現在も公開中の『名探偵コナン 黒鉄の魚影』。
撮影:杉本健太郎
映画『名探偵コナン』シリーズの最新作『名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)』の快進撃が止まらない。公開初日の4月14日から2カ月が過ぎたのに、6月16~18日の興行ランキング(興行通信社)で、10位につけている。その時点で興行収入は129億8680万円。シリーズ初の100億円突破どころではなく、最終予測で135億円超えも視野に入ったというから驚く。
同シリーズはこれまで、コロナ禍以前は90億円台が2本(2018年、2019年)あったが、100億円の壁は厚かった。2021年はコロナ禍の影響で76億5000万円と落ち込んだが、映画館の入場制限がとれた2022年は97億8000万円と90億円台に戻し、満を持して2023年で100億円の大台を超えた。
1997年の第1作から26作もの作品があるなか、今回ここまで数字を伸ばすことができたのはなぜなのか。複合的な理由が重なり合っているが、一番に挙げたいのは客層の変化、広がりである。
過去20年にあった劇場版コナン「2つの節目」
ここ10年右肩上がりで興収を伸ばしている(スピンオフ作品は除外)。
東宝提供のデータをもとに編集部作成。
2000年以降で見ると、興収が大きく増えた2つの節目があった。2009年と2014年だ。2009年の『漆黒の追跡者(チェイサー)』が35億円台、2014年の『異次元の狙撃手(スナイパー)』が40億円台に、それぞれ初めて乗せた。興収の飛躍には、当然理由がある。当時、営業係をしていた劇場関係者に聞くと、以下のような経緯があったという。
夏の大作公開が迫る中、コナンはどこまで記録を伸ばせるか。
撮影:杉本健太郎
「2009年頃、テレビアニメの放映時間が変わりました。時間帯が少し早くなったんですね。それは、テレビシリーズが始まってから10年を超え、ファン層が微妙に変わってきたからです。当初から見ていた子どもたちは、だんだんシリーズから離れていく年代になってきました。そこで、放映の時間帯を早くして、新たな子どもたちを視野に入れたんです」
放映時間帯の変更がうまくいったかどうかはともかくとして、同時期に、劇場版でも中身のテコ入れを始めたというのだ。「だんだんシリーズから離れていく傾向のあった10代後半から30代の人たちをターゲットにしたのです。配給側の人も、若い層を目指したいと言っていました」(前出の劇場関係者)。
一例として、2009年の『漆黒の追跡者』は、コナンの宿敵「黒ずくめの組織」を話の中心にもってきた。「黒ずくめの組織」が登場するのはシリーズ2度目だ。ファンからすると、シリーズの原点でもある「黒ずくめの組織」への関心度は特に高い。このような話の設定によって、離れつつあった世代が、劇場版に戻ってきたという。
2013~2014年:ルパンとのコラボで大人の観客を取り込む
次の節目である2014年で忘れてはならないのが、その前年の2013年の12月にスピンオフ作品として、『ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE』(42億6000万円)が公開されたことだ。この作品は、ルパン三世ファンの大人層も取り込み、それまでのコナンシリーズの客層の幅がさらに広がった。
『ルパン三世vs名探偵コナン』は2009年にテレビでも特番が放映されていたため、その続編である劇場版への期待感が大きかったことも見逃せない。ルパン三世効果は、翌2014年の『異次元の狙撃手』の興行に顕著だった。「黒の組織」との関連性、劇場版で初お目見えのキャラクターの登場などが、作品への関心度を高めたことも大きく、初の40億円台に乗せることができた。
FBI捜査官で射撃の名手・赤井秀一。
©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
子どもから大人になりつつある若い世代の観客が、2009年から2014年にかけて、じわりじわりと増えていくことが興収の数字から見てとれる。作品に仕掛けた製作側のさまざまな工夫は、かつてのファンをつなぎとめる役割となり、それは60億円台から90億円台へとステップアップを続けていく。
ただ、設定やキャラクターの変化は、一つのきっかけに過ぎない。中身がつまらないとなれば、それは一過性の現象に終わる。コナンシリーズは、中身全体がどんどんグレードアップしていったとともに、深化していったと言ったほうがいい。
「大人の鑑賞に堪えうる」というのは嫌な言い方だが、シリーズの根幹にあるサスペンス、謎解き、アクション描写、さまざまな人物模様、魅力的なキャラクターなど、いろいろな局面から楽しめる作風こそが、興行の飛躍の鍵を握っていたと言えるのではないだろうか。
『鬼滅の刃』現象が興収100億円への分水嶺に
一方で、映画をめぐる昨今の興行状況の変化も指摘したい。1本の作品が100億円を超えるのは、生半可なことでは達成できない。国民的な支持が必要になってくる。
そこで注目したいのが、コロナ禍のただなかで公開された2020年の『劇構版「鬼滅の刃」無限列車編』(興収404億3000万円)が、社会現象化するほどの爆発的なヒットを見せたことだ。
これが何を意味したかといえば、アニメにふだん縁のない人まで映画館に足を運んだことだ。それは、『鬼滅の刃』だけの一過性で終わらなかった。2021年以降、『劇場版 呪術廻戦 0』(138億円)、『ONE PIECE FILM RED』(197.1億円)、『すずめの戸締まり』(147.9億円)、『THE FIRST SLAM DUNK』(145.9億円、現在も公開中)まで続く。
すべて、ケタ違いの興行である。それぞれの固定ファンだけでは、このような数字は達成できない。鬼滅現象以降の「邦画アニメを見る層の広がり」が、今回の『黒鉄の魚影』でも引き継がれたとしか思えない。
2020年以降配信に舵を切ったディズニーの低迷
昨今の興行状況を踏まえると、別の視点から次のようなことも考えられる。
『アナと雪の女王』をはじめとして、圧倒的なアニメ興行を続けてきたディズニーの低迷だ。コロナ禍のさなか、同社は2020年6月11日に配信サービスのディズニープラスを日本で開始し、劇場公開予定作品を配信のみにしたり、劇場公開と配信を同時に行ったりした。この間、皮肉なことにディズニーアニメのヒット作品は激減した。劇場公開されても、配信ですぐに見られる環境は、よほどの作品でなければ、当然劇場での観客を減らすだろう。
ディズニーアニメのファンは、国内にも非常に多い。ここが揺らいだことで、その層が邦画アニメに流れたこともありえるかもしれない。厳密なデータがあるわけではないが、邦画アニメの快進撃とディズニーアニメの状況の変化が、時期的にほぼ重なったことは無視できない。ここでは、洋画全体の興行低迷が、邦画の興行好調ともかかわりがあるだろうという推測にとどめておこう。
2019年までコンスタントにヒットを飛ばしていたディズニーが2020年以降低迷している。
興行ランキング、キネマ旬報などのデータをもとに編集部作成。
『名探偵コナン』のヒットはこの先も続くのか
もはや子供向け映画という範疇にとどまらない『名探偵コナン』。
©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
『名探偵コナン』に話を戻せば、さきに挙げた邦画アニメの大ヒット作品たちとは、明らかな違いをもっている。
毎年、新作が公開されることだ。邦画にはかつて、実写版やアニメの人気シリーズの系譜(プログラムピクチャー)があった。それらは、夏と正月の興行のかきいれどきに公開されることも多かった。『名探偵コナン』シリーズは、その伝統を受け継いでいる印象が強い。いわば、風物詩としての映画だ。
風物詩的な作品のあり方は、シリーズの圧倒的な強みであるとともに、大変な労苦も生む。その都度、観客の期待に応える必要があるからだ。
だから、製作陣の奮起が興行の成否を握る。絶えず、中身に新鮮さを出さないといけない。キャラクター人気にも応えないといけない。うまくいけば次につながる。それを『名探偵コナン』が20数年にわたって続けてきたことは特筆すべきだ。
もっと長きにわたる邦画のシリーズものには、『ドラえもん』があるが、両者は興行の飛躍度が違う(最新作『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』は興収43億円)。こうした背景を考えると、今回、初の興収100億円超えという大きな飛躍を実現させた『名探偵コナン』の快進撃は、 今後さらに続くことも十分にありえると思う。