8000ドルだった。手取り収入の70%を貯金し、その一部を株式とビットコインに投資している。大きな出費は日本国内を車で旅行する程度に抑えているが、近々2000ドルかけてアメリカ西海岸に旅行する予定だという。
無借金生活まであと一歩のイセチ夫妻は、家賃、税金、ローン返済で手元にはあまりお金が残らず、ほとんど貯蓄がない。
「お金を貯めようにも、貯められない。それが今の大きな悩みです」(イセチ氏)
親世代と違い、出世競争に関心はない
自らの会社を立ち上げる前、スガヌマ氏は大手食品メーカーで7年間、ヨーグルト製品の健康効果を研究していた。研究成果を上げるために、彼女が所属するチームは週末も当たり前のように働いていた。
彼女は昇進しなかったが、むしろそれで良かったのだという。
「今の若い人は、あまり昇進したがりません。大企業の社長たちは毎日忙しく働いていますが、楽しそうに仕事をしているようには見えないからです」
会社生活に嫌気がさした彼女は2021年に退職し、腸内の環境が妊娠や一般的な健康状態にどのように影響するかを研究する会社を立ち上げた。
「私には人々を健康で幸せにしたいという夢があります。以前勤めていた会社では、食品を安く売るため大量生産することが前提だったので、自分の夢を追う研究はできませんでした」
エンジニアのジン氏も、13年間勤めている今の会社で一度も昇進したことがない。
「日本の会社では、どれだけ一生懸命働いても、昇進できる人はごく一部です。私は社内で出世を目指すのではなく、他の場所で満足感を得ることにしたのです」
ジン氏の夢は、語学教師免許を取得し、日本語教師として海外(おそらくタイ)に移住することだ。
「何か新しいことをしたいんです。自分の会社を作るのもいいですが、今のところまだ良いアイデアが浮かびません」
貯蓄がなく、子供もいないイセチ氏は、前の世代より自分たちの世代が恵まれているとは考えていない。
「私も両親と同じ(ローン返済の)苦しみを味わっています。でも、それを含めて楽しんでいます。私の人生なんですから」