UPSIDERの宮城徹CEO。東京大学を卒業後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2018年に起業した。
撮影:竹下郁子
法人カードで知られるUPSIDER社が三菱UFJ銀行らから新たに80億円超の融資枠を確保した。これまで大企業の資金調達手段として用いられることがほとんどだった「シンジケートローン」(協調融資)によるものだ。複数の金融機関から同じ条件で借り入れる同ローンは、収益性、財務健全性が問われる。
UPSIDERはこの調達を実現するため、「サービスローンチから2年半で黒字化」することを目指してきた。
直近で「年間売上5倍増」という成長を続けながらも、「単月黒字」を達成した同社の戦略を宮城徹CEOに聞く。
大企業のみに閉ざされていた調達手段
UPSIDERといえば、2022年10月に467億円の融資枠を確保したことで話題を集めた。
同社が契約したシンジケートローンは、アレンジャーと呼ばれる主幹事が他の金融機関を取りまとめ、参加した銀行らが一つの契約書に基づいて融資を行うのが特徴だ。
借り手企業にとっては調達の交渉や事務手続きの手間が省けるのに加え、厳しい審査を経て大手銀行らがチームとして「応援団」につくため、財務安定性を外部にアピールすることにもつながる。
さらに増額も可能だ。今後の成長のため、「スケーラブルで、しかも収益性を証明できるローンを絶対に引かなきゃいけないと思い続けてきました」と宮城さんは言う。
立替金だけでなく会社全体の収益を評価された
「シンジケートローンをすごくシンプルに言うと、大企業で、かつ収益性が高いことが証明されている会社がやるものです。だから、これまでの日本のスタートアップにとっては資金調達の選択肢として考えられてこなかった。
前回の融資枠は金額としては大きいものの、評価されたのは僕らのビジネスの一部でした。一方で、今回は会社全体の収益性を評価してもらった。この違いはすごく大きいですね」(宮城さん)
カードビジネスは顧客の支払いを立て替えるため、借り入れが必須だ。前回の大規模融資枠は、与信モデルの堅実さが評価され、立替金が戻ってくると信頼されたためだった。
不況でギアチェンジ、「2年半で黒字化目指す」
法人カードと後払いサービスを合わせた導入企業は2万社、累計決済額は1000億円を超える。
提供:UPSIDER
今回のシンジケートローンは三菱UFJ銀行がアレンジャーとなり、三井住友信託銀行、商工組合中央金庫、東京スター銀行ら六つの金融機関が参加している。
大手銀行らがUPSIDERの収益性を評価した根拠として、宮城さんは以下の二つの数字を挙げた。
・年間売上高(2022年3月〜2023年3月)5倍増
・単月黒字(営業利益ベース)を2023年2月に達成
※実数は非公開
市況の悪化によってスタートアップも成長だけでなく収益性が求められるようになってきているとはいえ、2018年創業、2020年にサービスを開始した企業としては異例だろう。
「2022の市況悪化を受けて、成長一辺倒だった経営を一気に方針転換し、『サービスローンチから2年半で黒字化』する、しかも『成長速度を落とさずに』という目標を掲げてやってきました。
5倍成長というのはシリーズC調達時からなんですよ。当時の時価総額は約300億円。この規模で5倍の成長を続けながら黒字転換するのは、なかなか難しくて」(宮城さん)
投資の断捨離と上場企業の不正防止ニーズ掴み急成長
スタートアップへの導入は言わずもがな。2022年にIPOを発表した企業の約20%がUPSIDERの顧客だ。
撮影:竹下郁子
これらを成し遂げた背景には、タクシー広告やカンファレンスのスポンサーといった認知してもらうための施策などの「成長投資を厳密に取捨選択するように」したこと、そして、それまで主な顧客層だった「スタートアップから大企業にユーザーが広がった」ことがあるという。
特に後者の影響は大きい。現在は東証プライム市場などの上場企業にも広がっており、しかも営業をかけずとも問い合わせが入り契約に至るケースも増えている。
もちろん、顧客単価も上がった。
大企業のニーズを引き寄せているのは、「利用先制限」機能だ。新入社員のパソコンを購入する場合はAppleのECサイトでしか使えないようにしたり、利用申請に基づき1度しか使えない、たとえば“明日までに、この金額で”と設定されたカードを発行することも可能だ。
不正を決済のシステムそのもので防ぐことで、企業のガバナンス維持に貢献する。
スタートアップの融資に新たな選択肢つくる子会社も設立
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宮城さんは今回の調達をきっかけに、デット(借り入れ)での調達が少ない日本のスタートアップに、シンジケートローンという新たな選択肢が広がって欲しいと話す。
その願いは、自社の成長戦略にもかなっている。
契約書の締結・稟議承認・支払いなどをSlackで完結することができる「AI Coworker」(8月開始予定)や、そのデータを元に大手金融機関と組み、過去の財務諸表だけでなく、契約や発注情報などリアルタイムの経営状況に基づき融資する子会社「UPSIDER Capital」を5月に設立したからだ。
「UPSIDER Capitalは僕たちと同じようなグロースステージの企業に、融資の選択肢を提供するために立ち上げました。ここにニーズがあるのはみんなが知っていたけれど、出来る企業が出てこなかったのが金融業界、スタートアップ業界ともに課題でした。
僕も事業のファイナンスに悩んで眠れない夜が何度もあった。苦労して、実際に多くの融資を引いている僕たちだからこそ提供できるサービスがあると思っています」(宮城さん)
バリュエーションがつかない一方で、資金必要な起業が増加
2022年11月に183億円を借り入れたタイミーの流動資産の多くは、大手の飲食店や小売に対する立替金と売掛金。これらの信用が大規模なデットにつながったと見られる。
出典:「すきまバイト・タイミーはなぜ「借入」で183億円を調達できたのか? 借入条件の深読みでわかる成長可能性」(Business Insider Japan)
日本のスタートアップにもデットでの調達はじわりと広がる。宮城さんは三つの理由があると分析しており、一つは、そもそもアメリカなどに比べて融資の機会が少ないこと、もう一つは不況によって、エクイティ(新規株式発行)ファイナンスしようにもバリュエーションが上がらず、フラットラウンドやダウンラウンド になる懸念が高まっていること。
そして製造業や交通、製薬、そしてUPSIDERのような金融など、巨大産業で勝負するスタートアップが増えたからだ。設備投資や運転資金が必要なものの、「じゃあ工場を作るのにVCがお金を入れるかと言えば、それは違うよねと」(宮城さん)
金融業界でいえば、中でも法人カードはLayerX、Paild、Sansanなど新興の中でのライバルも多い。
「そもそも法人カードはアメリカン・エキスプレスなど大手の先駆者がいる大きな市場です。それが世界的にさらなる拡大傾向にある中で、法人カードビジネスというよりは、その機能を使って、各社がそれぞれに社会的な意義を設定して、どういう役割を担っていくのかという話かと」(宮城さん)
「法人カードの会社」のままでは上場しない
宮城さんがマッキンゼー時代に携わった金融事業の経験や人脈が今もいきているという。
撮影:竹下郁子
UPSIDERが自らの使命として掲げるのは、「新興で日本初のビジネス向け総合金融機関」(宮城さん)になることだ。しかも「デジタル、AIベースで」(宮城さん)。
「これまでの日本の新興系金融機関って、SBIさんマネックスさん然り、ほとんどが消費者向けなんですよ。
僕たちのミッションは『競争力の高い企業を1社でも多く、1年でも早く』つくっていくことで、それをお金と、お金にまつわるあらゆる業務の生産性を高めることでサポートしたい。
上場も長期的な目線で考えていて、“法人カードの会社”としてではなく、もう全然違う規模の、“大手のB向けの金融機関が日本を支えている”という状態になってから市場に出たいと考えています」(宮城さん)
そのためにも今後はUPSIDER社自身のファイナンスチームを補強していく。
「これまでのスタートアップって、ファイナンスチームがCFOありきというか、ピン芸人じゃないですが、資金調達に携わるのは1〜2人という体制が多かったと思うんです。でも今、足元でもSmartHRさんなど大きな資金調達をされてる会社はチームでやっている。
僕たちもそうしていきたくて、営業やカスタマーサポート、貸し手となる金融機関さんの戦略を立てる人など、補完関係のある人たち『チームで』調達するようにしたいなと。
スタートアップ全体のトレンドとして、10年前のCFOは公認会計士、5年前は投資銀行出身が多かった。今後はデットの重要性が認識され、より全体の財務の設計や戦略が必要になってくる。そうしてチームでファイナンスしていく時代になると思います」(宮城さん)