インドのモディ首相(左)とアメリカのバイデン大統領。6月23日、有力経営者らを招いたホワイトハウス会合にて。アルファベット(グーグル親会社)のピチャイ最高経営責任者(CEO)も顔を見せた。
REUTERS/Evelyn Hockstein
アメリカのバイデン大統領は6月22日、インドのモディ首相を国賓(こくひん)として招待。両国は戦闘機エンジンの共同生産や、米軍艦の補修拠点をインドに増設するなど、安全保障協力を強化することで合意した。
バイデン政権がインドを重視する狙いは中国の抑止にあるが、そう簡単ではない。
インドは「非同盟政策」と「戦略的自律」を外交の基本にし、価値観より実利を優先する。アメリカと良好な関係を維持しながら、中国やロシアとも経済的利益を共有する「百面相」とすら言える。
中国とロシアの名指し批判を回避
バイデン氏は今回、政権発足以来3人目の国賓としてモディ氏を招待した。モディ氏には2016年に続いて米議会での演説の場が準備され、インドを重視するアメリカの姿勢を際立たせた。
2時間半にわたる米印首脳会談の後に発表された共同声明は、中国やロシアを名指しで批判するようなことは一切なく、代わりに「自由で開かれ包摂的で平和で繁栄したインド太平洋地域への永続的なコミットメント」「力による現状変更や一方的な行動に強く反対」など、中国の海洋進出やロシアのウクライナ侵攻を想定した文言を盛り込むにとどまった。
これらの表現は、5月末の主要7カ国(G7)広島サミットの首脳宣言に出てくる「力による一方的な現状変更は許さず、開かれた国際秩序を守る」とよく似ている。中国への名指し批判を嫌うフランスなどに配慮した結果だが、米印首脳会談でも同じように、アメリカは中ロ批判を嫌がるインドの顔を立てたのだった。
「エンジン共同生産」で思惑一致
二国間関係については、防衛協力強化が目立つ合意内容になった。
- 米ゼネラル・エレクトリック(GE)とインド企業が、インド戦闘機に搭載するF414ジェットエンジンを共同生産
- インドの造船所での米海軍艦艇の修理
- インドに無人航空機(ドローン)MQ-9Bを供与
- インドでの新たな半導体生産工場建設に8億2500万ドルを投資
インドは核保有国で、原子力潜水艦と空母を保有する軍事大国でもある。兵器調達先は、戦闘機とミサイルを含め、金額ベースで7割弱をロシアからの輸入が占める。
インドはロシアのウクライナ侵攻後、中国同様にロシア原油の輸入を急増させ、西側諸国による対ロ非難や制裁にも与(くみ)していない。
そんなロシアとインドの緊密な関係にくさびを打ちたいバイデン氏と、兵器調達先の多様化を図ろうとするモディ氏の思惑が一致した結果が、今回の安保協力合意というわけだ。
インドの「百面相」とは?
冒頭でインドを「百面相」に例えた理由を書こう。
どの国も、アメリカが強調する「民主対専制」という二分法では単純化できない顔を持つ。政治・社会システムは同じでも、それぞれが抱える固有の歴史や習慣によって、国の姿と形は異なる。
インドは2023年、中国を抜いて世界一の人口大国になったとみられる。一方で、世界一の「民主主義大国」と言われるものの、国・地域別の自由度ランクは極めて低い。
特に「ヒンズー至上主義」を掲げるモディ政権になってから、総人口14億人のうち約2億人を占めるイスラム教徒への弾圧を強め、少数派のキリスト教徒からの財産収奪など、宗教差別が顕在化している。
首脳会談後の記者会見でモディ氏は、宗教少数派への差別について記者から質問が飛ぶと、「カースト制度や宗教ジェンダーに基づくいかなる差別も絶対にない」と、声を荒げて反論した。
同じ「民主」でも、インドが欧米の「民主」イデオロギーには懐疑的なのは、イギリスによる植民地支配時の被害体験も関係しているだろう。
アンバランスな経済と外交
前節で見た社会状況に続いて、インドの経済にも目を向けてみる。
国内総生産(GDP)は2022年、旧宗主国のイギリスを抜き世界第5位に躍り出た一方、1人当たりのGDPは2019年に2000ドル前後で並んでいたバングラデシュに追い抜かれた。アンバランスな経済構造が分かると思う。
中国は鄧小平の改革開放政策の下で、輸出主導・労働集約型の工業化に成功したが、インドには工業化に向けた明確な経済政策がない。
さらに、外交はどうか。
インドは2020年、中国との国境地帯での軍事衝突で死傷者を出し、2021年には日米豪印4カ国枠組み「クアッド(Quad)」首脳会合に参加するなど、西側寄りの姿勢を強めているように見える。
しかしその一方、中ロが主導する「上海協力機構(SCO)」のメンバーであり、中国主導の「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」では、中国に次ぐ第二の出資国となっている。それにも関わらず、中国の広域経済圏構想「一帯一路」には強く反対している。
インドはグローバルサウスの新興国代表のような枠組み「BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)」の一角を占め、2022年のロシアのウクライナ侵攻に対する国連非難決議の際には、中国とともに棄権した。
付け加えれば、2023年はG7に新興国を加えた主要20カ国・地域(G20)の議長国でもある。
一貫性がないように見えるが、その外交政策の基本には、独立後からの「非同盟主義」と「戦略的自律」がある。超大国の戦略カードにされるのをよしとはしないのだ。
全方位外交であり、言葉は悪いが「百面相」のようにとらえどころがない。インドの行動原理は、西側のような「価値観優先」ではなく「実利優先」にある。
米印「対中連携優先で接近」は本当か
モディ首相は、米議会での演説で米印二国間の関係を「今世紀を決定づけるパートナーシップというバイデン大統領の考えに同意する」と、最大限の表現を用いて褒め上げた。
日本のメディアは米印「対中連携優先で接近」と報じたが、筆者はその見方には同意できない。
対中けん制で一致する「打算的接近」とは言えるかもしれないが、例えば、台湾問題をめぐる対中包囲網にインドは参加せず、今回の米印共同声明も台湾問題には直接触れていない。中国敵視ととられたくないインドの意思が読み取れる。
対中関係について言えば、2017年に中印国境地域で両軍が2カ月以上にらみ合った後、同年秋にモディ氏と習近平氏は厦門、武漢、青島で対話を重ねた。武漢での会談の際、両氏は博物館で古代の鐘を突き、東湖で舟遊びまでした。
結果として、領土問題は「棚上げ」し、対話を維持しながら経済関係を強化することで一致した。
中印双方に共通する「実利優先」の姿勢から判断すると、領土問題を超える経済的利益で一致すれば、領土紛争を「小事」として棚上げする可能性は十分ある。
こうして見ると、米印が首脳会談を通じて「対中連携優先で接近」したとの見方は短絡的だ。インド外交を甘く見てはならない。
懸念されるバイデン大統領「不規則発言」
安保協力ではインドと合意したアメリカだが、今後の外交展開で懸念される点がある。それは、バイデン大統領の体力的・精神的衰えだ。
バイデン氏は6月16日、コネティカット州での銃規制法案をめぐる集会で演説し、最後に何の脈絡もなく「女王陛下万歳!」と叫んで、聴衆を唖然(あぜん)とさせた。
それだけではない。6月20日のカリフォルニア州での演説では、米軍が2月に中国の気球を撃墜した事件に触れ、「習氏が腹を立てたのは、気球がそこにあったことを知らなかったからだ」と述べ、「独裁者らにとって、何が起きたか分からないというのは大きな恥」と習氏を「独裁者」呼ばわりした。
発言が飛び出したのは、ブリンケン国務長官が6月18〜19日に訪中して習近平主席ら指導部と協議し、両国の関係安定に向けた対話を継続することで一致した直後のことだった。
中国外務省の毛寧報道官が「基本的事実と外交儀礼に著しく反し、中国の政治的尊厳を著しく侵害した」と批判したのも当然だ。
バイデン氏は発言を撤回していないが、外交の基本ルールを無視した不規則発言によって、米中関係は「双六」で言うとブリンケン訪中前の「振り出し」に戻ってしまった。
米印関係の将来は、少し様子を見る必要がある。大統領の不規則発言に象徴される不安定なアメリカの内政・外交の下では、インドに翻弄(ほんろう)されるのがオチだ。
米金融大手ゴールドマン・サックスは、およそ50年後の2075年の主要国のGDPについて、首位が中国、第2位にアメリカを抜いてインドが躍進すると予測している。
主客は逆転し、中国とインドが世界秩序に大きな影響を与える存在になっていることを、今から意識しておく必要があるだろう。